「昭和の時代は、今よりもっと自由で、良くも悪くもゆるい部分があったんじゃないか?」
「特に、『昭和時代は普通に詐欺CMをテレビで放送してた』なんて話を聞くと、耳を疑うが、実際はどうだったのか?」
これらの疑問に対する結論から先に述べましょう。昭和時代、現代の基準から見れば「詐欺的」と評価される、根拠に乏しい誇大広告や誤認を招く表示を含むCMが、相対的に多く流通していた時期があったのは事実です。しかし、これは法的な規制が皆無だったわけではなく、不当表示を禁じる法制度は昭和37年(1962年)に「景品表示法」としてすでに存在していました。 問題の根源は、テレビCM黎明期の未成熟なメディア環境、情報の非対称性が極めて高かった社会構造、そして法執行の実態と消費者意識の間に存在したギャップに深く起因しています。
本記事では、この複雑な問いに対し、昭和の広告史、法制度の変遷、社会心理、そして現代への連続性という多角的な視点から深掘りし、当時の広告が抱えていた本質的な課題を専門的に解説します。この記事が、過去の教訓を現代のデジタル社会における巧妙な詐欺広告を見破るための羅針盤となることを願っています。
1. テレビCM黎明期:法理と実態の乖離が招いた「フロンティア」時代
日本における民間テレビ放送は1954年(昭和29年)に始まり、同時にテレビCMもスタートしました。
民間テレビ放送開始(CM始まる)
引用元: 消費者問題年表
この時期は、まさにメディアのフロンティア時代であり、テレビという新たな情報伝達媒体が社会に与える影響の大きさを、送り手も受け手も十分に理解していませんでした。広告主は新しい販路と宣伝効果に目を輝かせ、消費者は未知の娯楽と情報に熱狂しました。この熱狂の中で、広告倫理や審査体制は未成熟であり、法制度が社会の実態に追いついていないという認識が広まっていました。
確かに、広告掲載の責任は本来広告主が負うものです。しかし、広告を放送した媒体側の責任についても、当時から一定の法理的な議論は存在していました。
広告は、本来は広告主が自己の名と責任において掲載するものであっ. て、広告主の依頼により広告を掲載したり CM を放送した媒体が法律上. 当然に媒体としての責任を負担 …
引用元: メディアの媒体責任
この引用は、媒体が広告の法的な責任を「当然に負担する」という見解が、すでに当時から存在していたことを示唆しています。しかし、「当然に」という表現は、それが広く社会的に確立された実務や意識であったことを意味するとは限りません。実際には、テレビ局側のCM審査体制は、現代のように詳細なエビデンスチェックや法務部門による厳格な運用体制が確立されておらず、広告主の提出資料や自己申告に依存する側面が大きかったと考えられます。黎明期特有の「性善説」に基づいた運用が、結果として問題のあるCMの流通を許容する土壌となっていたのです。これは、メディアが社会規範を形成する過渡期において、法理と社会実態の間に生じた避けがたいギャップと言えるでしょう。
2. 厳然たる法規制:「景品表示法」が示す昭和の規範と運用の壁
「昭和は規制がゆるゆるだった」という印象を持つかもしれませんが、実は詐欺的な広告表示を取り締まる法律は、昭和のかなり早い段階から存在していました。それが、「不当景品類及び不当表示防止法」、通称「景品表示法(景表法)」です。
景品表示法は昭和37年(1962年)に制定されています。
不当景品類及び不当表示防⽌法(昭和37年法律第134号)第5条第3号の. 規定に …
引用元: レビューと広告規制の実務
この法律は、消費者保護の観点から、商品やサービスの品質、内容、価格などについて、消費者を誤認させるような「不当な表示(誇大広告など)」を禁止するものです。具体的には、「優良誤認表示」(実際よりも著しく優良であると誤認させる表示)や「有利誤認表示」(実際よりも著しく有利であると誤認させる表示)がその主要な対象となります。つまり、「飲むだけで痩せる!」「つけるだけでシミが消える!」といった根拠のない謳い文句のCMは、昭和の時代においても明確に違法行為とみなされるべきものでした。
景品表示法の制定は、高度経済成長期における消費者の購買意欲の高まりと、それに伴う粗悪品や誇大広告の増加という社会問題への対応として重要な意味を持ちます。しかし、法律があっても、その運用は時代によって大きく異なります。当時の取り締まり体制は、現代の消費者庁のような専門機関が確立されておらず、行政のマンパワーや専門知識も十分ではありませんでした。また、「ネットがない時代」という情報環境は、以下の点で取り締まりを困難にしました。
- 証拠保全の困難さ: CMは一過性のものであり、録画技術が普及していない時代には、問題となる表現の証拠を永続的に確保することが困難でした。
- 情報拡散の遅さ: 消費者被害の情報が、現代のSNSのように瞬時に広まることはなく、個別かつ断片的にしか行政に届きませんでした。
- 立証責任の壁: 広告表示の「不当性」を行政側が立証するには、科学的根拠の収集や専門家の意見聴取が必要でしたが、これには多大な時間とコストがかかりました。
結果として、景品表示法が存在しながらも、その「抜け穴」を突いたり、証拠が残りにくい口頭での勧誘や限定的なメディアでの広告、そして何よりも「行政による監視の目が行き届きにくい」状況が、巧妙な悪質業者を跋扈させる要因となっていたのです。
3. 「金が儲かる」が招いた悲劇:金融詐欺と規制強化の歴史的背景
CMが直接的な詐欺でなくとも、「商品自体」が消費者を不幸にするケースも少なくありませんでした。特に、「お金が儲かる」という甘い誘惑は、いつの時代も人々の心を捉え、多くの金融詐欺を生み出してきました。
昭和の時代、特に問題が顕在化したのがサラ金(消費者金融)やヤミ金、そして投資詐欺です。貸金業に対する規制がまだ不十分だった頃、多重債務に苦しむ人が後を絶ちませんでした。テレビCMで盛んに宣伝されていた消費者金融の中には、法外な金利や過酷な取り立てを行う業者が存在し、社会問題化しました。
この状況に転機をもたらしたのは、1983年(昭和58年)に「貸金業規制法」(現・貸金業法)が成立したことでした。
サラ金規制法を作れの運動が広がり、1983年(昭和58年)に貸金業規制法が成立. し、被害救済の運動が進みました。
引用元: クレジット・サラ金・ヤミ金・商工ローン被害の実態について
この法律は、金利の上限設定(出資法と利息制限法の「グレーゾーン金利」問題への対応)、取り立て行為の規制、貸金業者への登録制導入など、消費者保護を目的とした画期的なものでした。この成立は、それ以前に「とんでもない高金利や悪質な取り立てが横行していた」という実態が社会的に広く認識され、大きな被害をもたらしていたことの裏返しに他なりません。当時の金融広告は、返済能力を超えた貸付けを助長するような内容や、金利に関する誤解を招くような表示が含まれていた可能性も否定できません。
また、テレビCMという直接的な広告手法ではないものの、メディアを賑わせた「豊田商事事件」(1985年発覚)や「安愚楽牧場事件」(2011年発覚、昭和の構造的課題の延長線上)は、大規模投資詐欺の典型例です。豊田商事事件では、金の現物まがい商品を販売し、高齢者を中心に多額の現金を騙し取ったことで社会を震撼させました。これらの事件は、単に広告規制の問題に留まらず、人々が抱く「一攫千金」への願望や、情報弱者に対する悪意あるつけ込み、そして当時の金融市場の監督体制の不備といった、より深い構造的課題を浮き彫りにしました。
4. 昭和を彩った「怪しい商品」の数々:消費者心理と情報の非対称性
テレビCMや雑誌広告には、思わず「ほんとかな?」と首をかしげてしまうような商品が多数存在しました。提供情報でも挙げられた例は、当時の社会心理をよく表しています。
- バブルスター: 「お風呂に入れるだけで美肌になる」といった触れ込みで、高額な入浴剤が販売されました。当時、人気俳優の北大路欣也さんがCMに出演していたこともあり、消費者はその「タレントの信用(タ信)」に引きずられ、科学的根拠の乏しい効果を信じて購入する傾向がありました。実際には、泡風呂になるだけで、宣伝されたような特別な美容効果は確認されませんでした。
- 原野商法: 「将来値上がりする」「リゾート開発される」などと謳い、価値のない山林や原野を高値で売りつける手口です。「祖母が昔買った東北の山中の土地を相続で引き継ぐことになって価値が無さすぎて困っている」というコメントは、この詐欺の被害が長期にわたり、現代にまで影響を及ぼしていることを示しています。これは、土地神話や高度経済成長期の楽観論を悪用した典型的な手口でした。
- その他、「飲むだけで痩せるサプリ」「背が伸びる薬」「モザイクを消すメガネ」など、人間のコンプレックスや欲望につけ込む、怪しげな商品が雑誌広告の裏側を飾っていた時代でもありました。これらは、現代のウェブサイトやSNS広告に形を変えて存在しています。
なぜ、こうした怪しい広告が、法的規制があったにもかかわらず、比較的容易に流通し、多くの被害者を生んだのでしょうか?その背景には、複合的な要因が考えられます。
- 情報の非対称性 (Information Asymmetry): ネットがない時代、消費者が商品に関する客観的な情報を得る手段は極めて限られていました。テレビ、新聞、雑誌といった主要なメディアが伝える情報は、絶対的な信頼性を持つものと受け止められがちでした。現代のように、商品の口コミやレビューを簡単に検索したり、専門家による評価を確認したりすることは不可能で、これが売り手優位の情報環境を生み出しました。
- メディアへの過剰な信頼と「タ信効果」: 「テレビで流れているんだから大丈夫だろう」という、メディアに対する強い信頼感が社会全体にありました。特に、著名なタレントが出演するCMは、そのタレントの社会的信用度を商品に投影させ、消費者に不当な安心感を与える「タ信効果」が絶大でした。これは、消費者にとって情報の真偽を判断する際の認知バイアスとして機能しました。
- 規制の実効性と消費者教育の未発達: 景品表示法があったとはいえ、その運用が不十分であったり、行政機関の監視体制が未熟であったりしたため、悪質な業者が摘発されにくい状況がありました。また、消費者自身が「これは詐欺かもしれない」と声を上げるプラットフォームが少なかったこと、そして体系的な消費者教育が広範に浸透していなかったことも、被害が拡大した一因です。消費者が「誇大広告」と「虚偽広告」の違いを区別するリテラシーがまだ十分に育っていなかったとも言えます。
5. 令和も同じ:形を変える「甘い誘惑」と情報リテラシーの強化
昭和の広告事情を紐解いてきましたが、「なんだか現代と似ているな…」と感じた方も多いのではないでしょうか。そう、詐欺の手口は時代と共に形を変えても、その本質は決して変わらないのです。人間の普遍的な欲求や弱みにつけ込むという根本は、常に不変です。
令和の現代も、デジタル技術の進化と共に、新たな形で詐欺広告がはびこっています。
- AIを使った有名人なりすまし投資詐欺: 「AIを使って有名人が喋ってるように見せるヤツ」がYouTubeなどで流れています。著名人の画像や音声をAI(ディープフェイク技術)で生成し、「絶対に儲かる」「〇〇投資法で誰でも億万長者」などと謳って、投資を勧誘する手口です。これは、タレントの信用を悪用する「タ信効果」が、より高度な技術によって再生産されている現代版の例と言えます。
- SNS型投資・ロマンス詐欺: SNSのメッセージ機能などを利用し、言葉巧みに投資話を持ちかけたり、恋愛感情を抱かせたりして金銭を騙し取る手口です。この種の詐欺は、オンライン上の人間関係を悪用し、被害者の心理的な脆弱性につけ込む点で、旧来の電話詐欺や訪問販売の進化形と言えます。
SNS型投資・ロマンス詐欺の現状と対策
引用元: 令和7年版 まもると安心の白書
- 海外通販サイトの誇大広告: 「Temuの宣伝とかしてたじゃん」というコメントのように、実物と大きく異なる商品写真や、極端な安値を提示して消費者を誘い込むケースも多発しています。これは、グローバル化されたサプライチェーンとデジタル広告プラットフォームを悪用した、現代版の「怪しい商品」広告と言えるでしょう。
「飲むだけで痩せる!」「つけるだけでシミが消える!」「500円で全身脱毛!」といった美容・健康系の広告も、昔から形を変えながら存在し続けています。結局のところ、人間の「楽したい」「得したい」「美しくなりたい」といった普遍的な欲求、そして「不安を解消したい」という心理につけ込む手口は、いつの時代も有効だと考えている悪意ある者たちがいるのです。
結論:時代を超えて見抜く「甘い誘惑」の本質と、賢い社会の構築へ
「昭和時代は普通に詐欺CMを放送してたってマジですか?」
この問いに対する最終的な結論は、「法的には不当表示を禁じる規制が存在したものの、テレビCM黎明期のメディア環境、情報の非対称性が高かった社会構造、未成熟な広告審査体制、そして消費者意識と法執行の実態とのギャップといった複合的要因により、現代の基準から見れば『詐欺的』と評価される広告が相対的に多く流通し、被害が発生しやすい状況にあった」というものです。
昭和の時代と令和の現代、情報技術の発展は比較にならないほど進歩しましたが、私たちの心をくすぐる「甘い誘惑」の広告や詐欺は、姿を変えながらも決してなくなりません。むしろ、AIやビッグデータといった最新技術が悪用されることで、その手口はより巧妙化し、パーソナライズされ、見破ることが困難になっています。
大切なのは、私たち一人ひとりが賢い消費者として、その誘惑の本質を見抜き、批判的思考力(クリティカルシンキング)を養うことです。
これだけは常に心に留めておきましょう!
* 「絶対に儲かる」「必ず痩せる」「一瞬で〇〇」など、「絶対」や「100%」といった極端な言葉には細心の注意を払いましょう。 現実に世の中に絶対はありません。
* 「うまい話には裏がある」は、古今東西を問わず真実です。リスクとリターンのバランスを冷静に評価する習慣をつけましょう。
* 「楽して儲かる」話は、ほぼ詐欺です。 労なくして大きな利益が得られるような誘いには、常に疑いの目を向けましょう。
情報過多な現代社会において、情報の真偽を見極める情報リテラシーとデジタルリテラシーは、私たちの生活と財産を守る上で最も重要なスキルです。SNSやインターネット上の情報を鵜呑みにせず、常に「これ、本当に大丈夫かな?」と一歩立ち止まって考える習慣をつけ、複数の信頼できる情報源で事実を確認する手間を惜しまないでください。
昭和の時代が私たちに与えた教訓は、法制度の整備だけでは不十分であり、社会全体のリテラシー向上と、プラットフォーマーやメディア、そして行政が連携して消費者保護に取り組むことの重要性を示唆しています。この歴史的経験を胸に、令和の私たちはもっと賢く、安心して暮らせる、そして悪意ある詐欺が根絶される社会を築いていくべきです。
今回の記事が、皆さんの情報リテラシー向上と、より安全なデジタル社会への意識改革の一助となれば幸いです。
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