ジャガー販売激減 REIMAGINE戦略が示すEVの光と影

導入：名門ジャガー、EVシフトの光と影が示す自動車産業のパラダイムシフト

イギリスの伝統と革新を象徴する高級車ブランド、ジャガー。その歴史は、創業者ウィリアム・ライオンズの「美しい物は売れる」という哲学に貫かれてきました。しかし、2021年に発表されたジャガー・ランドローバー（JLR）の新グローバル戦略「REIMAGINE」は、この名門ブランドに前例のない大胆な変革を迫りました。それは、ジャガーブランドの完全EV（電気自動車）化という、ガソリン車の生産を全面的に停止する決断です。この挑戦は、一時的に販売台数が97%以上激減するという衝撃的な結果をもたらしていますが、これは単なるマーケティングの失敗ではなく、自動車産業が直面するパラダイムシフトの複雑性と、未来への戦略的投資の痛みを鮮烈に示しています。本稿では、ジャガーのこの「光と影」を深掘りし、ブランドの根幹を揺るがすこのEVシフトが、今後のラグジュアリーモビリティ市場、そして私たち消費者の選択基準にどのような示唆を与えるのかを、専門的な視点から考察します。ジャガーの挑戦は、既存の価値観を再定義し、持続可能な未来に向けたブランドの「パーパス」が問われる時代の試金石となるでしょう。

1. 「美しいものは売れる」哲学から「REIMAGINE」へ：ブランドDNAとEVの融合

ジャガーのブランドの根底には、創業以来の確固たる哲学が存在します。

イギリスブランドの高級車・スポーツカーメーカー} 1922年に創業した英国の自動車製造メーカーで、創業者の一人であるウイリアム・ライオンズは「美しい物は売れる」引用元: ジャガー | オートプルーブ – Auto Prove

この言葉は、単なるデザイン至上主義ではなく、流麗なスタイリングと卓越した走行性能が織りなす、ドライバーの五感を刺激する「体験価値」を追求するジャガーのDNAを明確に示しています。例えば、伝説的なEタイプなど、その歴史は官能的な美しさと革新的なエンジニアリングの融合によって築かれてきました。

しかし、2020年代に入り、自動車産業はかつてない変革の波に直面します。地球温暖化対策の喫緊性、各国政府による厳しい環境規制、そして消費者の環境意識の高まりが、EVシフトを不可逆なものとして推進しています。この劇的な変化の中で、JLRは2021年2月、ティエリー・ボローレCEO（当時）の主導のもと、新たなグローバル戦略「REIMAGINE」を発表しました。

ジャガー・ランドローバー（JLR）の新グローバル戦略「REIMAGINE」。2月15日にティエリー・ボローレCEOが発表した内容のなかで、製品視点で注目したいの引用元: 「ジャガーは全てEVに」プラットフォームから見えるジャガー …

この戦略の最も過激かつ象徴的な決定は、ジャガーブランドの完全EV化です。これは、単にEVモデルを追加するのではなく、既存のガソリン車ラインナップを完全に廃止するという、ブランドの根幹を揺るがす大転換を意味しました。

ジャガーは販売中だった6モデル全ての生産停止を発表。これには、セダンのXEと引用元: ガソリン車を全廃→「販売台数97%減」に…海外メディアが報じた …

この決断の背景には、単に環境規制への対応だけでなく、ラグジュアリー市場におけるブランドの再ポジショニングという戦略的な意図が強く作用しています。既存のガソリン車とEVを並行して展開するよりも、EV一本化によってリソースを集中し、独自のEV技術とブランド体験を確立することで、新たなラグジュアリーEV市場での差別化を図ろうとしたと考えられます。これは、内燃機関（ICE）というレガシー技術への投資を停止し、未来のモビリティプラットフォームへ経営資源を大胆に投じる、まさに「再想像（REIMAGINE）」と呼ぶにふさわしい戦略です。

2. 衝撃の販売台数97.5%減：EV一本化の厳しすぎる現実と市場の反応

ジャガーの大胆なEV一本化戦略は、しかし、市場において極めて厳しい現実を突きつけられました。海外メディアの報道によると、

イギリスの名門自動車メーカー、ジャガーに海外メディアの注目が集まっている。2025年4月には月間欧州販売台数はわずか49台で、前年同期比97.5％減を記録したと話題になった。引用元: ガソリン車を全廃→「販売台数97%減」に…海外メディアが報じた …

この数字は、2018年には世界販売台数が

CBTニュースによれば、ジャガーの世界販売台数は2018年の18万833台から引用元: ガソリン車を全廃→「販売台数97%減」に…海外メディアが報じた …
を誇っていたことと比較すると、まさに壊滅的な激減と言わざるを得ません。

この極端な販売減は、単にEVシフトの困難さを示すだけでなく、いくつかの複合的な要因によって引き起こされたと分析できます。

製品ラインナップの「空白期間」と需要の蒸発: ガソリン車生産停止後、ジャガーは戦略的に新型EVモデルの投入まで時間を要しています。この「空白期間」は、既存のガソリン車ユーザーがEVへの移行を躊躇する間に、代替となる魅力的なEVモデルを提供できなかったことを意味します。結果として、買い替え需要が他ブランドのEVやハイブリッド車、あるいは他社のガソリン車に流れた可能性が高いです。
既存顧客のニーズとのミスマッチ: 長年ジャガーのガソリン車を愛用してきた顧客層は、その伝統的なエンジンフィール、サウンド、そしてガソリン車特有のドライビング体験に価値を見出していました。彼らがEVに求めるものが、必ずしもジャガーが提供しようとしている「新しいラグジュアリーEV体験」と一致しているとは限りません。充電インフラへの不安、航続距離への懸念、そしてEVの高い初期投資コストも、既存顧客のEV移行を阻む障壁となります。
EV市場の未成熟さと競争激化: EV市場は急速に成長していますが、充電インフラの整備状況、バッテリー価格、リセールバリューの不透明さなど、まだ多くの課題を抱えています。特に高級EV市場では、テスラ、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、BMWといった強力な競合に加え、ルーシッドやリビアンのような新興ブランドも台頭しており、激しい競争が繰り広げられています。この中で、ジャガーが既存モデルを捨ててまで空白期間を設けたことは、短期的な市場シェアの放棄を意味します。

この販売激減は、ジャガーが冒頭の結論で示した「EV市場の未熟さと既存顧客の慣性」という「影」の部分を如実に表していると言えるでしょう。これは、自動車メーカーが大胆な変革を進める上で避けては通れない、ある種の「戦略的撤退」と見ることもできますが、その痛みが予想以上に大きかったことを示唆しています。

3. ジャガーが「オールEV」を選んだ理由：国家政策と世界的な潮流の圧力

ジャガーがこれほどまでにリスクの高いEV一本化戦略を選択した背景には、マクロ経済的、そして政策的な強いプレッシャーが存在します。これは、冒頭で述べた「持続可能な未来への光を目指す挑戦」を強く促す外的要因です。

3.1. イギリス政府による「ガソリン車販売禁止」の強力な後押し

ジャガーの本国であるイギリス政府は、世界をリードする形で環境規制を強化しています。

英国では2030年以降ガソリン・ディーゼル車の新車販売を禁止することが発表され引用元: XJガソリンモデル生産終了？ジャガーの今マリオットマーキーズ …

この政策は、自動車メーカーにとって無視できない、明確な未来の方向性を示しています。単に排出ガス規制を強化するだけでなく、「販売禁止」という最終目標を設定することで、企業は内燃機関車の開発・生産からEVへの完全な移行を強いられます。同じくイギリスのブランドであるMINIも、同様の方向性を示しています。

小型車ブランド「MINI」は、2025年モデルが最後のガソリン車になり、2030 引用元: 【2024年版】イギリスにおけるEVの普及率は？｜EV充電エネ …

これは、メーカーが国の政策に先んじて、あるいはそれを見越して投資を決断せざるを得ない状況を示しています。政府の政策は、企業にとっての技術開発投資やサプライチェーン再編のトリガーとなり、競争力の源泉ともなり得ます。ジャガーは、この大きな政策転換に早々に適応し、2030年以降も競争力を維持するための先行投資として、全EV化を選んだと解釈できます。

3.2. 世界的に加速するEVシフトの潮流

イギリス国内の政策だけでなく、世界的なEVシフトの潮流もジャガーの決断を後押ししました。

欧州や中国などを中心に、世界ではEVのシェアが急拡大しています。引用元: 日本国内における電気自動車販売シェア最新情報【2025年9月】N …

欧州連合（EU）のCAFE（企業別平均燃費）規制や中国のNEV（新エネルギー車）規制など、主要市場では内燃機関車に対する規制が年々強化されています。日本でも

日本では2030年半ば以降、ガソリン車の新車販売をゼロにし、新車の100％を引用元: ガソリン車が販売禁止になるって本当？世界で加速するEV化について
という目標が掲げられ、米国でも
2025 年までに 30 車種の EV 販売と EV 引用元: 米国の自動車環境規制をめぐる動向
を目標とするメーカーが現れるなど、主要な自動車市場全てでEV化は不可逆的な流れとなっています。

このグローバルな潮流に乗り遅れることは、将来的な市場アクセスを失い、ブランドの競争力を大きく損なうことにつながります。特に高級車ブランドは、最新技術と環境意識の高い顧客層をターゲットとするため、この変化への対応は必須です。ジャガーは、この大きな波をチャンスと捉え、既存のポートフォリオを大胆に刷新することで、EV時代のラグジュアリーセグメントにおけるリーダーシップ確立を目指したと考えられます。これは、短期的な販売台数減という「影」を伴いつつも、長期的な成長戦略における「光」を追求する、戦略的な意思決定の表れです。

4. EVシフトの「光」と「影」：ジャガーの挑戦が示す未来のモビリティ像

ジャガーのEV一本化は、現在の市場の現実と未来への理想の間で揺れ動く、自動車産業全体の縮図と言えます。

4.1. 「影」の部分：消費者の慣性と未熟な市場インフラ

ジャガーの販売台数激減は、EV市場がまだ成熟段階にあること、そして消費者の行動変容には時間がかかることを明確に示唆しています。主な要因は以下の通りです。

充電インフラの課題:
- 現時点では、都市部以外での充電設備の普及率や信頼性、充電速度に対する不安は根強く、特に急速充電ネットワークの拡充とメンテナンスは喫緊の課題です。充電時間の長さは、ガソリン車における給油と比べた際のデメリットとして認識されがちです。
高価格帯とTCO（総所有コスト）の認識:
- ジャガーのような高級ブランドのEVは、バッテリーコストの高さから初期購入価格が高騰しがちです。ランニングコスト（電気代やメンテナンス）はガソリン車より低い傾向がありますが、消費者がTCO全体を正確に理解し、初期投資を正当化できるかどうかは依然として課題です。
選択肢の欠如による顧客離反:
- 提供情報でも言及されたように、プジョーの「e-208」のように、
  
  ガソリン車とEVを選べるプジョーのコンパクトハッチバック、208/e-208。引用元: PEUGEOT e-208 | プジョー公式サイト
  ガソリン車とEVの両方から選べるモデルを提供することで、消費者は自身のライフスタイルやニーズに合わせて柔軟に選択できます。しかし、ジャガーは選択肢を完全に断ち切ったため、EVへの移行にまだ抵抗のある既存の顧客層を他ブランドへと流出させてしまった可能性が高いです。これは、EVシフトへの「準備期間」を考慮しなかったことの代償とも言えます。
ドライビングプレジャーの再定義:
- 内燃機関車が提供するエンジンの鼓動、サウンド、ギアチェンジの感触などは、多くのエンスージアストにとってかけがえのないものです。EVは静粛性、瞬時のトルク、スムーズな加速を提供しますが、これまでのドライビングプレジャーとは異なる性質を持っています。この「感性のシフト」に、既存のジャガーファンがどれだけ適応できるかが、ブランドの未来を左右します。

4.2. 「光」の部分：長期的なブランド再構築と持続可能性へのコミットメント

一方で、この大胆なEVシフトは、ジャガーにとって数々の「光」を宿しています。

ブランドイメージの刷新とパーパスの明確化:
- 完全EV化は、ジャガーを単なる「高級ガソリン車メーカー」から、「持続可能な未来のラグジュアリーモビリティを牽引するブランド」へと再定義する強いメッセージとなります。環境意識の高い富裕層や次世代の顧客層にとって、この「パーパス」はブランド選択の重要な要素となり、新たな顧客層の獲得に繋がる可能性があります。ESG投資の観点からも、持続可能性へのコミットメントは企業の評価を高めます。
技術革新への集中と競争優位性の確立:
- 内燃機関の開発・生産から完全に撤退することで、ジャガーは研究開発リソースをEV専用プラットフォーム（例: JEAプラットフォーム）やバッテリー技術、ソフトウェア定義車両（SDV）といった未来のテクノロジーへと集約できます。これにより、独自の高性能かつ高効率なEVパワートレイン、洗練されたデジタル体験、そして差別化されたドライビングダイナミクスを追求し、ラグジュアリーEV市場における技術的リーダーシップを確立するチャンスが生まれます。
サプライチェーンの再構築と環境負荷低減:
- EVへの移行は、バッテリー原材料の調達から生産、リサイクルに至るまで、サプライチェーン全体の見直しを促します。ジャガーは、持続可能な調達、循環型経済（サーキュラーエコノミー）への貢献を通じて、製品ライフサイクル全体での環境負荷を低減し、企業としての社会的責任（CSR）を果たすことができます。

5. 結論と展望：ジャガーの挑戦が描く、未来のモビリティ社会

ジャガーのEV一本化戦略は、現時点では「まさかの97%減」という厳しい販売台数に直面しており、冒頭で提示した「EV市場の未熟さと既存顧客の慣性という『影』」を色濃く反映しています。しかし、これは短期的な「痛み」であり、長期的な視点で見れば、「持続可能な未来への『光』を目指す挑戦」そのものです。この出来事は、自動車産業全体が直面するパラダイムシフトの複雑さと多面性を鮮明に浮き彫りにしています。

ジャガーの挑戦は、以下の重要な示唆を私たちに与えます。

「戦略的空白期間」のリスクと機会: 大胆なブランド変革には、既存顧客の離反や販売減を伴う「空白期間」が避けられない場合があります。しかし、この期間をいかに耐え抜き、次世代の革新的な製品を投入できるかが、未来の成功を左右します。ジャガーは現在、まさにその正念場に立っています。
ブランドアイデンティティの再定義: EV時代において、ブランドの「美しいものは売れる」という哲学は、単なるデザインだけでなく、環境性能、先進技術、そして持続可能性へのコミットメントといった多角的な価値によって再定義される必要があります。ジャガーが提供する「新しいラグジュアリー」が、いかに顧客の共感を呼べるかが焦点となります。
市場と規制のダイナミズムへの適応: 各国政府の政策や世界的なEVシフトの潮流は、企業戦略を大きく左右する外部要因です。ジャガーの決断は、こうしたマクロ環境の変化に先んじて対応することの重要性を示していますが、同時に市場の反応との乖離が課題となることも浮き彫りにしています。
消費者価値観の進化: 私たちがクルマを選ぶ基準は、性能や価格だけでなく、ブランドの「パーパス」や「持続可能性への貢献」といった非物質的な価値へと確実に変化しています。ジャガーの挑戦は、このような進化する消費者価値観に応えるための、自動車メーカーの新たなアプローチを提示しています。

2025年10月24日現在、ジャガーのEVシフトはまさに歴史的な転換点にあります。彼らがこの困難を乗り越え、単なる移動手段としてのEVではなく、創業者ウィリアム・ライオンズが夢見た「美しい、そして持続可能なEV」によって、再び世界のラグジュアリーモビリティ市場を魅了する日が来るのか。その行方は、自動車産業の未来、そして私たちが享受するモビリティのあり方を考える上で、今後も深く注視すべき極めて興味深い事例であり続けるでしょう。

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