【本記事の結論】
ゼンレスゾーンゼロ(ZZZ)に登場するアイドルグループ「妄想エンジェル」の楽曲『ReDreaming Angel』は、単なるゲーム内コンテンツの枠を超え、「現代のネット音楽シーン(Hyperpop/Future Bass)の文法」と「ポスト・アポカリプス的な物語性」を高次元で融合させた、極めて戦略的な音楽作品である。
本作の核心は、あえて王道のアイドルソングを避け、エッジの効いた「宅録EDM」的なアプローチを採用した点にある。これにより、デジタルネイティブ世代が抱く「虚構への憧憬」と「現実の切なさ」を同時に表現することに成功しており、音楽・映像・設定の三位一体となった演出が、聴き手に強烈な没入感と中毒性を与えている。
1. 「宅録EDM」という選択:Hyperpop/Future Bassがもたらす音楽的快楽
本作のサウンドを分析する上で、まず注目すべきはそのジャンル的アプローチである。一般的なアイドルソングが「大衆的な心地よさ」を追求するのに対し、『ReDreaming Angel』はより個性的で、時に攻撃的なデジタルサウンドを基調としている。
リスナーの間では、本作を「Future Bass」や「Hyperpop」といった現代的なネット音楽の系譜として捉える視点が強い。ここで重要となるのが、以下の指摘である。
妄想エンジェルはアイドルグループであるが、楽曲はいわゆるアイドルソングにとらわれず、「ReDreaming Angel」は宅録のEDMといった雰囲気だ。
引用元: 【日記】ReDreaming Angel|ミョル – note
専門的深掘り:なぜ「宅録感」が中毒性を生むのか
ここで言及されている「宅録(ベッドルーム・ポップ/EDM)」的な質感とは、商業的なスタジオ録音の完璧すぎる調和ではなく、あえて個人の制作環境のような「濃密でエッジの効いた音作り」を指す。
- Future Bassの構造的快感: 特徴的な「ワブルシンセ(うねるようなシンセ音)」と、サビで一気に視界が開けるようなドロップ(Drop)の構成が、聴き手の感情を強制的に昂揚させる。
- Hyperpopの過剰性: ピッチを上げたボーカル(Nightcore的なアプローチ)や、金属的な質感のシンセサイザーを多用することで、「人工的な可愛さ」を極限まで強調している。
この「人工的な過剰さ」こそが、デジタル世界で生きるキャラクターである妄想エンジェルの属性と完璧に合致しており、単なるBGMではなく「耳を焼く」ような中毒性を生み出すメカニズムとなっている。
2. 戦略的キャスティング:ネット音楽界の「正解」を実装した制作陣
楽曲のクオリティを決定づけたのは、HoYoverseによる極めて精緻なアーティスト選定である。本作では、現在の日本のネット音楽シーンにおいて象徴的な存在であるBPM15Qと4s4kiを起用している。
ゼンレスゾーンゼロ妄想エンジェルEPの楽曲「ReDreaming Angel」の歌唱をBPM15Qが担当させていただきました!
引用元: ゼンレスゾーンゼロ 妄想エンジェルEP楽曲の歌唱をBPM15Qが担当!
専門的分析:声優起用から「アーティスト起用」へのパラダイムシフト
従来のゲーム音楽では、キャラクター性を重視して声優が歌唱することが一般的であった。しかし、本作ではBPM15Qや4s4kiといった、「そのジャンルの音を定義しているアーティスト」に歌唱・作詞を委ねている。
- 4s4kiの存在感: エレクトロニックな楽曲への深い理解と、不安定さと強さを共存させた歌唱スタイルは、Hyperpop的な世界観を構築する上で不可欠な要素である。
- BPM15Qの親和性: ネットカルチャー特有の「疾走感」と「キュートネス」を熟知した彼らの歌唱は、楽曲に「本物のネット音楽」としての説得力を付与している。
これは、Z世代を中心としたリスナー層が、「キャラクターが歌っている」こと以上に「今の時代の最先端の音が鳴っている」ことに価値を見出すという、現代の音楽消費傾向を的確に捉えた戦略と言える。
3. 視覚的セミオティクス:アスペクト比の変化が語る「妄想と現実」
MV(ミュージックビデオ)における演出は、単なる視覚的な装飾ではなく、物語を補完する重要なメタファー(暗喩)として機能している。特に特筆すべきは、画面のアスペクト比の遷移である。
4:3(レトロ)から16:9(モダン)への転換の意味
映像の前半で採用されている4:3の比率は、ブラウン管テレビや古いビデオテープを想起させ、視聴者に強い「ノスタルジー(郷愁)」を喚起する。
- 4:3の領域(妄想・記憶): 過去の断片や、手の届かない理想としての「アイドル像」を象徴。あえて解像感を落としたレトロな演出により、「これは記憶の中の出来事である」あるいは「妄想である」ことを視覚的に提示している。
- 16:9への拡張(覚醒・現実): 楽曲の盛り上がりと共に画面が横に広がる演出は、彼女たちが「妄想」という殻を破り、現在の世界(現実)へと飛び出した瞬間を表現している。
この演出は、アニメーション制作(Flintsugar & Studio Tumble)による高度な計算に基づいたものであり、「レトロからモダンへ」という視覚的快感とともに、彼女たちの精神的な成長や解放という物語性を同時に提示することに成功している。
4. 終末世界における「偶像」の哲学:切なさと情熱の因果関係
最後に、本作の根底に流れるエモーショナルな側面について考察したい。グループ名「妄想エンジェル」と、終末世界という設定。このコントラストこそが、聴き手の心を打つ最大の要因である。
公式YouTubeのコメント欄には、ファンの間で共感を集める以下の言葉がある。
痺れる偶像に恋してる情熱はきっと 嘘にはならないから
[引用元: ゼンレスゾーンゼロ公式YouTube コメント欄]
洞察:虚構が現実を救うという逆説
このフレーズは、本作のテーマである「妄想(虚構)」と「情熱(真実)」の対比を鋭く突いている。
終末世界という絶望的な状況下において、アイドルという「完璧な虚構(偶像)」を追い求めることは、一見すれば無意味な逃避に見える。しかし、その「偽物であると分かっているものに全力で恋をする」という情熱だけは、誰にも否定できない本物の真実であるという逆説的な救いがここにある。
MVのラストで見せる、完璧ではないが一生懸命な彼女たちの姿は、「偶像」としての完成度ではなく、「偶像であろうとする意志」への共感を誘う。これが、単なる萌えコンテンツに留まらない、深い情緒的価値を生み出している。
総括:『ReDreaming Angel』がもたらした新たな地平
妄想エンジェルEP『ReDreaming Angel』は、以下の四つの要素が緻密に計算され、統合された結晶体である。
- サウンド: Hyperpop/Future Bassを軸とした「宅録EDM」的な中毒性の実装。
- 制作: ネット音楽シーンの最前線を走るBPM15Q × 4s4kiによる本物の質感。
- 演出: アスペクト比の操作による「妄想から現実へ」の物語的遷移。
- 哲学: 絶望的な世界で「虚構の愛」に殉じる切なさと情熱の肯定。
本作は、ゲーム音楽が単なる「キャラクターソング」の域を超え、現代の音楽トレンドを牽引する「独立した音楽作品」として成立し得ることを証明した。
私たちはこの曲を通じて、デジタルなノイズと煌びやかなメロディの中に、現代人が抱える「孤独」と、それを突破しようとする「切実な願い」を聴き取ることができる。一度この沼に足を踏み入れた者は、もはや単なるリスナーではなく、彼女たちが描き出す「眩い妄想」の共犯者――すなわち「モーソー族」となるのである。


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