【専門家解説】なぜ全国知事会は「外国人材の受け入れ拡大」を叫ぶのか？—人口減少日本の生存戦略と“管理された多文化共生”への道
2025年07月25日
結論：これは労働力不足への対症療法ではない。国家の生存を賭けた構造改革の要求である
2025年7月、全国知事会が国に対して「外国人材の受け入れ拡大」を強く求める提言を採択した。この動きは、単に人手が足りないという地方の嘆きではない。これは、人口減少という不可逆的な潮流の中で、日本という国家が持続可能性を維持するための「構造改革要求」であり、場当たり的な労働力の補充から、国が責任を持つ「管理された多文化共生社会」への本格的な移行を迫る、未来に向けた極めて合理的な”正論”である。本稿では、この提言の多層的な意味を専門的に解き明かし、日本が直面する歴史的岐路を徹底的に分析する。
序論：現場の悲鳴と政策提言の狭間で
「実際もう建設と物流とかグエンかクルド人しかやってくれへんし何も言い返せんかったわ…」
インターネット上で散見されるこうした声は、感情的な排斥論を無力化するほどの、現場の切実な現実を物語っている。建設、物流、介護、農業といった国民生活の根幹を支える「エッセンシャルワーク」の現場が、もはや特定の国籍やルーツを持つ人々なくしては成り立たない。この現実は、全国の政策責任者である知事たちにとって、イデオロギーや理想論以前の「日常」である。
今回の知事会の提言は、この現場感覚を基盤としつつ、極めて戦略的な政策要求へと昇華させた点に本質がある。なぜ彼らは、政治的な反発も予想される中で、これほど強いメッセージを発したのか。その核心は、提言の細部にこそ見て取れる。
1. 提言の核心：地方からの「移民政策」への積極的関与
2025年7月24日に採択された全国知事会の提言は、従来の要望活動とは一線を画す。その核心は、外国人材を単なる「労働力」ではなく、地域社会を構成する「生活者」として明確に位置づけ、国の包括的な関与を求めた点にある。
全国知事会は人口減少が進むなか、外国人材は地域経済や社会の重要な担い手だとして、国に受け入れの拡大を求める提言をまとめた。（中略）近年の政治の動きを念頭に、外国人材の受け入れに過剰な規制がかかれば、ただでさえ厳しい地方経済がさらに停滞するという危機感がある。
この提言は、単なる陳情ではない。国の移民政策（政府は「移民政策ではない」との建前を崩していないが、実態はそれに近い）に対して、地方が明確なビジョンと危機感をもって積極的に関与し始めたことを示す、地方分権史におけるマイルストーンと評価できる。
特に注目すべきは「過剰な規制」への懸念だ。これは、選挙などを意識したポピュリズムが、経済合理性を歪めることへの強い警鐘である。専門的に言えば、一部の排外的な世論に迎合する政策が、地方経済全体に深刻な「チル効果（萎縮効果）」をもたらし、人材獲得の国際競争から脱落するリスクを指摘しているのだ。知事たちは、経済の現実と政治的言説の乖離が、取り返しのつかないレベルに達しつつあることを誰よりも理解しているのである。
2. 新制度「育成就労」の理想と現実のギャップ
提言が特に焦点を当てたのが、2027年から始まる新制度「育成就労」だ。これは、人権侵害などの批判が絶えなかった技能実習制度に代わり、人材育成と長期的なキャリアパスの構築を目指す、より近代的な制度である。しかし、その運用次第では、地方の空洞化をさらに加速させる「諸刃の剣」となりかねない。
（高知県の規制改革に関する提案では）新たな在留資格「育成就労」について、外国人材の特定地域への偏在防止及び地域の実情を踏まえた運用の必要性が示されている。
高知県の資料が示す「地域の実情」とは、端的に言えば「賃金格差による都市部への人材流出」である。育成就労制度では、本人の意向による「転籍」の自由度が技能実習制度より拡大される。これは労働者の権利保護の観点からは大きな前進だが、地方の企業にとっては、コストをかけて育成した人材が、より賃金の高い大都市圏へ流出するリスクを増大させる。
この問題の根源は、日本の産業構造、特に東京一極集中にある。制度の理想（労働者の自由な移動）と、地方が直面する構造的な課題（低賃金、産業の脆弱性）との間に深刻なミスマッチが存在するのだ。知事たちの訴えは、「画一的なルールを適用すれば、地方は見捨てられる」という悲鳴に他ならない。彼らが求める「柔軟な運用」とは、地域の実情に応じて一定期間の就労を促すインセンティブ設計や、地域間での人材調整メカニズムなど、一極集中構造を前提とした上での現実的な制度設計を意味している。
3. 「多文化共生」は理想論ではなく、国家の生存戦略である
今回の提言で最も画期的なのは、「多文化共生社会の実現」を自治体任せにせず、国の責務として明確に位置づけた点である。この問題意識は、今に始まったものではない。
（2018年の提言で既に）全国知事会は、外国人材の受入れが円滑に進むよう、国において、生活者としての外国人を見据えた環境整備に責任を持って取り組むことを求めている。
2018年の提言から7年、状況は改善されるどころか、課題はより深刻化している。知事たちの視座は、もはや単なる「おもてなし」や「人道的配慮」のレベルにはない。これは、グローバルな人材獲得競争を勝ち抜くための国家戦略そのものである。
現代において、高度人材も技能人材も、より良い労働環境、生活環境、子どもの教育環境を求めて国境を越える。日本語教育、社会保障へのアクセス、子弟教育、医療通訳、ヘイトクライム対策といった「社会的インフラ」が整備されていなければ、日本は国際社会から「選ばれない国」になる。
これを社会学的に見れば、目指すべきは単なる「共存（Coexistence）」ではなく、外国人住民が社会の対等な構成員として権利と義務を有し、主体的に参画できる「社会的統合（Social Integration）」である。そのためには、以下のような国の主導による包括的な政策パッケージが不可欠だ。
* 財源確保: 自治体の財政力に左右されない、安定的な日本語教育や相談体制を構築するための交付金制度。
* 法整備: ヘイトスピーチ解消法の罰則強化や、実効性のある人権救済機関の設置。
* 国家戦略の司令塔: 縦割り行政の弊害を排し、一元的に外国人政策を司る専門省庁（いわゆる「移民庁」）の設置に向けた本格的な議論。
これらの整備なくして受け入れを拡大することは、将来的な社会的分断の火種を無責任に増やすことに等しい。知事たちは、そのリスクを地方の最前線で感じ取っているからこそ、国の責任を厳しく問うているのだ。
結論：歴史の分岐点に立つ日本の選択
全国知事会による「外国人材の受け入れ拡大」提言は、地方からの悲痛なSOSであると同時に、日本の未来に向けた極めて冷静かつ建設的な処方箋である。人口減少という巨大な構造変化を前に、私たちはもはや「受け入れるか、否か」という不毛な二元論に時間を費やすべきではない。
問われているのは、「どのように受け入れ、どのような社会を共に築くのか」という、より具体的で実践的な問いだ。
治安の悪化や文化摩擦といった懸念は、無視してよいものではない。しかし、それらは外国人材の存在自体が生むのではなく、無計画・無責任な受け入れと、社会的統合政策の欠如が引き起こす「政策の失敗」である。これらのリスクを管理し、最小化することこそ、国家の果たすべき役割に他ならない。
今回の提言は、日本が「人口減少下で静かに衰退していく縮小均衡の道」を選ぶのか、それとも「多様性を新たな活力とし、持続可能な成長を目指す社会へと脱皮する道」を選ぶのか、という歴史的な分岐点に立っていることを示している。
地方の現場が発したこの”正論”は、私たち一人ひとりにも問いを投げかける。私たちは、未来の日本の担い手として、どのような隣人を迎え入れ、いかなる国家の姿を次世代に引き継いでいきたいのか。その答えを出すべき時は、今である。
コメント