結論:『ドラゴンボール』初期の西遊記要素は、単なるパロディやオマージュに留まらず、物語の構造、キャラクターの原型、そしてテーマそのものを規定する、不可欠な基盤であった。その後のバトルアクションへのシフトは、西遊記の骨格を内包しながら、独自の進化を遂げた結果と言える。
近年、改めて『ドラゴンボール』に触れた方が「悟空が筋斗雲と如意棒を扱っていることに驚いた」という声が上がっています。確かに、現代の読目線で見ると、バトルアクション漫画としての側面が強く印象付けられている『ドラゴンボール』ですが、その出発点は、中国古典『西遊記』の影響を色濃く受けていたのです。本記事では、初期の『ドラゴンボール』における西遊記要素の多さについて、物語構造、キャラクター、テーマの観点から詳細に解説し、その後の進化との関係性を深掘りします。
『西遊記』と『ドラゴンボール』の構造的類似性:英雄譚の原型
『ドラゴンボール』の物語は、鳥山明先生が少年時代に夢中で読んだ『西遊記』へのオマージュから始まったと言われています。しかし、その繋がりは表面的なモチーフにとどまらず、物語構造そのものに深く根ざしています。『西遊記』は、仏教的な教えを内包した冒険譚であり、主人公の孫悟空が様々な試練を乗り越え、悟りを開くまでの過程を描いています。『ドラゴンボール』初期も、悟空がドラゴンボールを探し求める旅を通して、強敵との戦いや出会いを通して成長していくという、同様の構造を持っています。
この構造的類似性は、ジョセフ・キャンベルの「英雄の旅」という神話学の概念で説明できます。キャンベルは、世界中の神話や物語に共通するパターンを分析し、英雄が日常世界から冒険の世界へ旅立ち、試練を乗り越え、最終的に変容を遂げるという普遍的な物語構造を提唱しました。『西遊記』も『ドラゴンボール』も、この「英雄の旅」のパターンに合致しており、読者の潜在意識に訴えかける力を持っています。
孫悟空というキャラクター:原型と変容
主人公の孫悟空は、『西遊記』に登場する孫悟空をモチーフにしています。
- 名前: 主人公の名前自体が『西遊記』の主人公と同じであることは、最も直接的な繋がりです。これは、読者に『西遊記』の孫悟空のイメージを想起させ、物語への導入を容易にする効果があります。
- 外見: 初期デザインの悟空は、髪型や服装など、『西遊記』の孫悟空を彷彿とさせるものでした。特に、初期の悟空は、獣のような野性的なイメージを持っており、『西遊記』の孫悟空の自由奔放な性格を反映しています。
- 性格: 好奇心旺盛で、純粋で、時に無鉄砲な性格も、『西遊記』の孫悟空の特徴を受け継いでいます。しかし、『ドラゴンボール』の悟空は、『西遊記』の孫悟空とは異なる進化を遂げていきます。
『西遊記』の孫悟空は、天界に反抗し、仏教の教えに従うことで、最終的には仏の境地に至ります。一方、『ドラゴンボール』の悟空は、強さを追求し、強敵との戦いを通して成長していきます。この違いは、物語のテーマの違いを反映しています。『西遊記』が精神的な悟りを追求する物語であるのに対し、『ドラゴンボール』は、肉体的な強さを追求する物語であると言えるでしょう。
この変容は、ミシェル・フーコーの「権力と知識」という概念で読み解くことができます。フーコーは、権力と知識は相互に依存し、社会的な規範や価値観を形成すると主張しました。『ドラゴンボール』における悟空の変容は、社会的な規範や価値観の変化を反映していると解釈できます。初期の悟空は、社会的な規範に縛られない自由な存在でしたが、物語が進むにつれて、強さを追求する中で、社会的な責任や義務を意識するようになります。
初期『ドラゴンボール』に見られる具体的な西遊記要素:象徴性と機能
初期の『ドラゴンボール』には、単に主人公の名前や性格だけでなく、物語の展開やアイテムなど、様々な形で西遊記要素が見られます。
- 筋斗雲: 悟空が移動手段として使用する筋斗雲は、『西遊記』に登場する孫悟空の乗り物です。初期の『ドラゴンボール』では、悟空が筋斗雲に乗って空を飛び回るシーンが頻繁に描かれていました。筋斗雲は、単なる移動手段ではなく、悟空の自由奔放な性格や、常識にとらわれない行動を象徴しています。
- 如意棒: 悟空が武器として使用する如意棒も、『西遊記』に登場する孫悟空の武器です。初期の『ドラゴンボール』では、悟空が如意棒を自在に操り、敵を倒すシーンが見られました。如意棒は、悟空の潜在能力や、未知なる可能性を象徴しています。
- 旅の目的: 悟空が旅をする目的も、『西遊記』の孫悟空が三蔵法師と共に西へ旅をする目的と共通点があります。初期の『ドラゴンボール』では、悟空がドラゴンボールを探し求める旅を通して、様々な経験を積み、成長していきます。この旅は、悟空の自己探求の旅であり、自己実現の旅でもあります。
- 妖怪や魔物: 物語に登場する妖怪や魔物も、『西遊記』に登場する妖怪や魔物を彷彿とさせるものが多く存在します。これらの妖怪や魔物は、悟空の成長を阻む試練であり、悟空が克服すべき課題を象徴しています。
これらの要素は、初期の『ドラゴンボール』に独特の雰囲気を与え、読者を物語の世界へと引き込む役割を果たしていました。また、これらの要素は、物語のテーマを深め、読者に様々な解釈の余地を与える効果も持っていました。
バトルアクションへのシフトと西遊記要素の薄れ:物語の進化と普遍性
物語が進むにつれて、『ドラゴンボール』はバトルアクション漫画としての側面を強めていきます。悟空は、より強力な敵との戦いを通して、自身の限界を超え、成長していきます。
- 戦闘スタイルの変化: 如意棒の使用頻度が減り、悟空独自の戦闘スタイルが確立されていきます。これは、悟空が自己の潜在能力を最大限に引き出し、独自の強さを確立していく過程を反映しています。
- パワーインフレ: 敵の強さが増し、悟空もそれに合わせてパワーアップしていくことで、物語のスケールが拡大していきます。このパワーインフレは、読者の期待に応え、物語を盛り上げる効果があります。
- 西遊記要素の希薄化: 筋斗雲や如意棒などのアイテムの使用頻度が減り、物語の焦点がバトルアクションに移っていくことで、西遊記要素は徐々に薄れていきます。しかし、初期の西遊記要素は、『ドラゴンボール』の根幹を形成する重要な要素であり、その後の物語展開にも影響を与えています。
このシフトは、ジャン・ボードリヤールの「シミュレーションとシミュラクル」という概念で説明できます。ボードリヤールは、現代社会において、現実がシミュレーションによって覆い隠され、現実と虚構の区別が曖昧になっていると主張しました。『ドラゴンボール』におけるバトルアクションへのシフトは、現実の戦闘をシミュレーションしたものであり、読者に興奮と感動を与えます。しかし、その背後には、初期の西遊記要素という現実が隠されているのです。
まとめ:西遊記要素は『ドラゴンボール』の原点 – 普遍的物語の再構築
『ドラゴンボール』初期における西遊記要素の多さは、単なるオマージュにとどまらず、物語の根幹を形成する重要な要素でした。悟空のキャラクター設定、物語の展開、アイテムなど、様々な形で西遊記要素が見られ、読者を物語の世界へと引き込みました。
現代の読目線で見ると、バトルアクション漫画としての側面が強く印象付けられている『ドラゴンボール』ですが、その出発点は、中国古典『西遊記』への深い敬意と愛情に支えられていたのです。改めて初期の『ドラゴンボール』を読み返すことで、その原点に触れることができるでしょう。
『ドラゴンボール』は、西遊記という古典的な物語を基盤としつつ、現代的な要素を取り入れ、独自の進化を遂げた作品です。その成功は、普遍的な物語構造と、魅力的なキャラクター、そして迫力のあるバトルアクションの組み合わせによって支えられています。
『ドラゴンボール』の世界観をより深く理解するためには、原作だけでなく、『西遊記』にも触れてみることをおすすめします。それぞれの作品を比較することで、『ドラゴンボール』の魅力がさらに増すはずです。そして、物語の根源にある普遍的なテーマを理解することで、より深く『ドラゴンボール』の世界を楽しむことができるでしょう。


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