結論から言えば、埼玉県の大野元裕知事が参議院選挙の結果に言及し、「外国人問題」の定義の曖昧さとともに、その所管が「国の所管」であることを強調した発言は、表面的な言葉の遊戯にとどまらず、現代日本が抱える「移民・外国人共生政策」における地方自治体の実務的ジレンマと、国政における政策形成の遅滞という、構造的な課題を浮き彫りにするものです。知事の認識は、一見すると傍観者のように聞こえるかもしれませんが、その背後には、地域社会における具体的な「共生」の困難と、それに対する国の政策的後押しが十分でない現状への、熟慮された、あるいはある種の諦念を伴う声明と解釈できます。
2025年7月に行われた参議院選挙において、「外国人問題」を主要な論点の一つとして掲げた政党が一定の支持を集めたことは、日本社会におけるこの問題への関心の高まりを如実に示しています。特に、埼玉県、とりわけ川口市周辺においては、長年にわたり在日クルド人を巡る地域住民との共生問題が指摘されており、地方自治体の首長である大野知事が、この喫緊の課題にどのように向き合い、国政の動向をどう捉えているのかは、極めて重要な意味を持ちます。
知事発言の背景:参政党躍進と「外国人問題」の提起
大野知事は、2025年7月22日の定例記者会見で、参院選の結果に触れ、「外国人問題」について問われると、以下のように発言しました。
「外国人問題が…定義がよく分からないのですが」
(引用元: 【クルド人問題】埼玉・大野知事、参政党躍進の参院選に私見「国籍、民族にかかわらず治安維持必要」(日刊スポーツ)https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202507240000917.html)
この発言は、「外国人問題」という言葉が、実際には具体的に何を指すのか、その定義が社会的に共有されていない現状を的確に突いています。政治的なスローガンとして使用される「外国人問題」は、しばしば治安、経済、文化、社会保障など、多岐にわたる要素を内包しており、その総体としての定義は曖昧にならざるを得ません。
さらに、知事は参政党の躍進について、以下のように分析しました。
「仮に、外国人問題が入管や、移民政策というのが日本の言葉であるのか分かりませんけれども、そういったところの論点であり、それが今回、参政党が一部躍進しましたけれども、そういったところの世論というものもあると私は理解をしております」
(引用元: 知事記者会見 令和7年7月22日 – 埼玉県https://www.pref.saitama.lg.jp/a0001/room-kaiken/kaiken20250722.html)
ここで「入管や、移民政策」という具体的な政策領域に言及している点は重要です。これは、選挙で「外国人問題」を訴えた勢力が、単なる漠然とした不安の表明に留まらず、具体的な法制度や政策の変更を求めている、あるいはそのような政策に国民の関心が集まっている、という知事の認識を示しています。しかし、「日本の言葉であるのか分かりませんけれども」という一節には、国内における移民政策の位置づけや、その言語化への戸惑いも垣間見えます。日本は、長らく「移民国家」であることを公式に認めてこなかった歴史があり、こうした政策領域の定義や概念の普及は、依然として進行形であると言えます。
そして、この問題の所管について、知事は明確に「国の所管」であることを強調しました。
「国の所管でありますので」
(引用元: 【クルド人問題】埼玉・大野知事、参政党躍進に「外国人問題が…定義がよく分からないのですが」「国の所管でありますので」(痛いニュース)https://itainews.com/archives/2051148.html)
この「国の所管」という言葉は、地方自治体の立場から見た、この問題の限界と、国への委ねる姿勢を端的に示しています。入国管理、ビザ制度、外国人登録、そして広範な移民政策といった根幹部分は、国の専権事項であり、地方自治体が直接的に法律を制定・改正したり、国境管理を行ったりすることはできません。
埼玉県における「クルド人問題」:地域課題と知事の過去の発言
埼玉県、特に川口市には、日本国内でも有数のクルド人コミュニティが存在します。このコミュニティの形成は、経済的機会や、出身国における政治的・社会的な不安定さなどが背景にあります。しかし、その規模の拡大とともに、地域住民との間での文化・習慣の違いから生じる摩擦や、一部における生活様式(ゴミ出しのルール違反、騒音問題など)や、さらには一部報道で指摘される治安や生活保護に関する問題などが、地域社会の課題として顕在化しています。
大野知事は、過去にも外国人住民との共生に関する課題認識を表明しています。
「外国人受け入れには負の側面もある」「自治体にしわ寄せが来ている」
(引用元: 外国人受け入れ「負の側面もある」「自治体にしわ寄せ」埼玉大野知事 参院選争点に急浮上 「移民」と日本人(産経新聞)https://www.sankei.com/article/20250715-PH4TR5PUR5EGHKM26H5K4A5JBE/)
この発言は、知事が地域現場で生じている具体的な課題、すなわち「負の側面」と「自治体へのしわ寄せ」を認識していることを明確に示しています。これは、単なる抽象的な「外国人問題」ではなく、埼玉県、とりわけ川口市という具体的な地域が直面する、より現実的かつ即時的な問題への言及です。
しかし、今回の「国の所管」という発言は、これらの地域課題への対応において、地方自治体としての権限やリソースの限界を認識し、抜本的な解決には国の政策変更や支援が不可欠であるという、一種の「責任の所在の明確化」あるいは「協力要請」とも取れるニュアンスを含んでいます。知事は、地域レベルでできる限りの努力は行いつつも、根本的な制度設計や財源確保は国の役割である、という立場を明確にしていると解釈できます。
「国籍、民族にかかわらず治安維持必要」という法治国家の原則
知事は、「国籍、民族にかかわらず治安維持は必要」との認識も示しています。これは、参院選で「外国人問題」が論点化された背景に、一部の国民が抱く治安への懸念があることを認識しつつも、知事としては、性急な民族差別や排外主義に流されることなく、法治国家の原則に則った、冷静かつ普遍的な治安維持の必要性を訴えたものです。
この発言は、集団的な不安や感情論に流されず、個々の行為をもって法に則って対応すべきであるという、専門的な公共政策の観点からも支持されるべき立場です。また、特定の集団を標的にするのではなく、地域住民全ての安全・安心を守るためには、民族や国籍に関わらず、一律に適用されるべき治安維持の基準があることを示唆しています。これは、多文化共生社会における法規範の重要性を再認識させるものです。
複雑化する「共生」と地方自治体のジレンマ:構造的課題の深掘り
知事の発言の根底には、日本における「移民・外国人共生政策」の未成熟さと、それに伴う地方自治体のジレンマが存在します。
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「共生」の多義性と合意形成の困難さ: 「共生」という言葉は、多様な文化的背景を持つ人々が、互いの文化を尊重しつつ、地域社会の一員として共に生きていく状態を指しますが、その具体的なあり方や、それを実現するための具体的な政策・制度設計については、社会的な合意形成が容易ではありません。地域住民の不安(治安、雇用の圧迫、文化摩擦など)と、外国人住民の権利や生活基盤の確保との間で、バランスを取ることは、地方自治体にとって極めて高度な調整能力を要求されます。
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国の政策の遅れと責任転嫁の構造: 日本は、高度経済成長期以降、労働力不足を補うために外国人材を受け入れてきましたが、それを「移民政策」として体系的に位置づけ、包括的な法制度を整備することには慎重な姿勢を続けてきました。その結果、地域社会で顕在化する諸問題への対応が、地方自治体の現場に委ねられる形となり、「自治体へのしわ寄せ」が生じやすくなっています。知事が「国の所管」と強調するのは、こうした構造的な問題に対する、ある種の訴えとも言えます。
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「外国人問題」というレッテル貼りの危険性: 参政党などが「外国人問題」を論点化する際に、しばしば、問題が特定の外国人集団に帰結される傾向があります。しかし、実際には、外国人住民が抱える問題(例えば、日本語教育の不足、就労機会の偏り、社会保障制度へのアクセスなど)は、彼ら自身の問題だけでなく、日本の社会構造や制度に起因するものも多く含まれます。知事の「定義がよく分からない」という発言は、こうした単純化・レッテル貼りの危険性に対する、慎重な立場表明とも解釈できます。
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地方自治体の財政的・制度的制約: 地域社会における外国人住民への支援(日本語教室、子どもの教育支援、多言語での情報提供、相談窓口の設置など)は、多大なコストと専門知識を要します。しかし、これらの事業に対する国の財政的支援は十分ではなく、地方自治体の一般財源に依存せざるを得ない状況があります。これは、自治体間の格差を生む要因ともなり得ます。
まとめ:構造的課題への処方箋としての「国と地方の協働」
大野知事の発言は、参議院選挙における「外国人問題」への世論の関心という政治的潮流と、埼玉県が直面する具体的な地域課題との接点を示しています。知事が「定義がよく分からない」と述べ、「国の所管」であることを強調する姿勢は、地方自治体として、あいまいな問題提起や、自治体任せの対応に限界を感じていることの表れと言えるでしょう。
この問題の解決には、知事の指摘通り、国の主体的な関与が不可欠です。具体的には、
- 「移民政策」に関する明確な国家戦略の策定と、それに基づく法制度の整備
- 外国人材の受け入れ・共生に関する、国と地方自治体の役割分担の明確化と、それに伴う財政支援の強化
- 地域社会における多文化共生を推進するための、実効性のあるガイドラインや支援策の提供
などが求められます。
同時に、地方自治体も、地域の実情に即したきめ細やかな対応を継続していく必要があります。知事の「国籍、民族にかかわらず治安維持必要」という発言を、単なる消極的な表明に終わらせず、積極的な「共生」の推進、すなわち、相互理解を深め、地域住民双方の権利と義務を明確にし、共に住みやすい地域社会を築いていくための努力が、地方レベルでも求められています。
「外国人問題」という言葉の曖昧さの裏に隠された、地方自治体の実務的ジレンマと、国の政策形成の遅滞。これらの構造的な課題に、国と地方が真に協働し、建設的な議論を進めていくことが、これからの日本社会にとって極めて重要となるでしょう。大野知事の発言は、そのための、避けては通れない議論の出発点となる可能性を秘めています。
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