【専門家分析】スクエニHD減収減益の深層：それは衰退の兆候か、変革への助走か
結論：戦略的転換期における「計画された調整」
2025年8月8日に公開されたスクウェア・エニックス・ホールディングス（以下、スクエニHD）の2026年3月期第1四半期決算は、売上高15%減、営業利益16%減という厳しい結果を示した。しかし、この数値を短期的な業績悪化としてのみ捉えるのは早計である。本稿では、この減収減益が、同社が推し進める「選択と集中」という経営戦略への転換期に生じた必然的な調整局面であり、短期的な痛みを甘受してでも中長期的な収益基盤の再構築を目指す戦略的判断の現れであると分析する。その試金石となるのが、同社の技術的資産（HD-2D）とIP資産（ドラゴンクエスト）を融合させたリメイク作品群であり、その成否が今後の同社のポートフォリオ戦略を大きく左右するだろう。
1. 決算データの定量的分析：全セグメント減収が示す構造的課題
今回の決算で注目すべきは、特定セグメントの不振ではなく、事業の柱である複数の領域が同時に落ち込んだ点にある。
スクウェア・エニックス・ホールディングス<9684>は、8月8日、2026年3月期の第1四半期（4～6月）の連結決算を発表、HDゲームやMMOおよびスマートデバイス・PC…
引用元: スクエニHD、MMO減収減益 1Q(4～6月)決算は売上高15％減、営業益16％減 : Y速報
この引用が示す通り、主要セグメントである「HDゲーム」「MMO（多人数同時参加型オンラインRPG）」「スマートデバイス」のすべてが減収となった。これは、単に前年同期に大ヒットタイトルがあった反動減という一過性の要因だけでは説明しきれない、より構造的な課題を示唆している。
- HDゲーム: 近年のAAA（トリプルエー）タイトルの開発費は200億円を超えることも珍しくなく、開発サイクルも5年以上に長期化する傾向にある。高い投資リスクに対し、ヒットの確実性は相対的に低下しており、業界全体の課題となっている。スクエニHDもこの潮流の例外ではなく、大型新作の不在が直接的に業績に響いた形だ。
- MMO: 根強い人気を誇る『ファイナルファンタジーXIV』や『ドラゴンクエストX オンライン』も、拡張パッケージ間のいわゆる「凪の時期」に入れば、売上の減少は避けられない。これはコンテンツライフサイクル上、想定内の変動ではあるが、新規プレイヤー獲得ペースの鈍化や競合サービスの台頭といった外部環境の変化も無視できない。
- スマートデバイス: 運営型ゲーム市場は完全に成熟期を迎え、競争は激化の一途をたどる。新規ヒットの創出が極めて困難になる一方、既存タイトルの運営コストは嵩み、サービス終了による減損損失も経営の重しとなり得る。
これらの要因が複合的に作用し、今回の「全方位的な減収減益」という結果に至ったと分析できる。これは、従来の多産多死型モデルが限界に達しつつあることの証左とも言えよう。
2. 変革の試金石：HD-2Dリメイクに託された戦略的価値
厳しい決算報告の中で、同社は次の一手として具体的な計画を提示した。これが、短期的な業績回復と中長期的な戦略の方向性を示す重要なマイルストーンとなる。
2025年9～12月には『ドラゴンクエストI＆II』を含む3本リリース予定
引用元: ［スクエニHD］2026年3月期第1四半期決算関連資料公開、対前年比減収減益。 : PS5速報！
この計画の中核をなすのが、HD-2D版『ドラゴンクエストI＆II』である。HD-2Dとは、ドット絵のキャラクターと3DCGの背景を融合させ、独自の映像美を生み出す同社の独自技術だ。この技術は、単なるビジュアル表現に留まらず、経営戦略上、極めて重要な意味を持つ。それは、AAAタイトル開発に伴う巨額の投資リスクをヘッジしつつ、安定したキャッシュフローを生み出すための「ミドルレンジ開発の最適解」となり得るからだ。
この戦略の有効性は、すでに先行事例によって証明されている。
HD-2D版『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』が当初の想定を上回った販売数になったが、…営業利益4.4％減の333億円と減益という結果になった。
引用元: スクエニ、2025年第3四半期決算を発表。営業利益は4.4％減。『ドラクエ3リメイク』は当初の想定を上回る販売数に… | ファミ通.com
この引用は示唆に富んでいる。HD-2D版『ドラクエIII』は単体で大ヒットを記録したものの、会社全体の減益を覆すには至らなかった。しかし、重要なのは「当初の想定を上回った」という点である。これは、HD-2Dという技術と、『ドラゴンクエスト』という強力なIPの組み合わせが、市場から極めて肯定的に受け入れられたことを意味する。
この成功体験は、『I＆II』のリリースにおいて、強力な追い風となる。ロト三部作という一貫した世界観を持つ作品群を連続して投入することで、マーケティング効果を最大化し、IP全体のブランド価値を再向上させる狙いがある。これらのリメイク作品は、完全新作が市場に投入されるまでの「つなぎ」であると同時に、会社の収益を下支えし、次なる大型プロジェクトへの投資原資を確保するための戦略的なキャッシュカウ（金のなる木）として位置づけられているのだ。
3. 「リメイク頼み」批判への多角的考察：創造性のジレンマと経営の現実
一方で、こうしたリメイク中心のラインナップに対しては、ファンや市場から懸念の声も上がっている。
スクエニが移植、リマスター、リメイク制作会社と化している件…今年発売予定の新作が0に
引用元: スクエニが移植、リマスター、リメイク制作会社と化している件…今年発売予定の新作が0に : エルおじ速報
この批判は、単なるファンのノスタルジアへの渇望と切り捨てることはできない。企業経営における「創造性のジレンマ」という根深い課題を浮き彫りにしているからだ。すなわち、過去の成功体験（IP）に依存しすぎると、組織全体のクリエイティビティが低下し、将来の成長エンジンとなる革新的な新規IPを生み出す力が削がれてしまうリスクである。
しかし、この現状を現経営陣の方針と照らし合わせてみると、異なる側面が見えてくる。2023年に就任した桐生隆司社長は、「量から質への転換」と「選択と集中」を明確に打ち出している。これは、これまで乱立気味だった開発ラインを一度整理し、リソースを真にポテンシャルのあるタイトルに再配分する試みである。
この文脈で捉えれば、現在進行しているリメイク戦略は、「リメイク頼み」という守りの姿勢ではなく、開発体制を再構築するための戦略的期間と解釈できる。財務基盤を安定させ、開発プロセスを見直し、万全の態勢で次世代のAAAタイトルや新規IPに臨むための「産みの苦しみ」のフェーズである、という見方が可能だ。
結論：伝説の再構築は、新たな伝説を創るための礎となる
本稿の分析を総括する。スクエニHDの第1四半期決算における減収減益は、同社が過去のビジネスモデルから脱却し、新たな成長軌道を描くための戦略的転換期に不可避な調整である。
- 現状認識: 全セグメントでの減収は、開発費高騰や市場競争激化といった構造的課題の顕在化である。
- 短中期戦略: HD-2D技術と強力なIPを組み合わせたリメイク作品群は、リスクを抑制しつつ安定収益を確保するための合理的な選択であり、経営改革の試金石となる。
- 長期的課題: 「リメイク頼み」と見られる現状から脱却し、いかにして革新的な新規IPを創出し、持続的成長を実現するか。そのビジョンを明確に示すことが求められる。
HD-2D版『ドラゴンクエストI＆II』の成功は、単に同社の短期的な業績を回復させるだけでなく、より重要な意味を持つ。それは、「選択と集中」という経営戦略が正しかったことの証明となり、財務的にも組織的にも、私たちが待ち望む『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』の完全新作、そしてまだ見ぬ新たな伝説への挑戦を可能にするからだ。
したがって、我々が今注目すべきは、目先の四半期決算の数字の浮き沈み以上に、この戦略的転換が数年後、どのような革新的エンターテインメントとして結実するのか、その一点にある。伝説の復活は、新たな伝説への第一歩に他ならない。
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