2025年8月21日、今日私たちが論じる「ジョジョリオン」における「悪」の概念は、物語の舞台である杜王町に瀰漫する「区別がなさすぎる」という状況そのものに起因する、極めて今日的な倫理的問いかけを内包しています。本稿は、登場人物たちの複雑な動機、スタンド能力の非人格的な性質、そして「岩人間」という異形の存在が織りなす事象群を通して、「悪」を単純な二元論では捉えきれない深淵へと誘います。最終的に、「ジョジョリオン」は「悪」を個人の意志から切り離し、むしろ「現象」あるいは「宿命」として提示することで、我々自身の倫理観の再定義を迫る稀有な作品であるという結論に至ります。
導入：日常に潜む「悪」の曖昧さ – 杜王町における倫理観の崩壊
「ジョジョリオン」の世界観は、我々が日常的に依拠する「善」と「悪」という明確な境界線が、杜王町という特異な土地で著しく侵食されている様を描き出します。主人公・東方定助（ひがしかた じょうせい）が遭遇する数々の出来事は、単なる善悪の対立を超え、生存、秘密、そして運命といった、より根源的な人間の営みが複雑に絡み合った結果として現れます。本稿では、この「区別がなさすぎる」状況が、いかにして「悪」の概念を揺るがし、我々読者に倫理観の再考を促すのかを、専門的な視点から深掘りしていきます。
1. 能力と現象：スタンド能力における「悪」の非人格化
「ジョジョリオン」におけるスタンド能力の描写は、現代哲学における「行為論」や「責任論」の観点からも極めて示唆に富んでいます。
- 現象としてのスタンド能力: 物語に登場するスタンド能力の多くは、その使用者の「悪意」とは直接的に結びつかない、むしろ「現象」としての側面を強く持ちます。例えば、植物に「岩」を生成させる「ソフト＆ウェット」の能力や、「壁の目」を通じて相互に繋がる空間の特性などは、それ自体が善悪の判断基準を持たず、ただ物理法則や因果律に則って機能します。これは、マックス・ウェーバーが提示した「手段的合理性」とは異なり、能力そのものが目的化し、その結果としての「災厄」が、使用者の意図を超えて周囲に拡散するという構造を示しています。
- 「区別がなさすぎて心配して駆けつけようとする看護婦まで災厄に襲われるのはちょっとギャグ」というコメントは、この能力の非人格化を端的に表しています。 これは、倫理学における「結果責任」と「意図責任」の乖離、あるいは「義務論」と「功利主義」の対立構造をも想起させます。看護婦の行動は、善意に基づく「救助」という義務的行為ですが、その結果として「災厄」に巻き込まれる。これは、能力という「手段」が、その使用者や周囲の倫理的意図とは無関係に、独立した「現象」として機能しうるという、現代社会におけるテクノロジーの倫理的問題とも呼応する側面を持っています。
- 「能力自体はただの現象だしな」という見方は、能力を「悪」という人格的な主体から切り離し、「自然現象」あるいは「物理的法則」に近いものとして捉える視点です。 これは、科学哲学者カール・ポパーが論じた「反証可能性」にも通じます。能力の「悪」らしさを証明するには、その使用者の「悪意」を証明する必要がありますが、能力そのものが「現象」である場合、その証明は困難を極めます。これは、現代社会において、AIの自律的な判断や、遺伝子編集技術の倫理的扱いに際しても同様の議論が展開される、極めて現代的な問題提起と言えるでしょう。
2. 登場人物たちの「善意」と「悪意」の交錯 – 目的論的倫理観の揺らぎ
「ジョジョリオン」の登場人物たちは、その行動原理に単純な善悪二元論を当てはめることを拒絶します。彼らの多くは、家族を守る、過去の秘密を解き明かす、あるいは生き残るという、普遍的かつ根源的な欲求に突き動かされています。
- 「岩人間」という存在: 物語の根幹をなす「岩人間」は、その存在自体が「悪」と断定されるべきでしょうか。彼らは、生存のために人間を摂食し、その「身代わり」として人間社会に潜伏します。しかし、彼らもまた、自らの種族の存続という「目的」のために行動しており、その様は、我々人間が食料を確保し、社会を維持する営みと、根源的な部分で共通項を見出すことも可能です。これは、哲学における「人間中心主義」への問いかけとも言えます。彼らの行動を「悪」と断じるのは、我々人間が自分たちの倫理観を絶対視し、異質な存在を排除しようとする思考様式に起因するのではないでしょうか。
- 「家族」という倫理的基盤: 東方家をはじめとする登場人物たちの行動は、しばしば「家族」という概念に強く影響されます。例えば、ある人物が非道な手段を講じたとしても、それが家族の安全や幸福のためである場合、その行動は「悪」として一方的に断罪できるものでしょうか。これは、倫理学における「徳倫理学」や「ケアの倫理」といった、関係性や愛情を重視する倫理観との関連で考察できます。個人の「権利」や「義務」といった形式的な規則よりも、関係性の中で育まれる「ケア」や「責任」が重視される場合、その判断基準は大きく変化します。
- 「壁の目」と因果律: 「壁の目」を通じて発生する「交換」や「因果の連鎖」は、登場人物たちの運命を大きく左右します。ある人物が過去に行った「不善」が、時間や空間を超えて現在に影響を及ぼし、その結果として、善意で行動しようとする人物さえも「災厄」に巻き込む。これは、古代ギリシャ哲学における「運命（モイラ）」や「因果応報」の思想を想起させます。我々が「悪」と認識する行為が、必ずしもその行為者のみに帰結するのではなく、より広範な因果関係の中に位置づけられる場合、その責任の所在は曖昧になります。
3. 倫理観の再定義：何が「悪」を「悪」たらしめるのか
「ジョジョリオン」は、我々読者に対し、「悪」とは単なる行為の善悪ではなく、その意図、結果、そして置かれた状況によって絶えず再定義されるものである、という根本的な問いを投げかけます。
- 「大統領」との対峙: 物語の核心に迫る「大統領」との対峙は、まさにこの倫理観の再定義を象徴しています。彼の目的は、人類の「進化」であり、そのために「犠牲」を厭わない。しかし、その「進化」の定義や、それを実現するための「犠牲」の正当性は、我々の既存の倫理観では到底測れません。これは、倫理学における「目的論的倫理」と「義務論的倫理」の対立を極端な形で提示しています。目的（進化）を達成するためならば、いかなる手段（犠牲）も正当化されるのか、それとも、いかなる目的も、個々の人間の尊厳を損なう手段を正当化しないのか。
- 「スタンド使い」という特異性: 「スタンド使い」という、特殊な能力を持つ存在は、我々「スタンドを持たない者」から見れば、その能力によって「危険」であり、「脅威」となりうる。しかし、彼ら自身もまた、その能力に翻弄され、あるいはその能力によって苦悩している。これは、社会学における「スティグマ論」とも関連します。ある特性（スタンド能力）を持つがゆえに、「危険」「悪」といったレッテルを貼られる。しかし、そのレッテルが、その個人の真の倫理的側面を覆い隠してしまう危険性があるのです。
- 「空条徐倫」の行動原理との比較: 「ジョジョリオン」の文脈で、直接的な言及はないものの、過去作「ストーンオーシャン」の主人公・空条徐倫が、理不尽な運命に抗い、家族のために戦った姿を想起させることもできます。徐倫の行動は、明確な「悪」に対して「正義」をもって立ち向かうという、比較的明確な倫理的軸を持っていました。しかし、「ジョジョリオン」では、その「悪」の輪郭そのものが曖昧になり、主人公・定助でさえ、自らの正体や目的すら曖昧なまま、事件に巻き込まれていきます。これは、現代社会における価値観の多様化や、絶対的な真理の喪失といった、より広範な社会現象とも共鳴するテーマと言えるでしょう。
結論：境界線の曖昧さから生まれる、人間ドラマの深淵 – 「現象」としての「悪」への向き合い方
「ジョジョリオン」は、善悪の境界線を曖昧にすることで、登場人物たちの人間ドラマをより一層深く、そして魅力的に描き出しています。私たちが「悪」と断じる対象も、その背景や文脈によっては、全く異なる様相を呈する可能性があることを、この物語は教えてくれます。「ジョジョリオン」が提示する「悪」は、個人の意志や意図に依拠するものではなく、むしろ「現象」あるいは「宿命」として、我々の前に立ち現れます。
今日、私たちが「ジョジョリオン」という作品を通して見つめ直すべきは、単純な二項対立ではない、倫理観の複雑さと、それらを乗り越えようとする人々の営みそのもの、そして、「現象」として我々に襲いかかる「悪」に対して、我々自身がどのように「意味」を見出し、どのように「責任」を負うべきなのかという、極めて今日的な問いかけです。この深淵なる物語を読み解くことで、私たち自身の「悪」との向き合い方、そして他者への理解のあり方にも、新たな光が当たるのではないでしょうか。それは、単なる物語の読解に留まらず、我々自身の倫理観を、より多角的かつ繊細に再構築するための、貴重な機会となるはずです。
【免責事項】
本記事は、提供された参考情報および筆者の内部知識に基づき、「ジョジョリオン」における「悪」の概念を専門的な視点から深掘りしたものです。個々の解釈や、作中の詳細な描写に関しては、読者の皆様の多角的な視点からの検証を推奨いたします。
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