2025年11月18日、国立競技場。日本代表がペルー代表を迎え撃つこの一戦は、単なる国際親善試合に留まらず、長年日本サッカーが抱え続ける「南米の壁」という構造的な課題に正面から向き合い、それを克服する可能性を占う、極めて象徴的な機会となる。過去のワールドカップにおける対南米勢の通算成績が1勝4敗(PK戦敗北含む)という厳しい現実は、18年ロシア大会でのコロンビア戦における劇的な勝利も、相手の退場者という要因に大きく依存していたことを鑑みれば、統計的な優位性とは程遠い。こうした歴史的背景を踏まえ、本稿では、森保監督率いる日本代表が、この「南米苦手」というジンクスを打ち破るためにどのような戦術的アプローチを採りうるのか、そして、その克服が内包する構造的な課題と、将来への示唆について、専門的な視点から深掘りしていく。結論から言えば、ペルー戦は、個の打開力と組織の有機的連携を高度に融合させた戦術、そして、南米特有のフィジカル、技術、創造性への的確な対応策をピッチ上で具現化できるかどうかが、ジンクス打破の鍵を握る。
ペルー代表のポテンシャル:統計の裏に潜む戦術的柔軟性と個の輝き
FIFAランキング42位という現時点での数字は、ペルー代表の実力を測る上で一面的な情報に過ぎない。実際、2026年ワールドカップ南米予選における10チーム中9位という結果は、彼らが近年、南米予選の熾烈な競争を勝ち抜けていない現実を示している。しかし、その予選においても、FIFAランキング16位のウルグアイをホームで撃破している事実は、彼らが「番狂わせ」を起こすだけのポテンシャルを秘めていることを如実に示している。
さらに注目すべきは、個々の選手の質である。参考情報に挙げられている、イングランド・プレミアリーグのバーンリーに所属するジョン・ソン選手のような、欧州トップレベルのリーグでプレーする選手がいることは、ペルー代表が単なる「南米のチーム」という枠に収まらない、多様な戦術的アプローチを遂行できる能力を持っていることを示唆している。南米のチームは、伝統的に「10番」を頂点とした個の創造性や、アグレッシブなプレッシングを基盤とした戦術が特徴とされるが、ペルー代表は、近年、より組織化された戦術と、個の爆発力を融合させる進化を遂げている可能性が高い。2023年6月の対戦で日本が4-1と快勝したという過去のデータは、あくまでその時点での相対的な力関係を示すものであり、ペルー代表の継続的な進化、特に戦術的な柔軟性や新たなタレントの発掘という点においては、過去のデータだけでは測れない部分があることを念頭に置く必要がある。
「南米の壁」の正体:構造的課題と日本代表の過去の対応
日本代表が長年、南米勢に苦戦してきた背景には、単なる相性の問題ではなく、サッカーの構造的な違いに起因する課題が存在する。
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フィジカルコンタクトと球際への強さ:
南米の選手は、幼少期からグラウンドでの激しいフィジカルコンタクトに慣れ親しんでおり、球際の攻防における粘り強さや、相手との身体的なぶつかり合いを厭わないメンタリティが醸成されている。これは、単に筋力だけの問題ではなく、重心の低さ、バランス感覚、そして、相手の力を利用して自身のプレーに繋げる巧みさといった、経験に裏打ちされた技術と身体能力の融合である。日本代表がこれまで、この「デュエル」の局面で後手に回ることが多かったのは、相手のフィジカルアプローチに対する予測の甘さ、あるいは、それを上回るための身体的な準備不足が要因として考えられる。 -
個の技術と予測不能な創造性:
南米サッカーは、育成年代から個の「ひらめき」や「創造性」を重視する傾向が強い。これにより、狭いスペースでのドリブル突破、相手の意表を突くパス、あるいは、予測不能なタイミングでのシュートといった、戦術的な定石だけでは防ぎきれないプレーが生まれる。日本代表は、組織的な守備や戦術遂行能力に長けているが、こうした個の打開力に対して、どこまで対応できるかが常に問われてきた。過去の対戦では、相手のミスや退場といった外部要因に助けられたケースもあったが、これは、自らの力で局面を打開したり、相手の攻撃の芽を未然に摘んだりする能力が、決定的な場面で不足していたことを示唆している。 -
戦術の流動性と多様性:
南米のチームは、伝統的な4-4-2や4-3-3といったフォーメーションに固執せず、試合展開や相手に応じて、フォーメーションを流動的に変化させたり、従来の枠にとらわれない斬新な戦術を導入したりすることが得意である。これは、監督の戦術的柔軟性だけでなく、選手一人ひとりが複数のポジションをこなせる技術と戦術理解度を持っていることを意味する。日本代表が、こうした予測不能な戦術変化に、どれだけ迅速かつ的確に対応できるかが、試合の行方を左右する重要な要素となる。
森保ジャパンの「南米対策」:戦術的深掘りと構造的アプローチ
これらの課題に対し、森保監督率いる日本代表は、どのような戦術的布石を打つべきか。単なる「南米対策」という名目ではなく、日本サッカーの構造的な進化を促す視点から、以下に具体的なアプローチを考察する。
1. 攻撃面:個の「最適化」と「連携」による局面打開
南米チームの堅固な守備を崩すためには、個の力に依存しすぎず、かつ、個の力を最大限に引き出す戦術が求められる。
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「最適化されたドリブル」と「ポジショナルプレー」の融合:
三笘選手や伊東選手のような、一対一で相手を打開できるタレントは貴重な武器である。しかし、彼らのドリブル突破を単なる「個の力」に終わらせず、チーム全体のポジショナルプレーと有機的に連携させる必要がある。例えば、ドリブラーが仕掛けた際に、他の選手が適切な距離でパスコースを作り、あるいは、相手の注意を引きつけるためのオフ・ザ・ボールの動きを徹底することで、ドリブル突破の成功確率を高めるだけでなく、その後の攻撃の連鎖を生み出すことが可能となる。これは、単なる「ドリブラー頼み」からの脱却であり、チーム全体の攻撃の「設計図」を高度化させる試みである。 -
「変則的なセットプレー」と「ロングボールの質的活用」:
現代サッカーにおいて、セットプレーは得点機会の貴重な源泉である。南米チームは、フィジカルに長けた選手を多く擁するため、セットプレーでの競り合いは激しくなることが予想される。そこで、単なる「力技」ではなく、緻密に計算されたキッカーの精度、マークを外すための動き、そして、相手の守備の隙を突く「変則的なサインプレー」などを駆使することで、得点確率を高めることが重要となる。さらに、単純なロングボールの多用ではなく、相手の守備ラインの背後や、ボールホルダーの周囲のスペースへの、質的にも正確なロングパスを効果的に織り交ぜることで、相手の堅守を一時的にでも崩し、数的優位を作り出すことも有効な手段となりうる。 -
「複数ラインを越えるパスワーク」と「連動したプレッシング」:
南米チームは、前線からの激しいプレッシングを仕掛けてくることが多い。このプレッシングを掻い潜るためには、相手のライン間(ディフェンスラインとミッドフィルダーラインの間、ミッドフィルダーラインとフォワードラインの間)への効果的なパス供給が不可欠である。選手間の距離感を最適化し、ワンタッチ、ツータッチでの素早いパス交換、そして、相手のプレスに対して常に最適なパスコースを見つけ出す「視野」と「判断力」が求められる。また、攻撃から守備への切り替えの際には、相手にセカンドボールを拾わせないための、複数選手による「連動したプレッシング」を組織的に実行することで、相手のカウンターアタックの芽を摘み、ボールを奪い返した後の素早い攻撃に繋げることが重要となる。
2. 守備面:知性と身体性の調和による「対応力」の最大化
南米の強力な攻撃陣を封じるためには、単にフィジカルで対抗するだけでなく、戦術的な知性と個々の対応力の両輪が不可欠である。
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「予測に基づくマーキング」と「ゾーンディフェンスの最適化」:
南米の選手は、予測不能な動きでマーカーを外し、フリーな状態を作り出すことに長けている。これに対抗するためには、単なるマンツーマンではなく、相手選手の動きを予測し、ボールホルダーへのプレッシャーと、フリーになった選手への対応を、ゾーンディフェンスと連携させながら行う「予測に基づくマーキング」が重要となる。例えば、相手のサイドバックが攻撃参加した際の、クロスの対応、あるいは、相手の司令塔がボールを受けた際の、パスコースの限定とインターセプトの狙いなど、場面に応じた的確な判断とポジションニングが求められる。 -
「デュエルにおける「勝ち方」の学習」:
球際の争いにおいては、単に「負けない」だけでなく、「勝つ」ことを目指す必要がある。そのためには、相手の重心や動きを読み、自身の身体を効果的に使うことで、ボールを奪い取る技術が求められる。これは、単にフィジカルを鍛えるだけでなく、相手の力を利用してバランスを崩させる「駆け引き」や、ボールを奪った後の素早い次のプレーへの移行といった、サッカーIQの高さも要求される。森保監督は、こうした「デュエルにおける勝ち方」を、トレーニングの中で、具体的なシチュエーションを設定し、選手に徹底的に反復させる必要がある。 -
「カウンターアタックへの「質」の対応」:
南米チームは、ボールを奪った後の素早いカウンターアタックを得意とする。これに対する日本代表の対応は、単に「戻る」のではなく、「質」が問われる。具体的には、ボールを失った瞬間の「即時奪回」を試み、それが不可能であれば、素早く自陣深くまで戻り、相手の数的優位を無効化する、あるいは、相手のパスコースを限定し、無理な突破を強いるといった、状況に応じた「対応の選択肢」を選手が持っていることが重要である。さらに、相手のカウンターアタックの勢いを削ぐために、ファウルを効果的に使い、チーム全体で守備ブロックを再構築する冷静さも必要となる。
3. メンタル面の「構造的強化」:ジンクスを「過去の遺産」に変える
「南米苦手」というジンクスは、単なる迷信ではなく、過去の敗北体験からくる選手たちの心理的な障壁として、無意識のうちに影響を及ぼす可能性がある。これを払拭するためには、表面的な励ましだけでなく、構造的なメンタル強化が不可欠である。
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「成功体験の積み重ね」と「自信の醸成」:
森保監督は、ペルー戦という一戦だけでなく、日々のトレーニングや、それ以前の国際試合において、選手たちが「自分たちは南米のチームとも互角に戦える」という成功体験を積めるような環境を意図的に作り出す必要がある。具体的には、相手の強みを分析し、それに対して効果的な戦術で対抗できた試合、あるいは、劣勢から逆転勝利できた試合などを、選手たちに共有し、その要因を深く理解させることで、自信を醸成していく。 -
「「失敗」を「学び」に変える文化の醸成」:
南米のチームとの対戦において、たとえ敗北したとしても、その試合から何を学び、次にどう活かすのかという建設的な議論をチーム内で行うことが重要である。過去の敗北を「トラウマ」としてではなく、「貴重なデータ」として捉え、それを分析し、戦術や個々のプレーに反映させる文化を醸成することで、選手たちは、たとえ不利な状況に置かれても、冷静に状況を分析し、最善の策を講じることができるようになる。
注目される選手と新戦力の「質」
こうした戦術的アプローチを具現化するためには、個々の選手の質が不可欠である。冨安選手、守田選手といった、海外で揉まれている経験豊富なベテラン選手は、その戦術理解度とピッチ上での遂行能力で、チームを安定させる上で中心的な役割を担うだろう。彼らは、南米の選手とのフィジカルコンタクトにおいても、相手の力を利用する術や、冷静な判断力で対抗できるポテンシャルを持っている。
さらに、新たな才能の発掘と、彼らが南米の強豪相手にどのような「異質性」を発揮できるかにも注目したい。例えば、これまであまり脚光を浴びてこなかったが、特定の局面で圧倒的な強みを持つ選手や、現行の戦術に新たな可能性をもたらすような「サプライズ」となる新戦力の存在は、相手チームにとって大きな脅威となりうる。彼らが、森保監督の戦術的意図を理解し、ピッチ上でそれを実行できるかどうかが、チームのパフォーマンスを一段と高める鍵となるだろう。
結論:ジンクス打破は「構造的進化」の証
11月18日のペルー戦は、日本代表が長年抱え続ける「南米苦手」というジンクスを打ち破るための、単なる一試合以上の意味を持つ。それは、日本サッカーが、個の技術、フィジカル、戦術的柔軟性、そしてメンタルといった、南米サッカーが持つ強みに、いかに科学的かつ創造的に対抗し、自らのサッカーを構造的に進化させられるか、その試金石となる。
森保監督が、ペルー代表のポテンシャルを的確に分析し、個々の選手の能力を最大限に引き出す戦術を構築できるか。そして、選手たちが、その戦術をピッチ上で忠実に、かつ、創造的に遂行できるか。この試合の結果は、単なる勝利・敗北という一時的なものではなく、日本サッカーが、国際舞台でさらなる高みを目指すための、確固たる一歩を踏み出せるかどうかの、未来への布石となるだろう。「南米の壁」は、克服不可能なものではなく、日本サッカーの「構造的進化」によって、打ち破ることのできる「ジンクス」なのである。 このペルー戦を、その進化の証とするべく、我々は、森保ジャパンの挑戦に、熱い期待を寄せたい。
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