2025年09月19日
「選択的夫婦別姓」という言葉を耳にするたび、「自分には関係ない」「なぜこんなに熱くなっているのか分からない」と感じている方は少なくないでしょう。しかし、このテーマは単なる制度導入の是非を超え、私たちの社会がこれからどのように「家族」や「個人」を捉えていくのか、その根幹に関わる極めて重要な論点なのです。本記事では、この「選択的夫婦別姓」を巡る議論の核心に迫り、その法的、社会的、そして個人的な影響を多角的に深掘りしていきます。
結論:選択的夫婦別姓は、「氏」の変更という表面的な問題に留まらず、個人の尊厳、自己決定権、そして多様な家族形態を包摂する現代社会のあり方を問う、極めて「アツい」議論である。
1. 「氏(うじ)」とは何か? – 法的概念の理解から始める
まず、議論の出発点として、私たちが日常的に「名字」「苗字」と呼んでいるものが、法律上は「氏(うじ)」と呼ばれることを明確にしておく必要があります。これは、法制度の理解において非常に重要な前提となります。
法務省によると、「この制度は一般に「選択的夫婦別姓制度」と呼ばれることがありますが、民法等の法律では、「姓」や「名字」のことを「 氏 ( うじ ) 」と呼んでいることから、法務省」
引用元: 法務省:選択的夫婦氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度 …
この引用が示すように、現行の民法では、結婚によって夫婦は「同一の氏」を称しなければならないと定められています(民法第750条)。つまり、「結婚したらどちらか一方の氏を選択して、夫婦はそれまで同じ氏を名乗らなければならない」という法的拘束が存在するのです。この「氏」の変更は、単に戸籍上の表示が変わるだけでなく、社会生活における様々な場面で影響を及ぼします。したがって、この「氏」という法的概念への理解を深めることは、選択的夫婦別姓制度がなぜ議論の的となるのかを理解する上で不可欠です。
2. 「通称」という「壁」 – 改姓がもたらす、知られざる生活上の不利益と尊厳への影響
結婚による「氏」の変更は、当事者にとって軽視できない実生活上の困難を伴うことがあります。特に、改姓によって発生する「通称」と「戸籍上の氏」との乖離は、多くの不便や、時には深刻な精神的負担を生じさせます。
「結婚による改姓で尊厳を傷つけられ、生活上の不利益を被っている人たちがいる。小手先の対応では、根本的な解決にはならない。」
引用元: 社説:自民の夫婦別姓議論 通称拡大では解決しない | 毎日新聞
この毎日新聞の社説が指摘するように、改姓による「尊厳を傷つけられる」という表現は、単なる制度上の不都合以上の、個人のアイデンティティや自己認識に深く関わる問題を示唆しています。例えば、長年培ってきた職業上の業績、社会的な信用、あるいは単に愛着のある「氏」を失うことの心理的影響は計り知れません。
さらに、社会生活における「通称」の利用には限界があります。銀行口座、クレジットカード、パスポート、運転免許証、年金手帳、さらには医療記録といった、個人の信用や公的な権利義務に直結する場面では、原則として戸籍上の「氏」の提示が求められます。これらの手続きを改姓の都度行うことの煩雑さ、そして「なぜ、結婚という個人的な選択によって、これほど多くの公的手続きの変更を強いられなければならないのか」という根本的な疑問は、多くの改姓経験者にとって共通の体験として存在します。
この「通称」の壁は、社会が多様な個人のあり方をどれだけ許容できるか、という問いにも繋がります。制度が画一的であるために、個人の実情が置き去りにされ、結果として不利益を被る人々を生み出している現状は、現代社会が目指すべき「包摂性」という観点からも、看過できない問題と言えるでしょう。
3. 国会における「アツい」議論 – 法改正に向けた政治的動きと背景
選択的夫婦別姓制度の導入に関する議論は、単なる民間の希望にとどまらず、国会でも長らく継続的なテーマとなっています。
選択的夫婦別姓をめぐり、立憲民主党は制度を導入するための法案を4月30日、国会に提出しました。ほかの野党からも法案提出に…
引用元: 選択的夫婦別姓 野党から法案提出の動き 自民党内では議論続く | NHK24日から始まる通常国会で注目される議論の1つが選択的夫婦別姓制度の導入の是非です。自民党に慎重論がある一方、立憲民主党が導入を目指して必要な法案…
引用元: 選択的夫婦別姓制度 国会で議論へ | NHK | 国会
これらの報道が示すように、特に立憲民主党をはじめとする野党は、制度導入に向けた法案提出を積極的に行っています。一方で、自民党内では慎重論も根強く、議論が難航している状況がうかがえます。
公明党の「選択的夫婦別姓制度導入推進プロジェクトチーム」(PT、座長=矢倉かつお参院議員)は28日、衆院第2…
引用元: 夫婦別姓導入へ議論加速 | ニュース | 公明党
さらに、与党内においても、公明党などが推進の姿勢を示しており、政党間での意見の相違が、法改正を巡る複雑な政治力学を形成しています。
この国会での活発な議論は、単に制度の是非という問題に留まらず、日本の家族観、ジェンダー平等、そして法制度が現代社会のニーズにどれだけ適合しているのか、という根本的な問いかけを含んでいます。多様な価値観が共存する現代において、単一の家族モデルを前提とした現行法が、人々の自己決定権や幸福追求権とどのように両立していくのか、という大きな課題が提示されているのです。
4. 「四半世紀」に及ぶ沈黙 – なぜ、この問題は進展しないのか?
選択的夫婦別姓制度を巡る議論の歴史は、驚くほど長いものがあります。
法制審議会が選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法改正案を答申して四半世紀近くたつ。夫婦が同姓か別姓かを選べる制度を求める声は高まっていたのに、何がハードルとなったのか。
引用元: 選択的夫婦別姓のハードルは? 議論進まず四半世紀 – 日本経済新聞
日本経済新聞の記事が指摘するように、法制審議会からの答申がなされてから四半世紀近くが経過しても、法改正に至っていないという事実は、この問題の根深さを示しています。この「ハードル」の正体は、単一の理由に集約されるものではありません。
- 伝統的家族観との対立: 家制度に根差した「家名」という概念が、依然として社会の深層に影響を与えているという見方があります。
- 国民感情の多様性: 制度導入を支持する声がある一方で、保守的な価値観を持つ層からの反対意見も根強く、国民全体のコンセンサス形成が難しいという現実があります。
- 法改正のハードルの高さ: 民法改正という、社会の根幹に関わる法改正には、国会における慎重な審議と、幅広い合意形成が不可欠であり、政治的なエネルギーを要します。
- 「通称」による代替策の限界: 先述したように、「通称」での対応を求める意見もありますが、これは根本的な解決策ではなく、むしろ制度の遅れを隠蔽する「小手先の対応」であるという批判もあります。
これらの要因が複合的に作用し、長年にわたり議論は継続しながらも、具体的な法改正へと結びつかない状況が生まれているのです。
5. 「自分ごと」として捉えるべき理由 – 個人の尊厳、自己決定権、そして未来社会への貢献
「選択的夫婦別姓」を、単なる「他人の結婚に関する問題」として片付けてしまうのは、あまりにも早計です。このテーマは、現代社会を生きる私たち一人ひとりの、より普遍的な権利や、社会のあり方そのものに関わっています。
- 個人の尊厳と自己決定権の確立:
自分の「氏」をどうするか、という個人のアイデンティティの根幹に関わる事項を、法律によって強制的に決定させられる現状は、自己決定権の侵害と捉えることができます。特に、女性の社会進出が進み、多様な働き方や生き方が尊重される現代において、結婚というライフイベントが個人のアイデンティティを制約する要因となることは、時代に逆行する側面があります。「当会は、国に対して、婚姻における夫婦同姓制度を定める民法第750条を早急に改正し、選択的夫婦別姓制度を導入することを求める。」
引用元: 選択的夫婦別姓制度の早期の導入を求める会長声明|声明・決議 …
日本弁護士連合会(日弁連)をはじめとする専門家団体が、民法第750条の改正を求めているのは、まさにこの「個人の尊厳」と「自己決定権」の観点からです。法制度が、個人の多様な意思を尊重し、自己決定を保障するものであるべきだ、という強いメッセージが込められています。
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多様な家族形態の包摂:
「家族」の形は、時代と共に変化し、多様化しています。核家族、単身世帯、事実婚、同性カップルなど、現代社会には様々な家族のあり方が存在します。選択的夫婦別姓制度の導入は、こうした多様な家族形態を法的に、そして社会的に認め、包摂していくための一歩となります。現行の「夫婦=同姓」という単一のモデルに固執することは、多様な家族のあり方を「イレギュラー」と見なし、間接的に排除してしまうことにも繋がりかねません。 -
ジェンダー平等の推進:
現行の夫婦同姓制度は、結婚によっていずれか一方の氏を変更する際に、大多数が女性の氏が変更されているという統計的事実があり、ジェンダー間の権力関係や役割分担の固定化を助長するという指摘もあります。選択的夫婦別姓制度は、男女が対等な立場で「氏」を選択できる機会を提供し、ジェンダー平等の実現に向けた重要な進展となる可能性があります。 -
社会全体の活力と国際化への対応:
グローバル化が進む現代において、多くの国で夫婦別姓が認められています。日本が国際社会において、その制度的遅れによって不利になる場面や、国際的な家族関係における煩雑さが増す可能性も考慮すべきでしょう。また、多様な人材が活躍できる環境を整備することは、社会全体の活力向上にも繋がります。
あなたが結婚の予定がなくとも、あるいはすでに結婚していて改姓をしていないとしても、この問題は、あなたが将来、親や子供、あるいは友人や同僚といった形で関わる可能性のある「家族」のあり方、そしてより公平で多様な社会の実現に関わる、極めて「自分ごと」となりうるテーマなのです。
まとめ:現代社会が問われる「家族」と「個人」のあり方
「選択的夫婦別姓」というテーマは、一見すると、個人の結婚生活における些細な選択肢の一つに過ぎないように思えるかもしれません。しかし、本記事で深掘りしてきたように、この問題は、法制度、個人の尊厳、自己決定権、ジェンダー平等、そして社会全体の多様性といった、現代社会の根幹をなす様々な要素に深く関連しています。
法制審議会からの答申から四半世紀近くが経過してもなお、この議論が進展しない背景には、伝統的な価値観との軋轢や、複雑な政治的要因が存在します。しかし、国際化が進み、家族の形態が多様化する現代において、単一の家族モデルを前提とした法制度は、個人の尊厳や自己決定権を十分に保障できているとは言えません。
「ぶっちゃけ、どうでもよくね?」という問いかけは、この問題の重要性を見落としている、あるいは、それに目を向けることの難しさを表しているのかもしれません。しかし、弁護士会などの専門家団体が制度導入を強く求めていることからもわかるように、これは単なる感情論ではなく、法的な権利や社会的な公平性に関わる、喫緊の課題なのです。
この問題に絶対的な「正解」はありません。しかし、重要なのは、この議論から目を逸らさず、多様な意見に耳を傾け、そして何よりも「家族」や「個人」が尊重される社会とはどのようなものか、という問いを、私たち一人ひとりが自らの問題として捉え、考えていくことでしょう。そうした思考の積み重ねこそが、より包括的で、より公正な社会を築いていくための、確かな一歩となるはずです。
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