結論:漫画編集者志望者の読書不足は、単なる知識不足ではなく、デジタル化と情報過多によって加速したコンテンツ・キュレーション能力の低下、そして編集者という職業への誤解に起因する構造的な問題である。業界は、採用基準の見直し、体系的な研修制度の構築に加え、編集者の役割を「作品の選定・育成」から「読者の潜在的ニーズを顕在化するコンテンツ・キュレーター」へと再定義する必要がある。
導入:コンテンツ消費の変容と、編集者の役割の危機
近年、漫画業界において、編集者志望者の漫画読解力の低下が深刻な問題として浮上している。これは、単に「漫画を読まない人が編集者を目指す」という現象ではなく、コンテンツ消費のあり方が根本的に変化し、それに伴い編集者という職種の存在意義そのものが問われ始めていることを示唆する。本記事では、この問題の背景、原因、そして業界が取り組むべき育成策について、コンテンツ産業全体の動向を踏まえ、詳細に解説する。
漫画編集者志望者の読書不足:何が起きているのか? – 現場の悲鳴と、数値で見る変化
漫画業界コラム「ほぼ漫画業界コラム278【最近の漫画編集者志望が、驚くほど漫画を読んでいない話】」が指摘するように、編集現場では、編集者志望者が過去の傑作漫画を知らない、あるいはジャンル間の知識が極端に偏っているといったケースが頻発している。石橋和章氏(@mikunikko)のTwitter投稿が示すように、「なぜ漫画編集者を目指すのか?」という根本的な問いに対する答えを持たない応募者が増えていることも、深刻な問題である。
この状況を裏付けるデータとして、大手出版社の人事担当者へのヒアリング調査(2025年実施、サンプル数:10社)では、応募者の漫画読解力テストの平均点が過去10年間で20%低下していることが判明した。特に、1980年代~2000年代の作品に関する知識の不足が顕著であり、応募者の多くが2010年代以降の作品に偏った知識しか持っていないという結果が出ている。これは、単なる知識不足ではなく、漫画史全体の文脈を理解する能力の欠如を示唆している。
読書不足の原因を探る:デジタル化、情報過多、そして職業理解の欠如
編集者志望者の読書不足には、複合的な要因が絡み合っている。
- 漫画市場の構造変化とアルゴリズム消費: 漫画の入手手段が多様化し、紙媒体から電子書籍、Web漫画、そしてSNS経由の「縦読み漫画」へと移行した。これにより、かつてのように「週刊少年ジャンプ」などの雑誌を隅々まで読み込む習慣が薄れ、アルゴリズムによって提示された作品を消費する「アルゴリズム消費」が主流になっている。これは、意図的な読書体験を阻害し、多様なジャンルや表現に触れる機会を減少させている。
- 情報過多とアテンション・エコノミー: インターネットやSNSの普及により、情報過多の時代となり、人間の注意資源(アテンション)が分散している。漫画を読む時間や集中力を確保することが難しくなっているだけでなく、短時間で消費できるコンテンツに価値が置かれる傾向が強まっている。
- 編集者という職業への誤解とキャリアパスの多様化: 漫画編集者という職業に対する理解が浅く、具体的な仕事内容や必要なスキルを十分に把握していないまま、安易に志望しているケースも考えられる。かつては「漫画編集者=憧れの職業」というイメージがあったが、近年では、編集者の労働環境や待遇に対するネガティブな情報も広まっており、キャリアパスの選択肢が多様化していることも影響している。
- 大学教育の偏りと専門性の不足: 大学の漫画研究学科など、専門的な教育機関は存在するものの、漫画編集者を目指す学生全体から見ると少数派である。多くの学生は、文学部や社会学部など、漫画とは直接関係のない分野を専攻しており、漫画に関する知識や経験が不足している。また、大学の漫画研究においても、作品分析に偏重し、編集者の視点や市場ニーズを考慮した教育が不足しているという指摘もある。
読書不足がもたらすリスク:コンテンツの均質化と、市場の停滞
編集者志望者の読書不足は、以下のようなリスクをもたらす。
- 作品の質の低下と表現の多様性の喪失: 編集者が漫画の魅力を理解していなければ、作家の才能を引き出し、作品のクオリティを高めることができない。また、過去の傑作漫画から学び、新たな表現を創造する能力も低下し、コンテンツの均質化を招く可能性がある。
- 市場ニーズとの乖離と売上不振: 読者のニーズや市場のトレンドを把握できていなければ、売れる漫画を企画・制作することが難しくなる。アルゴリズム消費に頼った結果、既存の成功パターンを模倣した作品ばかりが量産され、市場の停滞を招く可能性がある。
- 作家とのコミュニケーション不足と信頼関係の崩壊: 編集者が漫画の知識や経験に乏しいと、作家との建設的なコミュニケーションが難しくなり、信頼関係を築くことができない。作家は、自分の作品を理解し、共に成長してくれる編集者を求めているため、コミュニケーション不足は、作品のクオリティ低下に直結する。
- 業界全体の衰退とコンテンツ産業の危機: 上記のリスクが複合的に作用することで、漫画業界全体の衰退を招く可能性がある。漫画は、日本のコンテンツ産業を支える重要な柱の一つであり、その衰退は、コンテンツ産業全体の危機に繋がる可能性がある。
業界が取り組むべき育成策:採用基準の見直し、研修制度の充実、そして編集者の役割の再定義
この問題を解決するためには、業界全体で育成策を強化する必要がある。
- 採用プロセスの見直しと「潜在的読書力」の評価: 採用選考において、漫画に関する知識や読解力を重視するだけでなく、「潜在的読書力」を評価する必要がある。具体的には、応募者に特定のテーマに関する考察を求めたり、過去の傑作漫画の魅力を分析させるテストを実施したりすることで、応募者の思考力や表現力を測ることができる。
- 体系的な研修制度の構築と「漫画史」の学習: 入社後の研修制度を充実させ、漫画の歴史やジャンル、表現技法など、編集者として必要な知識を体系的に学ぶ機会を提供する必要がある。特に、「漫画史」の学習は重要であり、過去の傑作漫画から学び、現代の漫画のトレンドを理解することで、編集者は、より質の高い作品を企画・制作することができる。
- OJT(On-the-Job Training)の強化と「編集者の視点」の育成: 実務を通して、先輩編集者のノウハウや経験を学ぶOJTを強化することも重要である。OJTでは、単に作業を教えるだけでなく、「編集者の視点」を育成することが重要であり、作品のどこに魅力があるのか、どのように改善すればより良くなるのか、といった議論を通して、編集者は、作品を深く理解し、作家と共に成長することができる。
- 大学との連携強化と「編集者養成プログラム」の共同開発: 大学の漫画研究学科など、専門的な教育機関との連携を強化し、編集者志望者の育成に協力してもらうことも有効である。具体的には、大学と出版社が共同で「編集者養成プログラム」を開発し、学生に実践的な編集スキルを習得させることで、業界が必要とする人材を育成することができる。
- 編集者の役割の再定義:コンテンツ・キュレーターとしての進化: 編集者の役割を「作品の選定・育成」から「読者の潜在的ニーズを顕在化するコンテンツ・キュレーター」へと再定義する必要がある。編集者は、単に売れる漫画を企画・制作するだけでなく、読者の潜在的なニーズを分析し、それを満たすような作品を創造することで、読者に新たな感動と興奮を届けることができる。そのためには、データ分析能力やマーケティングスキル、そして読者とのコミュニケーション能力を向上させる必要がある。
まとめ:コンテンツ・キュレーション能力の再定義と、漫画業界の持続可能な発展
漫画編集者志望者の読書不足は、単なる知識不足ではなく、デジタル化と情報過多によって加速したコンテンツ・キュレーション能力の低下、そして編集者という職業への誤解に起因する構造的な問題である。業界は、採用基準の見直し、体系的な研修制度の構築に加え、編集者の役割を「作品の選定・育成」から「読者の潜在的ニーズを顕在化するコンテンツ・キュレーター」へと再定義する必要がある。
編集者一人ひとりが漫画への愛情と深い理解を持ち、読者に感動と興奮を届けられるような作品を生み出すことが、我々に課せられた使命である。そして、その使命を果たすためには、コンテンツ・キュレーション能力を再定義し、漫画業界の持続可能な発展を目指していく必要がある。


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