石破茂首相への「辞めるな」コール：それはイデオロギー対立の終焉か、新たな政党政治の始まりか
【結論】新たな対立軸の可視化と議会制民主主義への問い
本稿が分析する石破茂首相への「#石破辞めるな」という異例の激励運動。その核心は、従来の「保守 vs リベラル」というイデオロギー対立が溶解し、「権威主義的・ポピュリズム的手法 vs 熟議と対話を重んじる議会制民主主義の尊重」という新たな政治的対立軸が可視化された点にある。この現象は、自民党内の権力闘争というミクロな事象に留まらず、政党政治の機能不全と、それを乗り越えようとする市民社会の複雑なダイナミズムを映し出す、日本の政治における歴史的な分水嶺と言えるだろう。
1. 永田町の常識を覆す「激励デモ」という政治介入
2025年7月25日、首相官邸前で計画された「＃石破辞めるな 官邸前激励0725」集会は、その形式と目的において、日本の政治デモの歴史に新たな一ページを刻むものとなった。主催者が明確に「抗議でも褒め殺しでもなく、激励です」と表明したことは、極めて示唆に富んでいる。
主催者側は、このデモの目的を「抗議でも褒め殺しでもなく、激励です」と明確に説明しており、参加者には石破首相を励ますプラカードの持参を呼びかけています。これは、参院選の結果を受けて党内から公然と上がり始めた「石破おろし」の動きに対抗し、外部から首相を支えようという明確な意図を持った行動です。
(引用元: 「＃石破辞めるな」官邸前で25日夜にデモ予定 「抗議でも褒め殺しでもなく、激励です」)
従来の反政権デモが「打倒」や「撤回」を目的とする敵対的行動であったのに対し、この「激励」デモは、政権与党内の特定の政治家（しかもトップである首相）を、党内の反対勢力から「守る」ことを目的とする。これは、市民社会が政党内の権力闘争に直接的に介入し、影響力を行使しようとする新しい形態の政治参加である。政治学的に見れば、これは政党の結束や自律性（party cohesion/autonomy）が外部からの圧力によって揺さぶられる事例であり、SNS時代の市民運動が、政党内ポリティクスにまで浸透し始めたことを示している。
2. なぜ「敵」を応援するのか？ 野党支持層の動機の多層的分析
この異例の運動の主役が、立憲民主党や共産党など、本来は自民党政権の対極にいるはずの野党支持層である点は、本件の最も興味深い核心部である。その動機は、単純な「敵の敵は味方」という戦略論だけでは説明できない、多層的な構造を持っている。
2-1. 「相対的正常性」への渇望：手続き的正当性の回復
タレントのラサール石井氏が石破氏を「ここ最近の自民党の首相では1番まとも」と評し、SNS上で「マトモに国会を機能させた自民の首相はこの15年で石破茂ただ一人だけだ」との声が上がる背景には、深刻な政治不信が存在する。
タレントのラサール石井氏は、石破氏について「ここ最近の自民党の首相では1番まとも」と評しています。
(引用元: 「＃石破辞めるな」官邸前で25日夜にデモ予定 「抗議でも褒め殺しでもなく、激励です」)X上では「マトモに国会を機能させた自民の首相はこの15年で石破茂ただ一人だけだ」といった声も見られ、その対話姿勢が評価されていることがうかがえます。
(引用元: こぐれみわぞう🕊️Miwazow (@koguremiwazow) / X)
この「まとも」という言葉は、政策の中身（実体的正当性）以前に、政治プロセスの公正さ（手続き的正当性, procedural legitimacy）を指していると分析できる。安倍・菅政権下で頻発したとされる、国会での不誠実な答弁、公文書の改ざん問題、丁寧な説明の欠如といった事象は、多くの国民、特に野党支持層に「議会制民主主義の危機」という強い懸念を抱かせた。石破氏の、たとえ野党からの厳しい追及であっても真摯に耳を傾け、議論に応じようとする姿勢は、この傷つけられた「手続き的正当性」を回復してくれるのではないか、という期待感に繋がっている。これは、イデオロギーを超えて、健全な議会政治という「ルール」そのものを守ってほしいという、より根源的な欲求の表出なのである。
2-2. 政策ベースでの共感：リベラルな側面への評価
石破氏は安全保障政策ではタカ派として知られる一方、人権問題や歴史認識においてはリベラルな側面も持つ、複雑な政治家である。この政策的グラデーションが、野党支持層との意外な接点を生んでいる。
あるXユーザーは、石破氏が「ガザ『人道危機』全国国会議員アンケートに回答してくれた。自民党で回答したのは4人の方だけだった」という事実を指摘しています。
(引用元: 谷中・ひるねこBOOKS (@hirunekobooks) / X)
このガザ人道危機へのアンケート回答という具体的な行動は、自民党内の他の議員との明確な差別化要因となった。これは、支持政党に関わらず、特定のアジェンダ（この場合は人権や国際協調）を重視する「イシュー・パブリック（issue public）」と呼ばれる層からの評価を獲得したことを意味する。彼らは、党派という固定的な枠組みではなく、個別の政策（イシュー）ごとに是々非々で政治家を評価する。石破氏のこのような行動が、リベラルな価値観を持つ層に「自民党の中にも対話可能な相手がいる」という認識を与え、支持の根拠となっている。
3. 保守層の反発と「支持」がもたらす諸刃の剣
しかし、野党支持層からの「ラブコール」は、石破氏にとって諸刃の剣である。自民党の伝統的な支持基盤である保守層は、この状況を強い警戒感と不快感をもって見ている。
ネット上では、この状況を「立憲共産党・社民党等々のパヨクオールスターズに応援される史上初の自民党総裁」と揶揄する声も上がっています。
石破茂 立憲共産党・社民党等々のパヨクオールスターズに応援される史上初の自民党総裁に 石破辞めるなデモ始まる https://t.co/QhdXXXVmL2
— ハム速 (@hamusoku) July 24, 2025
この揶揄は、政治社会学で言うところの「内集団（in-group）バイアス」と「外集団（out-group）への敵意」を端的に示している。保守層にとって、自民党は「我々」であり、立憲・共産党は「彼ら（敵）」である。その「敵」から支持されるリーダーは、自らのアイデンティティを脅かす存在、あるいは「裏切り者」と見なされかねない。この心理的メカニズムは、「石破おろし」を画策する党内勢力にとって、石破氏の求心力を削ぐための格好の攻撃材料となる。野党支持層の「激励」が、結果的に石破氏の党内基盤を弱体化させるという、極めて逆説的な力学が働いているのだ。
4. 歴史的皮肉：「デモはテロ」発言から激励デモの対象へ
この状況をさらに複雑で皮肉なものにしているのが、石破氏自身の過去の発言である。
2013年、当時自民党幹事長だった石破氏は自身のブログで、大音量で主張を叫ぶデモを「テロ行為と本質的には変わらない」と表現し、後に大きな批判を浴びて謝罪・訂正した経緯があります。
(引用元: お詫びと訂正: 石破茂（いしばしげる）ブログ)約10年の時を経て、かつて「テロ」とまで断じたデモによって「激励」されるという巡り合わせは、単なる偶然では片付けられない。これは、この10年で日本の市民運動のあり方が質的に変化した可能性を示唆する。2013年頃の特定秘密保護法案反対デモは、明確に政権と対決する「抗議型」だった。しかし今回の動きは、政権内部の力学に影響を与えようとする、より戦略的で複雑な「介入型」の性格を帯びている。石破氏がかつて批判した「大音量で主張を一方的に叫ぶ」スタイルとは異なる、新たな市民参加の形が模索されているとも解釈できる。
【最終考察】日本政治の構造変容と未来への示唆
「#石破辞めるな」運動は、一過性の珍事ではない。それは、日本政治が構造的な変容期にあることを示す重要なシグナルである。
第一に、固定的イデオロギーの流動化が進んでいる。従来の「保守 vs リベラル」「右 vs 左」といった単純な二元論では、この党派横断的な支持構造を説明できない。人々は、政党という「ラベル」以上に、個々の政治家の資質や政治手法、個別の政策を重視するようになっている。
第二に、新たな対立軸の出現である。本稿冒頭で述べた通り、「権威主義的・ポピュリズム的手法」を志向する勢力と、「熟議と対話を重んじる議会制民主主義」を守ろうとする勢力との間のせめぎ合いが、党派を超えて顕在化している。石破氏は、後者の象徴として、意図せずして野党支持層から担ぎ上げられた形だ。
この地殻変動は、日本の民主主義に何を問いかけるのか。それは、政党が国民の多様な意思を適切に代表しきれていないという、「代表の危機」の表れかもしれない。そして、その隙間を埋めるように、SNSを駆使した新たな市民運動が生まれつつある。
石破首相の進退は、この先、自民党内の力学だけでなく、党派を超えた世論の動向にも大きく左右されるだろう。この異例の「激励デモ」が示す複雑な民意を、各政党がどう読み解き、自らの政治に反映させていくのか。その応答こそが、今後の日本政治の健全性と、民主主義の未来を占う試金石となるに違いない。
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