【結論】「日本人の8割がNPOを信用しない」という一般的な認識は、最新の調査データによって修正されるべきである。NPOは他の公共セクターと比較して相対的に高い信頼を得ているものの、その信頼性はまだ限定的であり、特に「透明性」と「説明責任」の強化が喫緊の課題である。この課題解決の鍵を握るのは、客観的な「第三者評価」の普及と、市民社会全体のNPO活動への深い理解と関与である。
近年、日本社会におけるNPO(非営利組織)の存在感は増すばかりです。災害支援から地域活性化、環境保護、国際協力に至るまで、多様な社会課題の解決に不可欠な役割を担っています。しかし、その一方で、「公金チューチュー」といったセンセーショナルな言葉に象徴されるように、一部でNPOの運営や資金使途に対する不信感や疑念が根強く存在しているのも事実です。特に「日本人の8割がNPOを信用しない」という言説は、一般社会に広く浸透しているかのように見受けられます。
本稿では、公益財団法人日本非営利組織評価センター(JCNE)が実施した最新の調査結果を深掘りし、この言説の真偽を検証するとともに、NPOへの市民の信頼が形成されるメカニズム、不信感の背景、そして信頼構築のための具体的な方策について、専門的な視点から考察を進めます。
1. 「8割が信用せず」は誤解か? NPO信頼性評価の多角的視点
まず、冒頭の結論を裏付ける重要な事実から見ていきましょう。「日本人の8割がNPOを信用しない」というイメージは、最新の調査データからは大きく乖離していることが示されています。
「NPOの信頼性に対する質問」において、「信頼できる」が30.7%(2024年度)。「どちらとも言えない」が50.7%、「信頼できない」が9.3%、「全く信頼できない」が1.2%。
引用元: NPOの信頼性についての 意識調査・企画書 (2024年度)
このJCNEの調査結果は、「8割が信用しない」という言説が統計的な根拠を欠いていることを明確に示しています。「信頼できない」または「全く信頼できない」と回答した市民の割合は、合わせてわずか10.5%に過ぎません。これは、NPOに対する全面的な不信感が社会の主流を占めているわけではない、という重要な事実を提示しています。
さらに注目すべきは、「どちらとも言えない」と回答した層が半数以上(50.7%)を占めている点です。この層は、NPOに対する強い不信感を持っているわけではないものの、積極的に信頼を寄せているわけでもありません。彼らの姿勢は、NPOに関する情報へのアクセス不足、あるいは特定のNPOの活動実態を判断する材料が足りないことに起因していると推察されます。これは、潜在的な信頼への余地を大きく残していると同時に、NPOセクター全体が情報提供と対話を通じて働きかけるべきターゲット層であることを示唆しています。
そして、NPOの信頼性は他の公共セクターと比較しても、決して低いものではありません。
「NPOの信頼度、政府やマスメディア上回る:財団が意識調査」
引用元: NPO – オルタナ
この指摘は、NPOが政府機関やマスメディアと比較して、相対的に高い信頼度を獲得している側面があることを示しています。なぜNPOがこれらの機関よりも信頼されるのでしょうか。その背景には、NPOが持つ草の根性、特定の課題に対する専門性、そして活動を通じて市民との直接的な共感を形成しやすいという特性が挙げられます。市民は、NPOが特定の営利目的を持たず、社会貢献を第一義とするその理念に、一定の清廉性を見出しているのかもしれません。社会学的な観点では、NPOが市民の「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」を構築する上で重要な役割を果たすとされ、相互信頼に基づく共同行動を促進する媒介者としての期待が反映されているとも解釈できます。
しかし、「信頼できる」と答えた層が約3割にとどまる現状は、NPOセクター全体がまだその潜在能力を最大限に引き出せていないことを意味します。この「限定的な信頼」を「確固たる信頼」へと転換するためには、次項で詳述する不信感の根源と向き合うことが不可欠です。
2. 不信感の根源とアカウンタビリティの重要性
NPOに対する「どちらとも言えない」や「信頼できない」といった感情の背景には、具体的な懸念が存在します。JCNEの調査は、その不信感の主要因を明確に特定しています。
「信頼を損なうと思うこと」として、「不適切な会計処理・不正」「不明瞭な資金使途」「情報開示が不十分」などが上位に来ている。
引用元: NPOの信頼性についての 意識調査・企画書 (2023年度) (P.27参照)
この調査結果は、市民がNPOに対して最も重視するのが「お金の使い道」と「活動内容」の透明性であることを如実に物語っています。ここに見られる「不適切な会計処理・不正」「不明瞭な資金使途」「情報開示の不十分さ」という三つの要素は、NPOセクターにおけるアカウンタビリティ(説明責任)とトランスペアレンシー(透明性)の欠如が、市民の不信感を招く主要因であることを示しています。
「公金チューチュー」という言葉が象徴する市民の懸念は、まさにNPOが受け取る公的資金や寄付金が、その本来の目的通りに、効率的かつ適切に使われているか、という問いに集約されます。これは、一部のNPOで過去に報じられた不祥事や、その活動実態が見えにくいことへの漠然とした不安が、社会全体に影響を及ぼしていると言えるでしょう。
アカウンタビリティとは、NPOがその活動や資金の使途について、関係者(寄付者、助成団体、行政、受益者、一般市民など)に対して責任を持って説明する義務を指します。これには、事業計画の達成度、財務状況、組織運営の健全性などが含まれます。特に公的資金や寄付を受け取る組織にとって、その説明責任は極めて重いです。
一方、トランスペアレンシーは、NPOがこれらの情報を積極的に開示し、誰でも容易にアクセスできる状態にすることを意味します。ウェブサイトでの情報公開、年次報告書の発行、定期的な活動報告会の開催などがその具体例です。
NPO法(特定非営利活動促進法)や公益法人制度改革は、NPO法人や公益法人の情報開示を義務付けていますが、その内容は必ずしも十分とは言えず、またNPO側の情報開示に対する意識や能力にもバラつきが見られます。市民がNPOの活動を評価し、安心して支援するためには、単なる情報開示に留まらず、その情報が「理解しやすい形で」「網羅的に」「タイムリーに」提供されることが不可欠です。透明性の欠如は、結果的に寄付文化の成熟を阻害し、NPOの持続可能な運営を困難にするという悪循環を生み出しかねません。
3. 信頼構築の要諦:第三者評価とガバナンス強化
市民の不信感を払拭し、NPOが社会により深く根ざすためには、アカウンタビリティとトランスペアレンシーの抜本的な強化が必須です。その強力な推進力となるのが、「第三者評価」の仕組みです。
「日本初の非営利組織の第三者審査機関である公益財団法⼈ 日本⾮営利組織評価センター(所在地:東京都港区、理事長:佐藤大吾、以下JCNE)は、『NPOの信頼性 …」
引用元: 市民に選ばれるための要素とは?【全国3,000名の意識調査を発表 …】「NPO 法人等の非営利団体の活動を評価し、認証する日本で初めての第三者審査機関(日本非営利組織評価センター)も発足し、グッドガバナンス認証 …」
引用元: 我が国における寄附の課題と期待
JCNEは、日本においてNPOの活動や組織運営を客観的かつ専門的な視点から評価し、その結果を公開する唯一の第三者評価機関です。この「第三者評価」のプロセスは、NPOの信頼性を高める上で非常に多角的な意義を持っています。
まず、評価を受けるNPO側にとっては、自身の組織運営や事業活動を客観的に見つめ直し、課題を特定し、改善を図る機会となります。JCNEが提供する「グッドガバナンス認証」は、NPOの組織基盤、事業活動、情報開示、財務状況など多岐にわたる項目を評価し、透明性と健全性を担保するものです。この認証取得プロセス自体が、NPO内部のガバナンス(組織統治)強化を促し、より効果的で効率的な活動へと繋がります。
次に、市民や寄付者、助成団体にとっては、評価を受けたNPOの情報を参考にすることで、安心して支援先を選定できるという大きなメリットがあります。情報が不透明な中で寄付先を選ぶのは困難ですが、第三者によるお墨付きがあることで、信頼できるNPOを見極める基準が提供されます。これは、寄付の意思決定を促進し、日本の寄付文化をより一層成熟させる上で不可欠な要素です。
国際的に見ても、Charity Navigator(米国)やGuideStar(米国)、Charity Commission(英国)など、NPOの透明性やアカウンタビリティを評価・公開する機関は、市民社会のインフラとして機能しています。日本のJCNEも、これらの先行事例に学びつつ、日本のNPOセクターの特性に合わせた評価基準を構築し、その普及に努めています。評価基準の国際的な整合性も、グローバルなNPO活動や資金調達を視野に入れる上で重要です。
第三者評価の普及は、NPOセクター全体の底上げに繋がります。評価を受けるNPOが増えることで、セクター全体としての透明性と信頼性が向上し、結果として行政や企業からの協働の機会も増え、より大きな社会的インパクトを生み出すことが期待されます。
4. NPOセクターの未来と市民社会のエンゲージメント
NPOが社会の「ゴミ」どころか、むしろ社会の課題を拾い上げ、解決へと導く大切な「資源」であるという冒頭の結論は、これらの議論を通じて一層その真実味を増します。しかし、その「資源」としての価値を最大限に引き出すためには、NPO自身の努力と、私たち市民一人ひとりの深い理解と関心が不可欠です。
NPOセクターは、その活動を通じて「社会的インパクト」を創出しています。これは、NPOの活動が社会にもたらすポジティブな変化を指します。しかし、このインパクトを客観的に測定し、報告する「社会的インパクト評価」の手法は、日本ではまだ十分に浸透しているとは言えません。今後は、第三者評価と並行して、NPOが自身の活動の成果を具体的なデータに基づいて示し、説明責任を果たす能力を高めることが求められます。
NPOの皆さんへ:
さらなる情報公開と透明性の確保は、信頼を築く上での最低条件です。年次報告書、活動報告、財務諸表などをウェブサイトで分かりやすく公開するだけでなく、市民との対話の機会を積極的に設け、説明責任を果たしましょう。JCNEのような第三者評価機関の活用は、客観的な視点から組織運営を改善し、その信頼性を「見える化」するための強力なツールとなります。また、活動の「社会的インパクト」を測定し、その成果を具体的に示すことで、市民や助成団体からの共感と支援をさらに引き出すことができるでしょう。これは、持続可能な資金調達の基盤ともなります。
私たち市民へ:
NPOの活動に関心を持ち、情報を積極的に確認する姿勢が不可欠です。彼らがどのような課題に取り組み、どのような成果を上げているのか、そしてどのような資金使途をしているのか、JCNEの認証情報などを活用して能動的に知ろうとすることが、NPOの健全な発展を促します。寄付やボランティアとして直接的に関わるだけでなく、NPOの情報をSNSで共有したり、友人・知人との会話で話題にしたりすることでも、その活動を支援できます。私たちのエンゲージメントこそが、NPOセクターの透明性を高め、社会全体としての信頼資本を醸成する原動力となるのです。
結論:信頼の再構築が拓く、より強靭な市民社会
本稿で深掘りしてきたように、「日本人の8割がNPOを信用しない」という言説は、実態とは異なるミスリードであることが明らかになりました。NPOは、政府やマスメディアを上回る信頼を得る可能性を秘めており、その社会貢献の重要性は疑いようがありません。しかし、「どちらとも言えない」と考える多数派の存在は、NPOセクターが未だ信頼獲得の途上にあることを示しています。
この状況を打開し、NPOが社会の中核を担う存在へと成長するためには、以下の三つの柱が不可欠です。
- NPO自身の徹底した透明性と説明責任(アカウンタビリティ)の実行。
- JCNEのような第三者評価機関による客観的な評価と、その認証の普及。
- 市民一人ひとりのNPO活動への理解と積極的な関与(エンゲージメント)。
これらの要素が相互に作用することで、NPOセクター全体のガバナンスが強化され、市民社会における信頼資本が厚みを増していきます。信頼が厚くなれば、寄付文化はより一層発展し、多様な社会課題に対して、NPOはより機動的かつ効果的に対応できるようになるでしょう。
NPOは、社会の隙間を埋め、新たな価値を創造する「社会的イノベーター」です。その信頼を再構築し、強化していくことは、私たち一人ひとりの豊かな暮らし、そして誰もが安心して暮らせる持続可能な社会を実現するために、不可欠な投資であると確信します。今こそ、NPOと市民社会が真に協働し、より強靭で信頼に満ちた社会を築き上げる時が来ています。


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