日本代表W杯予選二律背反を乗り越える戦略

【2025年12月06日】

サッカー日本代表は、2022年FIFAワールドカップでのドイツ・スペイン撃破という歴史的偉業を成し遂げ、世界の舞台でその実力を鮮烈に証明しました。さらに、世界最強と称されるブラジル代表とも互角に渡り合う試合を見せるなど、もはや「番狂わせ」の一言では片付けられないレベルに到達しています。このような輝かしい実績を背景に、「W杯本大会予選で、ビビる必要ある？」という問いが投げかけられるのは当然の心理的帰結と言えるでしょう。

本記事の結論として、日本代表が培ってきた世界基準の自信は、W杯予選を戦う上で計り知れない精神的アドバンテージとなります。過度に相手を恐れる必要は一切ありません。しかし、本大会予選は短期決戦のW杯本大会とは根本的に異なる「長期リーグ戦」であり、その特殊性を深く理解し、冷静かつ戦略的なアプローチを徹底することが不可欠です。自信を過信に変えず、謙虚な準備と揺るぎない決意を持って臨むことこそが、真の強さへと繋がります。この二律背反を乗り越えることが、日本サッカーの次なる高みへの鍵となります。

1. ドイツ、スペイン撃破がもたらした確かな実績と「自己効力感」の向上

日本代表がW杯予選で「ビビる必要がない」と断言できる最も直接的な根拠は、2022年FIFAワールドカップにおけるドイツとスペインへの歴史的勝利、そしてブラジルとの親善試合における拮抗した戦績です。これらの経験は、単なる番狂わせを超え、チームの「自己効力感」と「集団的効力感」を飛躍的に向上させ、今後の国際舞台を戦い抜く上での揺るぎない自信の源泉となっています。

1.1. 戦術的成熟と個の覚醒が結実した世界基準の勝利

ドイツ、スペイン戦での勝利は、決して偶然の産物ではありませんでした。森保一監督が採用した「可変システム」（4-2-3-1から守備時には5-4-1への移行）は、相手の攻撃を組織的にブロックしつつ、攻撃時には素早い切り替えから鋭いカウンターを繰り出すという、緻密な戦術的アプローチの賜物でした。特に、後半からの積極的な選手交代と戦術変更は、対戦相手の意表を突き、試合の流れを完全に日本のものとしました。これは、監督の采配、選手の戦術理解度、そして90分間（アディショナルタイム含む）を走り切る「インテンシティ」の高いフィジカルが世界レベルに達していることを証明しました。

また、これらの試合は、久保建英（レアル・ソシエダ）、三笘薫（ブライトン）、鎌田大地（ラツィオ）ら海外リーグで活躍する選手たちが、世界のトッププレーヤー相手に臆することなく、自身の技術と判断力を発揮できることを示した場でもありました。特に、三笘選手のドリブル突破や伊東純也選手（スタッド・ランス）の推進力は、世界の強豪ディフェンスを崩壊させる破壊力を持つことが明確になりました。これは、選手個々の「自己効力感」（バンデューラ提唱の「自分ならできる」という信念）を劇的に高め、それがチーム全体の「集団的効力感」（チームとして目標を達成できるという信念）に波及した結果と言えます。

1.2. 国際的評価の変化と「ブラジル戦」の意義

これらの勝利は、日本のFIFAランキングを押し上げ、国際サッカー界における評価を大きく変えました。かつてはアジアの強豪という認識に留まっていた日本が、今や「警戒すべきダークホース」「戦術的に洗練されたチーム」として認識されるようになったのです。これは、対戦相手に心理的な圧力を与えるだけでなく、今後、W杯本大会予選を戦う上で、これまで以上に自信を持って試合に臨める大きなアドバンテージとなります。

「ブラジルに勝ってるんで！」というフレーズは、親善試合の結果が本大会での直接的な勝利を保証するものではないという前提を置きつつも、その意義は極めて大きいと言えます。世界最強国の一つであるブラジル相手に、内容でも互角に渡り合ったり、時には勝利を収めたりする経験は、選手たちに「世界トップレベルとも戦える」という確固たる自信を植え付けます。これは、特にメンタル面において、強豪国を相手にした際の「ビビり」を払拭し、臆することなく自分たちのサッカーを貫くための強力な原動力となるのです。

2. W杯本大会予選への冷静な視点と多角的な戦略

日本代表が世界基準の自信を手に入れた今、W杯予選で「ビビる必要がない」という結論は揺るぎません。しかし、この自信を真の強さに昇華させるためには、本大会予選の特殊性を深く理解し、多角的な視点から戦略を練ることが不可欠です。過信は慢心を生み、思わぬ落とし穴に繋がる可能性があるからです。

2.1. 「最後まで生き残る勝負」としての予選の特殊性

W杯本大会予選は、短期決戦の本大会とは性質が大きく異なります。本大会が一発勝負のトーナメントや短期集中型のグループステージであるのに対し、予選は数か月から数年にわたる「長期リーグ戦形式」で展開されます。この違いが、戦略構築において重要な意味を持ちます。

多様な環境への適応: アジア予選においては、中東や東南アジアなど、気候（高温多湿、砂漠気候）、ピッチコンディション（芝の状態）、アウェイの雰囲気（ブーイング、審判の判定傾向）、長距離移動による時差や疲労など、極めて多様かつ過酷な環境での戦いが求められます。これらの要素は、選手のパフォーマンスに大きな影響を与え、戦術的な柔軟性だけでなく、フィジカル・メンタル両面での高い適応力が求められます。
モチベーションの維持とターンオーバー: 格下とされる相手との試合でも、W杯出場という大目標に向けて常に100%の集中力を維持することは容易ではありません。疲労蓄積、負傷リスクを考慮した「ターンオーバー」（主力の温存と控え選手の起用）は不可欠ですが、これにはチーム全体の総合力と、控え選手の高いプロ意識が求められます。
「勝ち点最大化戦略」の重要性: 予選の目的は、全ての相手に圧倒的な勝利を収めることではありません。いかに効率よく勝ち点を積み重ね、規定の出場枠を確保するかが最も重要です。時に内容が悪くても、勝ち点3を確保する「勝者のメンタリティ」が求められます。これは、強豪相手の一発勝負とは異なる「最後まで生き残る勝負」としての本質です。

2.2. アジア全体のレベルアップと8.5枠の戦略的意義

2026年大会からのW杯本大会出場国数拡大（48カ国）に伴い、アジア地区からの出場枠は「8.5枠」へと増加しました。この拡大は、日本にとって出場への門戸を広げたことは間違いありません。しかし、これは「楽勝」を意味するものではありません。むしろ、アジア全体のレベルが着実に向上していることを考慮すれば、これまで以上に戦略的なアプローチが求められます。

例えば、近年成長著しい中東勢（サウジアラビア、カタール、UAEなど）や、常に強豪である韓国、オーストラリアとの熾烈な争いは継続します。日本は、この8.5枠を最大限に活用し、予選の過程を「本大会での競争力強化」の場と捉えるべきです。若手選手の起用や新戦術の試行など、単なる勝利だけでなく、チーム全体の「経験値」をいかに高めるかという視点が重要になります。

2.3. 本大会でのさらなる挑戦：仮想F組からの洞察

仮に予選を突破し、本大会へと駒を進めた場合、そこには再び世界の強豪が待ち受けます。読売新聞オンラインの速報によれば、2026年ワールドカップのグループステージ組み合わせ抽選会で、日本はオランダ、チュニジア、欧州プレーオフ勝者と同じF組になったと報じられています。

この仮想F組の組み合わせは、予選で培うべき戦略のヒントを与えてくれます。
* オランダ: トータルフットボールの系譜を受け継ぎ、組織力と個の技術を兼ね備えた世界有数の強豪です。デ・ヨング（バルセロナ）やファン・ダイク（リヴァプール）など、欧州トップリーグで活躍する選手を擁し、近年は3バックと4バックを柔軟に使い分ける戦術的柔軟性も持ち合わせています。日本の主力選手がオランダリーグで得点王を獲得するなど、両国のサッカーには深い繋がりがあるため、互いの手の内を知る上での激戦が予想されます。
* チュニジア: アフリカ特有のフィジカルの強さと、組織的な堅守速攻を特徴とするチームです。日本がアフリカ勢と対戦する際には、個の突破力だけでなく、セットプレーやデュエルでの強さへの対応が鍵となります。
* 欧州プレーオフ勝者: 特定できないものの、どの国が来ても、欧州予選を勝ち抜いてきたタフネスと完成度を兼ね備えていることは間違いありません。

このような相手と同組になったとしても、日本代表はドイツ・スペイン戦での経験を活かし、臆することなく挑戦できるはずです。予選で得た多様な環境での勝利経験は、本大会のグループステージにおける「勝ち点最大化」戦略を練る上でも、貴重な知見となるでしょう。

3. 自信を胸に、冷静に、そして力強く：未来への展望と日本サッカーの哲学

日本代表は、ドイツ、スペインといった世界のトップチームを相手に勝利を収めたという揺るぎない実績と自信を持っています。この経験は、W杯本大会予選を戦い抜く上で非常に大きな心の支えとなるでしょう。過度に相手を恐れる必要はなく、むしろ自らの強みを信じ、自信を持ってピッチに立つべきです。

しかし、その「自信」を「過信」に変えてはなりません。心理学における「ダニング＝クルーガー効果」（能力の低い者が自身の能力を過大評価する傾向）や、パフォーマンスを最大化する「最適不安レベル」の概念を鑑みれば、適度な緊張感と謙虚な姿勢こそが、安定した高パフォーマンスを生み出す源泉となります。

日本代表は、これまでのパスサッカー、規律、組織力といった強みに加え、「世界に勝てる」というメンタルを獲得しました。これは、単なる個の能力の向上だけでなく、日本サッカー全体が哲学的に成熟しつつある証拠です。今後は、データサイエンス、AIを活用したスカウティングやコンディショニング管理のさらなる深化、育成年代での国際経験の早期化など、多角的な視点からの強化が求められます。

ファンやメディアもまた、過度な「イージーモード」論に陥るのではなく、応援と同時に冷静な分析でチームを支える重要性を認識すべきです。日本代表がこれまで培ってきた経験と自信を土台に、冷静な準備と揺るぎない決意を持って、来るべき予選、そしてその先のW杯本大会でのさらなる躍進を果たすことを期待せずにはいられません。日本サッカーの真の強さは、自信と謙虚さの均衡点に見出されるでしょう。

用語解説

FIFAワールドカップ（W杯）: 国際サッカー連盟（FIFA）が主催する、ナショナルチームによるサッカーの世界選手権大会。
W杯本大会予選: 各大陸連盟が主管する、W杯本大会への出場権をかけた試合。アジアからはアジアサッカー連盟（AFC）が予選を主管する。
8.5枠: 2026年大会よりW杯本大会の出場国数が48カ国に拡大されることに伴い、アジア地区からの出場枠も8枠＋大陸間プレーオフ枠0.5（合計8.5枠）に増加したことを指します。
可変システム: 試合状況や相手に応じて、フォーメーションを柔軟に変化させる戦術。日本代表は守備時に5バックを形成し、攻撃時には4バックを基調とする形を多用しました。
インテンシティ: 試合におけるプレー強度、特にボール奪取や攻守の切り替え時に見せる運動量やデュエルの激しさ、集中力の高さを示すサッカー用語。
自己効力感（Self-efficacy）: アルバート・バンデューラが提唱した、特定の状況下で必要な行動をうまく遂行できるという自分自身の能力に対する信念。成功体験によって高まります。
集団的効力感（Collective efficacy）: チームや集団が、共通の目標達成のために協力して活動できるという信念。個々の自己効力感が集まることで高まります。
ダニング＝クルーガー効果: 能力の低い者が、自身の能力を過大評価し、また他者の能力を過小評価する認知バイアス。過信の危険性を説明する際に引用されます。
最適不安レベル: スポーツ心理学において、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するために必要な、適度な緊張感やストレスのレベルを指します。不安が低すぎると集中力を欠き、高すぎるとパフォーマンスが阻害されます。