【専門家分析】カツオ価格、過去最高値の深層:単なる不漁ではない複合的要因と食卓の未来
冒頭結論:構造的問題が映し出すカツオの危機
日本の食卓に馴染み深いカツオの価格が、歴史的な高騰を見せている。この現象は、単なる一時的な不漁として片付けられるものではない。本稿が提示する結論は、この価格高騰が、気候変動に起因する海洋生態系の変容、国際的な資源管理の複雑性、そして燃油高や円安といった経済的圧力という、複数の要因が絡み合った「構造的危機」の兆候であるという点にある。この問題は今後も継続する可能性が高く、私たちの食文化、ひいては水産業全体の持続可能性に対して、根本的な再考を迫っている。
1. 記録的価格高騰が示す市場の異常事態
まず、現在の市場がいかに異例の状況にあるかを客観的データで確認する。大手メディアの報道は、その深刻さを端的に示している。
先月のカツオの平均卸売価格は、東京都中央卸売市場で6月としては過去10年間で最も高くなりました。
引用元: カツオの平均卸売価格 6月として過去最高 高値続くか | NHK | 水産業
この「過去10年で最高」という事実は、単なる価格変動の波を超えたシグナルと解釈すべきである。東京都中央卸売市場のデータは、全国の価格動向を占う重要な指標であり、ここでの高値は生産(漁獲)から流通、そして最終的な小売価格に至るサプライチェーン全体に強い価格上昇圧力がかかっていることを意味する。実際に、スーパーマーケットの店頭価格もこれに連動し、これまで「庶民の魚」であったカツオが、消費者の購買意欲を試す「高級魚」へと変貌しつつあるのが現状だ。この価格高騰は、我々が直面している問題の”結果”であり、その根源にはより深刻な要因が横たわっている。
2. なぜカツオは「獲れない」のか? ― 海洋環境の激変という根源的要因
価格高騰の直接的な引き金は、供給量の減少、すなわち「不漁」である。その兆候は、シーズン当初から明確に現れていた。
仙台市中央卸売市場でカツオの入荷が本格化しています。水揚げ量は例年よりも少なくなる見通しです。
引用元: カツオの入荷が本格化 水揚げは例年より少なくなる見通し 仙台市 …
この「水揚げ量の減少」という現象を、専門的な視点から深掘りすると、主に二つの海洋環境要因が浮かび上がる。
第一に、黒潮の流路変動、特に「黒潮大蛇行」の影響である。 カツオは黒潮に乗って日本近海を北上する回遊魚であり、その漁場形成は黒潮の動向に大きく左右される。現在、長期化している黒潮大蛇行は、本来であれば沿岸近くを流れるはずの黒潮本流を大きく沖合へと遠ざけている。これにより、カツオの群れが日本の主要な漁場である沿岸域に接近しにくくなり、結果として漁船が漁獲できる量が物理的に減少している。これは、魚がいないのではなく、「漁獲できる場所にいない」という深刻な問題である。
第二に、地球規模の気候変動に伴う海水温の上昇だ。 カツオは20℃から29℃程度の比較的高温の水を好む魚種であり、海水温の変化に極めて敏感である。近年の温暖化は、カツオの産卵域や生育域、さらには餌となるプランクトンやイワシ類の分布を変化させている。これにより、従来の回遊ルートそのものが変動し、日本近海への来遊時期や来遊量が不安定化しているという指摘が、水産研究・教育機構などの専門機関からもなされている。単年のエルニーニョ/ラニーニャ現象だけでなく、基調としての温暖化が、カツオの生態系全体を揺るがしているのだ。
3. 漁業を取り巻く複合的要因:国際資源管理と経済的逆風
カツオ問題の根は、自然環境の変化だけに留まらない。漁業を取り巻く国際的・経済的要因も、価格高騰に拍車をかけている。
一つは、国際的な資源管理の枠組みである。 カツオは太平洋を広く回遊する「高度回遊性魚種」であり、その資源管理は中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)などの国際機関によって行われている。現在のところ、太平洋全体のカツオ資源量は比較的健全な水準にあると評価されている。しかし、これは「日本近海で獲れる量」を保証するものではない。むしろ、海外の巻き網漁船団による漁獲圧力が高い状況下で、前述の海洋環境の変化が重なり、日本沿岸への来遊量が局所的に減少しているというのが実態に近い。
もう一つは、深刻な経済的要因である。
* 燃油価格の高騰: 漁船の操業コストの大部分を占める燃油価格の上昇は、漁業経営を直接圧迫する。採算の合わない遠洋への出漁が敬遠され、結果として漁獲機会の損失に繋がる。
* 円安による「買い負け」: 歴史的な円安は、日本の購買力を相対的に低下させている。海外、特にアジア市場ではカツオの缶詰や加工品の需要が旺盛であり、漁獲されたカツオが日本市場よりも高値で取引されるケースが増加している。日本のバイヤーが、国際市場で買い負けるという事態が起きているのだ。
* 国内漁業の構造問題: 漁業従事者の高齢化と後継者不足は、日本の漁業全体の体力を削いでいる。最新の漁撈技術や情報を駆使して変化する海洋環境に対応する能力が、構造的に低下している側面も無視できない。
これらの要因が複雑に絡み合い、単純な「不漁」という言葉では説明しきれない供給不安を生み出しているのである。
4. 「戻りガツオ」への暗雲と中長期的展望
この構造的な問題は、初ガツオの季節が終われば解消されるわけではない。むしろ、秋の味覚である「戻りガツオ」にも深刻な影響を及ぼす見通しだ。
これから旬を迎える「戻りがつお」も減少が見込まれるということです。
引用元: カツオの平均卸売価格 6月として過去最高 高値続くか NHKニュース
春に北上したカツオの群れ(初ガツオ)と、秋に南下してくる群れ(戻りガツオ)は、基本的に同一の資源群である。したがって、初ガツオの来遊量が少なかったということは、秋に戻ってくる母数もまた少ないことを論理的に示唆している。海洋環境の変化や経済的要因が短期的に改善される見込みは薄く、カツオの高値基調は少なくとも今シーズン、そして中長期的にも継続する可能性が極めて高いと考えるのが妥当だろう。
結論:持続可能なカツオ消費へ、我々が立つべき岐路
本稿で分析した通り、カツオ価格の高騰は、気候変動、国際漁業、国内経済が交差する地点で発生した構造的な問題である。この現実は、我々に厳しい選択と新たな視点を求めている。
感傷的に「海の恵みに感謝する」だけでは、問題の解決には至らない。我々消費者に求められるのは、より主体的で賢明な行動である。例えば、MSC(海洋管理協議会)認証のような、持続可能な漁業で獲られた水産物を積極的に選ぶことは、市場を通じて生産現場にポジティブなメッセージを送ることに繋がる。
また、特定の魚種への過度な依存から脱却し、食の多様性を確保することも重要だ。そして、伝統的な食文化の中にもヒントがある。生の鮮魚に固執するだけでなく、古来より日本人が培ってきた知恵、すなわち保存性と旨味を凝縮させた加工品を見直すことも一つの解となりうる。
上記のような高品質な「カツオ節」や「なまり節」は、カツオという資源を余