外国人への生活保護は「基本的人権」か? 毎日新聞記者と参政党・神谷氏の論争から考える日本のセーフティネット
日付: 2025年07月22日
導入:SNSを揺るがした一つの質疑
2025年7月、参政党の神谷宗幣代表と毎日新聞記者との間で交わされた一つの質疑応答が、SNSを中心に大きな議論を巻き起こしました。
毎日新聞記者: 「外国人への生活保護は基本的人権で保障されてます。なくすんですか?」
参政党・神谷宗幣代表: 「国籍で線引はあるべきです」
この短いやり取りは、日本の社会保障制度の根幹、憲法における「国民」の定義、そして外国人との共生という、現代日本が直面する極めて重要かつ複雑なテーマを浮き彫りにしました。記者が主張する「基本的人権」と、神谷氏が主張する「国籍による線引き」。果たして、法的に、そして理念的に、どちらの主張がより妥当性を持つのでしょうか。
本記事では、この論争の背景にある法的解釈や最高裁判例、そして社会的事情を多角的に分析し、読者の皆様がこの問題を深く理解するための一助となる情報を提供します。
発端となった質疑応答の概要
この議論は、神谷氏の街頭演説後の囲み取材の中で生まれました。SNSや各種まとめサイトで拡散された情報によると、記者は外国人への生活保護が「基本的人権」であるとの前提で質問し、それに対し神谷氏が「国籍」を基準とすべきだと応じた形です(
毎日新聞記者「外国人への生活保護は基本的人権で保障されてます。なくすんですか?」参政党・神谷宗幣「国籍で線引きはあるべきです」どちらが正しいと思う? https://t.co/GQNs3FpWv6
— ハム速 (@hamusoku) July 21, 2025
)。
一方で、神谷氏の発言には補足があったとの情報もあります。あるSNSユーザーの投稿によれば、神谷氏は「日本で長く働いて保険料も払ってて失業や事故にあった外国人の生活」については保障を検討すべき、という趣旨の発言もしていたとされています(引用元: 喧嘩じゃなければいくらでも答えます」と何時間も質問に答える …)。
このことは、神谷氏の主張が単純な排外主義ではなく、制度のあり方について一定の線引きを設けるべきだという問題提起であることを示唆しています。
記者の主張の背景:「基本的人権」としての生存権
毎日新聞記者の質問の根底にあるのは、日本国憲法第25条が保障する生存権の考え方です。
日本国憲法 第25条
1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
条文上は「国民」の権利とされていますが、憲法が保障する基本的人権は、その性質上、普遍的なものとして外国人にも及ぶ(人権の享有主体性)という考え方が有力です。特に生命や身体の自由といった根源的な人権は、国籍を問わず保障されるべきと解釈されています。記者の質問は、この「人権の普遍性」を根拠に、生存権もまた国籍を問わず保障されるべき「基本的人権」であるという立場に基づいていると考えられます。
神谷氏の主張の背景:最高裁判決と生活保護法の解釈
これに対し、神谷氏の「国籍で線引はあるべき」という主張は、現行の法律と、それに対する最高裁判所の判断を根拠としています。
1. 生活保護法の対象は「国民」
まず、生活保護法の第1条は、この法律が憲法第25条の理念に基づき、「国が生活に困窮するすべての国民に対し(中略)その自立を助長することを目的とする」と定めています。法律の文言上、対象は明確に「国民」とされています。
2. 最高裁判所の判断(平成16年・塩見訴訟)
この点に関する最も重要な司法判断が、2004年(平成16年)の最高裁判決、通称「塩見訴訟」です。この判決で最高裁は、以下の判断を示しました。
- 生活保護法が保護の対象とする「国民」に外国人は含まれない。
- したがって、外国人は生活保護法に基づく受給権を持たない。
つまり、最高裁は「外国人が生活保護を受けることは法律上の『権利』ではない」と明確に判断したのです。
3. 「行政措置」としての保護の実態
では、なぜ現在、外国人に生活保護が支給されているのでしょうか。それは、最高裁判決が「行政措置として事実上の保護を行うこと」までは否定しなかったためです。
現在、永住者や定住者など、一定の在留資格を持つ困窮した外国人に対して行われている生活保護の支給は、法律上の「権利」ではなく、「人道的配慮に基づく行政措置」として、自治体の裁量によって行われているのが実態です。これは1954年の旧厚生省通知(社発第382号)に基づく運用が長年続いてきたもので、「当分の間の措置」とされています。
神谷氏の発言は、この最高裁判決と現行法の解釈に基づき、「権利ではない以上、国籍による線引き(=適用の範囲を限定すること)は可能であり、そうすべきだ」という立場を表明したものと理解できます。
論点の整理:「権利」か「人道的措置」か
この論争の核心は、外国人への生活保護を「普遍的な権利」と捉えるか、「人道的な配慮に基づく行政措置」と捉えるかという、根本的な解釈の違いにあります。
| 立場 | 毎日新聞記者の主張(理念的視点) | 参政党・神谷宗幣氏の主張(法的視点) |
| :— | :— | :— |
| 根拠 | 憲法25条の生存権、人権の普遍性 | 生活保護法、最高裁判決(塩見訴訟) |
| 解釈 | 外国人にも保障されるべき「基本的人権」 | 国民の権利であり、外国人への適用は「行政措置(恩恵)」 |
| 結論 | 制度をなくすべきではない | 権利ではない以上、「国籍による線引き」はあって然るべき |
SNS上では、「国籍で基本的人権の線引きをするのか」といった批判が見られますが(引用元: 「基本的人権」のYahoo!リアルタイム検索 – X(旧Twitter)を …)、これは理念的な視点からの主張です。一方で、神谷氏の主張は、現在の日本の法体系と司法判断に則ったものと言えます。
結論:どちらが「正しい」のか?
毎日新聞記者の「基本的人権」という主張は人権の理念を、参政党・神谷氏の「国籍で線引き」という主張は現行法と最高裁判決を、それぞれ拠り所としています。このため、どちらか一方が絶対的に「正しい」あるいは「間違っている」と断じることは非常に困難です。
- 法的には、最高裁が「外国人に受給権はない」と判断している以上、神谷氏の主張には法的な正当性があります。
- 理念的には、人道的な観点や国際的な人権意識の高まりから、記者の主張する「基本的人権」としての保障を求める声にも一定の理解が寄せられます。
この問題の背景には、逼迫する社会保障財源への懸念や、増え続ける外国人との共生をどう進めていくかという、日本社会全体の課題があります。
今回の論争は、私たち一人ひとりが、感情論に流されることなく、法的な事実と人道的な理念の両方を踏まえた上で、日本のセーフティネットのあり方をどう考えるべきか、という重い問いを投げかけていると言えるでしょう。この議論をきっかけに、憲法、法律、そして社会の現実を見つめ直し、将来の日本の形を考えることが今、求められています。

OnePieceの大ファンであり、考察系YouTuberのチェックを欠かさない。
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