結論:2026年のパリ協定再評価は、Scope3排出量削減を企業経営の中核に据えることを強く促す。単なるコンプライアンス対応ではなく、サプライチェーン全体を巻き込んだ変革を通じて、競争優位性を確立し、レジリエンスを高める戦略的投資として捉えるべきである。
2015年に採択されたパリ協定は、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求することを目標としています。2026年には、この協定の進捗状況が再評価され、各国の取り組みが検証されます。この再評価は、企業にとって、これまで「努力目標」とされてきた温室効果ガス排出量削減を、より厳格な義務へと転換させる可能性を秘めています。特に、企業活動の大部分を占めるサプライチェーン全体での温室効果ガス排出量である「Scope3排出量」の削減は、企業の持続可能性を左右する喫緊の課題です。本記事では、Scope3排出量の重要性、算定方法、削減目標の設定、そして具体的な削減対策について、最新の動向と専門的な視点から詳細に解説します。
パリ協定再評価とScope3排出量の重要性:排出量削減のパラダイムシフト
パリ協定の再評価は、単なる進捗確認に留まらず、各国が提示した削減目標(NDC: Nationally Determined Contributions)の強化を促す契機となります。2026年の再評価では、1.5℃目標達成に向けたギャップが明確化され、より野心的な目標設定が各国に求められるでしょう。この流れは、企業に対しても、より積極的な排出量削減への取り組みを促します。
Scope3排出量の重要性は、その規模の大きさから明らかです。多くの企業において、Scope1とScope2の排出量を合計しても、Scope3排出量の10%未満に留まるケースが少なくありません。例えば、自動車メーカーの場合、自社工場での排出量(Scope1)や電力消費による排出量(Scope2)よりも、部品サプライヤーや輸送、そして使用済み車両の処理といったScope3排出量の比率が圧倒的に高くなります。
近年、投資家や消費者からのESG(環境、社会、ガバナンス)投資への関心の高まりも、Scope3排出量削減を加速させる要因となっています。MSCI ESG RatingsやSustainalyticsといったESG評価機関は、Scope3排出量の開示状況や削減目標の達成度を、企業のESG評価に反映させています。これにより、Scope3排出量削減に取り組む企業は、資金調達の優位性を得たり、ブランドイメージを向上させたりすることができます。
Scope3排出量とは?:15カテゴリーの複雑性と優先順位付け
Scope3排出量は、企業活動によって間接的に発生する温室効果ガス排出量のことで、以下の15のカテゴリーに分類されます。
- カテゴリー1:購入した商品・サービス
- カテゴリー2:資本財
- カテゴリー3:燃料・エネルギー関連活動からの排出
- カテゴリー4:輸送・配分
- カテゴリー5:廃棄物処理
- カテゴリー6:出張
- カテゴリー7:従業員の通勤
- カテゴリー8:投資
- カテゴリー9:リース資産
- カテゴリー10:下流の輸送・配分
- カテゴリー11:加工された商品の使用
- カテゴリー12:使用済み商品の処理
- カテゴリー13:リース資産の処理
- カテゴリー14:燃料・エネルギー関連活動からの排出
- カテゴリー15:上流・下流投資
これらのカテゴリーは、企業の事業内容によって重要度が大きく異なります。しかし、全てのカテゴリーを均等に扱うことは非効率です。マテリアリティ評価を通じて、自社の事業に最も影響を与えるカテゴリーを特定し、優先順位を付けることが重要です。例えば、アパレル業界であれば「購入した商品・サービス」や「加工された商品の使用」が重要度が高く、金融機関であれば「投資」が重要度が高くなります。
また、Scope3排出量の算定は、データの入手困難性や算定方法の複雑さから、多くの企業にとって大きな課題となっています。特に、サプライヤーからのデータ収集は、時間と労力を要する作業です。
Scope3排出量の算定方法:LCA、サプライヤーエンゲージメント、そしてデジタル技術の活用
Scope3排出量の算定は、正確性と透明性が求められます。国際的な基準としては、GHGプロトコルScope3基準が広く利用されています。算定方法としては、以下のものが挙げられます。
- サプライヤーエンゲージメント: サプライヤーに対して、排出量データの提供を依頼し、協力体制を構築することが重要です。CDP(Carbon Disclosure Project)などのプラットフォームを活用し、サプライヤーの排出量データを一元的に収集・管理することも有効です。
- ライフサイクルアセスメント(LCA): 製品のライフサイクル全体(原材料調達から廃棄まで)における環境負荷を評価する手法です。LCAは、Scope3排出量の算定において、最も包括的なアプローチですが、データの収集と分析に多大な労力が必要です。
- 排出量係数: 各活動における排出量係数(例えば、輸送手段ごとの排出量)を用いて、排出量を算出します。排出量係数は、政府機関や研究機関が公表しているものを使用することができます。
- 算定ツール: GHGプロトコルなどの国際的な基準に基づいた算定ツールを活用することで、効率的に算定を行うことができます。例えば、SpheraやEcochainなどのソフトウェアは、LCAの実施を支援します。
近年では、ブロックチェーン技術やAI(人工知能)を活用したScope3排出量算定ソリューションも登場しています。これらの技術は、サプライチェーンの透明性を高め、データの信頼性を向上させることができます。
Scope3排出量削減目標の設定:SBTiとサプライチェーンとの協調
Scope3排出量の削減目標を設定する際には、以下の点を考慮する必要があります。
- 科学的根拠: SBTi(Science Based Targets initiative)などの科学的根拠に基づいた目標設定フレームワークを活用します。SBTiは、パリ協定の1.5℃目標達成に合致する削減目標を検証し、承認する機関です。
- 事業特性: 自社の事業特性やサプライチェーンの構造を考慮し、現実的な目標を設定します。
- 段階的な目標: 短期、中期、長期の段階的な目標を設定し、進捗状況を定期的に評価します。
- サプライヤーとの連携: サプライヤーと協力して、共同で削減目標を設定し、取り組みを推進します。
サプライチェーン全体での排出量削減を実現するためには、スコープ3排出量削減の目標をサプライヤーに共有し、共同での取り組みを促すことが不可欠です。サプライヤーに対して、技術支援や資金援助を提供することで、削減目標の達成を支援することができます。
Scope3排出量削減のための具体的な対策:サーキュラーエコノミーとイノベーション
Scope3排出量を削減するためには、様々な対策を組み合わせる必要があります。
- グリーン調達: 環境負荷の低い原材料や製品を優先的に調達します。環境ラベルや認証制度を活用し、環境性能の高い製品を選択することが重要です。
- サプライチェーンの最適化: 輸送ルートの最適化、輸送手段の転換(鉄道や船舶へのシフト)、そして倉庫の効率化などを行います。
- 省エネルギー化: サプライヤーに対して、省エネルギー化の支援や技術指導を行います。
- 再生可能エネルギーの導入: サプライヤーに対して、再生可能エネルギーの導入を促進します。
- 循環型経済への移行: 製品の長寿命化、リサイクル、そして再利用を促進します。サーキュラーエコノミーは、資源の効率的な利用を促進し、廃棄物の削減に貢献します。
- 製品設計の見直し: 環境負荷の低い素材の使用、軽量化、そして耐久性の向上など、製品設計を見直します。エcodesignは、製品のライフサイクル全体における環境負荷を考慮した設計手法です。
- 代替素材の開発: 環境負荷の高い素材の代替となる、バイオマス由来の素材やリサイクル素材の開発を推進します。
これらの対策に加えて、イノベーションもScope3排出量削減の重要な要素です。例えば、カーボンリサイクル技術やCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)技術は、排出されたCO2を資源として再利用したり、地中に貯留したりすることで、大気中のCO2濃度を低減することができます。
まとめと今後の展望:レジリエンスと競争優位性の獲得
2026年のパリ協定再評価を控え、企業はScope3排出量の削減に真剣に取り組む必要があります。Scope3排出量の算定は困難ですが、サプライヤーとの連携、LCAの活用、そして科学的根拠に基づいた目標設定を通じて、着実に削減を進めることが可能です。
Scope3排出量の削減は、企業の持続可能性を高めるだけでなく、新たなビジネスチャンスを生み出す可能性も秘めています。環境に配慮した製品やサービスへの需要は高まっており、Scope3排出量の削減に取り組む企業は、競争優位性を確立することができます。
今後は、Scope3排出量の算定・削減に関する規制が強化される可能性が高く、企業は、より積極的な取り組みを進める必要があります。また、サプライチェーン全体でのレジリエンスを高めるためにも、Scope3排出量の削減は不可欠です。気候変動による自然災害や資源価格の変動は、サプライチェーンに大きな影響を与える可能性があります。Scope3排出量の削減に取り組むことで、サプライチェーンの脆弱性を低減し、事業継続性を確保することができます。
結論を再度強調します。2026年のパリ協定再評価は、Scope3排出量削減を企業経営の中核に据えることを強く促す。単なるコンプライアンス対応ではなく、サプライチェーン全体を巻き込んだ変革を通じて、競争優位性を確立し、レジリエンスを高める戦略的投資として捉えるべきである。


コメント