2025年7月30日
ゲーム業界における知的財産権(IP)を巡る争いが、新たな局面を迎えています。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が、中国のゲーム大手テンセントに対し、同社が開発中の新作ゲーム『LIGHT OF MOTIRAM』がSIEの看板タイトルである『Horizon Zero Dawn』シリーズを「奴隷的模倣」(slavish clone)しているとして、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起しました。この提訴は、単に二社の間の法的紛争に留まらず、グローバルなゲーム開発におけるインスピレーションと模倣の境界線、そしてIP保護のあり方について、業界全体に重要な問いを投げかけています。本稿では、この訴訟の背景、SIEの主張、そしてこの出来事がゲーム業界に与える潜在的な影響について、専門的な視点から深く掘り下げていきます。
「Horizon Zero Dawn」とは:革新的な世界観とゲームプレイ
まず、SIEがそのIP保護にこれほどまでに強い姿勢で臨む背景を理解するために、「Horizon Zero Dawn」シリーズが持つゲーム業界における重要性を再確認する必要があります。2017年に発売された『Horizon Zero Dawn』は、SIE傘下のGuerrilla Gamesが開発し、文明崩壊後の世界で、人類が滅亡の危機に瀕した原因である巨大な機械生命体「機械獣」を、弓やトラップを駆使する主人公アーロイが狩るという、独創的な世界観とストーリー、そして息をのむほど美しいグラフィックで世界中のプレイヤーを魅了しました。
ソニー傘下のGuerrilla Gamesが開発した、文明が崩壊した世界で機械生命体を狩るハンターとして世界を冒険するアクションRPGが「Horizon Zero Dawn」です。全世界累計売上本数2000万本を記録した超人気作品ですが、これを盗作したとして、ソニーが中国のテンセントを訴えました。
引用元: ソニーが「Horizon Zero Originality(独創性ゼロのホライゾン)」などと評された「Light of Motiram」はHorizon Zero Dawnの盗作だとしてテンセントを訴える(GIGAZINE)
この引用が示すように、「Horizon Zero Dawn」は単なるヒット作ではなく、「全世界累計売上本数2000万本」という驚異的な記録を打ち立てた、SIEのポートフォリオにおける極めて重要な知的財産です。その成功は、ゲームデザイン、アートディレクション、ナラティブデザインといった多岐にわたる分野での革新性が評価された結果であり、SIEにとってはこのIPの価値を守ることが、経営戦略上、不可欠な要素となっています。
SIEの主張:「奴隷的模倣」と「購入者の混乱」
今回の訴訟の核心は、テンセントが開発中の『LIGHT OF MOTIRAM』が「Horizon」シリーズのゲームプレイ、世界観、キャラクターデザイン、さらにはアートスタイルに至るまで、「slavish clone(独創性のないクローン)」と表現されるほどの徹底的な模倣である、というSIEの主張にあります。
カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所にて、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が、著作権および商標権の侵害を理由にテンセントを提訴したことがわかりました。ロイター通信が報じています。
引用元: アメリカにてソニーがテンセントを提訴―『LIGHT OF MOTIRAM』が『Horizon』を模倣しているとの理由(Yahoo!ニュース)
この「著作権および商標権の侵害」という法的根拠は、ゲーム業界においてしばしば争点となります。特に、ゲームの「アイデア」自体は著作権で保護されませんが、具体的な表現、例えばビジュアルデザイン、音楽、コード、そしてゲーム内の独自のキャラクター設定や物語といった「表現されたもの」は著作権保護の対象となります。SIEは、『LIGHT OF MOTIRAM』がこれらの保護されるべき表現に、権利者の許諾なく、あるいはそれを超えるレベルで依拠していると主張していると考えられます。
さらに、SIEが懸念しているのは、単なる模倣行為そのものよりも、それがもたらしうる市場への影響です。
ソニーは『LIGHT OF MOTIRAM』を“slavish clone(独創性のないクローン)”と呼び、購入者を混乱させる恐れがあると主張しています。
引用元: アメリカにてソニーがテンセントを提訴―『LIGHT OF MOTIRAM』が『Horizon』を模倣しているとの理由(Inside Games)
この「購入者の混乱」という点は、知的財産権、特に商標権や著作権が保護する主要な目的の一つです。消費者が、ある商品やサービスを、特定の提供元(この場合はSIE)のものだと誤認することなく、正当な出自を認識できることは、市場の健全性を保つ上で極めて重要です。もし『LIGHT OF MOTIRAM』が『Horizon』シリーズのファン層に、SIEが公式にリリースする新作であるかのような誤解を与えれば、それはSIEのブランドイメージの希釈、そして将来的な収益機会の損失に直結します。これは、ゲーム業界における「IPのブランド価値」が、単なるコンテンツの集合体ではなく、信頼と期待の構築によって成り立つ無形資産であることを如実に示しています。
模倣か、インスピレーションか:境界線の曖昧さ
「Horizon」シリーズと『LIGHT OF MOTIRAM』の類似点については、具体的に以下のような点が指摘されています。
ソニー傘下のGuerrilla Gamesが開発した、文明が崩壊した世界で機械生命体を狩るハンターとして世界を冒険するアクションRPGが「Horizon Zero Dawn」です。全世界累計売上本数2000万本を記録した超人気作品ですが、これを盗作したとして、ソニーが中国のテンセントを訴えました。
引用元: ソニーが「Horizon Zero Originality(独創性ゼロのホライゾン)」などと評された「Light of Motiram」はHorizon Zero Dawnの盗作だとしてテンセントを訴える(GIGAZINE)
この引用にある「文明が崩壊した世界で機械生命体を狩るハンターとして世界を冒険する」という設定は、確かに「Horizon」シリーズの根幹をなす要素です。しかし、ゲーム業界においては、「インスピレーション」と「模倣」の境界線はしばしば曖昧です。例えば、多くのオープンワールドRPGが「広大な世界を冒険する」「謎を解き明かす」といった共通の要素を持っています。重要なのは、その「アイデア」がどのように「表現」され、独自のゲーム体験として昇華されているかという点です。
SIEが「slavish clone」とまで表現しているということは、『LIGHT OF MOTIRAM』が単に世界観やジャンルで共通しているだけでなく、キャラクターデザイン、敵である機械獣の形状や行動パターン、UI(ユーザーインターフェース)、さらにはゲームシステムの一部にまで、具体的かつ顕著な類似性が見られると主張している可能性が高いです。法廷では、これらの類似点が偶然の産物ではなく、意図的なコピーであるかどうかが厳しく問われることになるでしょう。
テンセントの「協業提案」の歴史:戦略的意図の深層
さらに、この訴訟に意外な深みを与えているのが、テンセントが過去にSIEに対して「Horizon」シリーズとの協業を提案していたという情報です。
📋経緯
・テンセント:#Horizon 協業を提案
・ソニー:提案を拒否
・テンセント:酷似ゲーム『Light of Motiram』発表⚖️訴訟内容
・「奴隷的模倣」と痛烈批判
・最大15万ドル×作品数の損害賠償請求詳細はリプ欄👇
📋経緯
・テンセント:#Horizon 協業を提案
・ソニー:提案を拒否
・テンセント:酷似ゲーム『Light of Motiram』発表⚖️訴訟内容
・「奴隷的模倣」と痛烈批判
・最大15万ドル×作品数の損害賠償請求詳細はリプ欄👇 pic.twitter.com/D7WPM6R516
— ゲームのはなし (@gamenohanashi) July 28, 2025
この「X(旧Twitter)」の投稿が示す経緯は、非常に示唆に富んでいます。もしこの情報が正確であれば、テンセントはSIEから「NO」の回答を得た後、「Horizon」というIPの魅力を自社のゲーム開発に活かそうと、模倣とも取れる形でアプローチしたとも解釈できます。これは、単なる開発上の偶然ではなく、SIEのIPを巡る交渉の失敗が、今回の法的紛争の引き金となった可能性を示唆しています。
ゲーム業界におけるIPのライセンス契約や共同開発は、ビジネス上の重要な側面です。テンセントが「Horizon」という強力なIPの活用を望んだことは、そのIPの市場価値を裏付けるものです。しかし、その提案が拒否されたにも関わらず、類似したゲームを発表したという事実は、テンセント側の戦略的な意図、あるいはSIEのIP保護に対する軽視とも捉えられかねず、訴訟の争点をさらに複雑化させる可能性があります。
ゲーム業界への影響:IP保護の強化とクリエイティビティのジレンマ
このソニー対テンセントの訴訟は、ゲーム業界全体に広範な影響を及ぼす可能性があります。
IP保護の厳格化:
SIEのような大手パブリッシャーが、有力IPの模倣に対して断固たる姿勢で臨むことは、他の企業に対しても模倣行為への牽制となるでしょう。これにより、ゲーム開発における「リスペクト」と「コピー」の区別がより厳格に問われるようになり、IPホルダーは自社の権利保護のために、より積極的な法的措置を講じるようになるかもしれません。これは、開発者にとっては、既存の成功作からインスピレーションを得ることのハードルが上がる可能性も示唆しています。「インスピレーション」と「模倣」の議論の再燃:
「Horizon」シリーズが築き上げた独特の世界観やメカニクスは、多くのクリエイターに影響を与える可能性を秘めています。しかし、どこまでが「インスピレーション」として許容され、どこからが「著作権侵害」となるのか、その線引きは常に議論の的です。この訴訟は、ゲームデザインにおける独創性と、既存の成功モデルからの借用とのバランスについて、業界全体で再考を促す契機となるでしょう。特に、中国のゲーム市場の急速な成長と、それがグローバル市場に与える影響を鑑みると、このようなIP保護に関する議論は避けて通れません。法廷闘争の長期化とコスト:
著作権侵害訴訟は、しばしば長期化し、多額の費用を要します。SIEとテンセントのような巨大企業間の訴訟となれば、その規模はさらに大きくなるでしょう。この訴訟の結果は、今後のゲーム開発のあり方、特にグローバル市場を意識した開発戦略に大きな影響を与えると考えられます。結論:クリエイティビティと権利保護の調和を目指して
今回のソニーによるテンセントへの提訴は、ゲーム業界における知的財産権の重要性を改めて浮き彫りにしました。SIEは、自社の創造物である「Horizon」シリーズのIPを、「奴隷的模倣」から守り、プレイヤーの信頼を維持するために、断固たる法的措置に踏み切ったと言えます。この訴訟が、単なるIP保護の戦いとしてだけでなく、ゲーム開発におけるクリエイティビティと、その正当な権利保護との間にある、繊細なバランスを再定義する機会となることを期待します。
テンセントが過去に協業を提案していたという事実は、この訴訟の背景にビジネス交渉の側面も存在することを示唆しており、法廷での争点は、類似性の具体性、意図性、そして損害の程度といった多岐にわたる要素になるでしょう。最終的な結論がどのような形になるにせよ、この一件は、グローバル化が進むゲーム市場において、 IPホルダーが自らの権利をどのように主張し、クリエイターがどのようにインスピレーションを追求していくべきか、という重要な指針を示すものとなるはずです。今後の裁判の行方から、目が離せません。
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