「最近、ドコモの電波、つながりにくいよね?」——もしあなたがこのような会話を耳にしたり、実際にスマートフォンで「圏外」表示や「パケ詰まり」を体験したりしたことがあるなら、それは決してあなただけの感覚ではありません。かつて「つながりやすさのドコモ」と称され、日本のモバイル通信を牽引してきたNTTドコモの通信品質が、ここ数年で大きく揺らぎ、多くのユーザー間で懸念が共有される事態となっています。
本日は2025年9月2日。この数年間の動向をプロの視点から深掘りすると、ドコモの通信品質低下は一時的な現象に留まらず、同社の過去の組織構造や調達戦略に起因する構造的な課題が背景にあったことが浮き彫りになります。しかし、このような厳しい状況に対し、ドコモは巨額の投資と抜本的な戦略転換によって改善を強力に推進しています。その成果がユーザー体験として完全に具現化され、全国的に均一な「快適さ」として浸透するには時間を要するものの、未来に向けた着実な改善の兆しは明確に見えていると言えるでしょう。
この記事では、ドコモが直面した通信品質問題の深層、その背後にある技術的・組織的要因、そして同社が現在進行形で取り組む多角的な巻き返し戦略を専門的な視点から詳細に分析し、未来の「つながりやすさ」がどのように再構築されようとしているのかを解説します。
1. 共通認識としての通信品質低下:SNSと企業内部の声が示す現実
2023年、SNSを席巻した「ドコモ、つながらない」という声は、単なる個人の不満に留まらない広範な現象でした。これは、かつての「高品質なドコモ」というイメージとの乖離が、ユーザーに強い不満として認識された結果と言えます。
1.1. 2023年に顕在化した通信品質問題の背景と「パケ詰まり」のメカニズム
提供情報が指摘するように、この問題は2023年春頃から特に顕著になりました。
「2023年はNTTドコモの通信品質低下が目立ちました。2023年春ごろからSNSを中心にドコモ回線がつながりにくいという声が頻発する…」
引用元: 意外に根深いドコモの通信品質問題、インフラへの取り組みの違い
この時期に通信品質低下が目立った背景には、5Gサービスの本格展開とスマートフォンの普及によるデータトラフィックの爆発的な増加が挙げられます。特に都市部で頻発した「パケ詰まり」は、データ通信がスムーズに行われず、読み込みが遅くなったり途切れたりする現象を指します。技術的には、基地局と端末間の無線区間、あるいは基地局とコアネットワークを結ぶバックホール回線において、処理能力を超えるデータが集中することで発生します。
ドコモは5Gの展開初期において、既存の4G設備を最大限活用する「NR-NSA (Non-Standalone) モード」を中心にネットワークを構築していました。これは既存の4Gコアネットワークを利用しつつ5Gの電波を組み合わせることで、迅速な5Gエリア拡大を実現するメリットがありますが、一方で、制御信号の一部が4Gコアに集中したり、周波数帯域の再配分が不十分であったりすると、結果的にネットワーク全体の容量不足や輻輳(ふくそう)を引き起こしやすくなります。特に高密度な都市部では、一つの基地局が捌(さば)くべきユーザー数が膨大になり、瞬時のトラフィック増大がパケ詰まりに直結しやすかったと考えられます。ユーザーが体感する「つながらない」とは、単に電波が届かないことだけでなく、電波は届いていてもデータが流れない、つまり実効スループットが著しく低い状態をも含意します。
1.2. 親会社からの不満が示す構造的課題の深層
この問題の根深さは、ユーザーの声だけに留まりませんでした。
「だが周辺地域ではその後も「電波の入りが悪い」「つながりにくい」という声が出ていた。NTT持ち株会社でも、ドコモの通信品質問題について不満を募らせ…」
引用元: 「ゆでガエル状態」だったNTTドコモを復活させた起死回生の策
親会社であるNTT持ち株会社がドコモの通信品質に不満を募らせていたという事実は、この問題が単なる運用上のミスや一時的なトラブルではなく、企業統治、事業戦略、ひいてはグループ全体のブランドイメージと事業継続性に影響を及ぼす構造的な課題として認識されていたことを示唆しています。これは、組織内部から抜本的な改革を促す強力なシグナルであり、従来のやり方からの脱却が求められる状況であったことを裏付けています。通信インフラは国民生活を支える基盤であり、その品質低下は社会的な信頼にも直結するため、親会社としての危機感は相当なものだったと推察されます。
2. 短期的な「エリアチューニング」と巨額投資:緊急対策とその限界
ユーザーや親会社からの強い批判を受け、ドコモは迅速な対応を迫られました。しかし、初期の対策と大規模な投資には、それぞれに技術的な意義と限界が存在しました。
2.1. 初期対応「エリアチューニング」の技術的意義と限界
ドコモはまず、現状のネットワークを最大限に活用する短期的な対策に着手しました。
「NTTドコモの回線品質が低下している問題について、継続的に実施しているエリアチューニングを2023年夏までに対策を完了させると発表した。ここ最近、同社のモバイル回線において「データが流れない」「つながらない」などの声がSNSで数多く確認されている。」
引用元: 「ドコモ回線がつながりにくい」問題、夏までに対策へ 「SNSの声は認識している」
「エリアチューニング」とは、具体的には基地局のアンテナのチルト角(傾斜角)や出力調整、セクター構成の変更、隣接する基地局との干渉抑制といった、既存設備の最適化作業を指します。これにより、特定のエリアで電波の飛び方を調整し、カバレッジ(電波到達範囲)の穴を埋めたり、局地的な輻輳を緩和したりする効果が期待されます。しかし、エリアチューニングは既存のハードウェアリソースの範囲内での最適化であり、根本的な容量不足を解決するものではありません。例えば、あるエリアの電波を強化すれば、別のエリアの電波が弱くなったり、干渉が増えたりする可能性もあります。高トラフィックエリアにおけるユーザー数の継続的な増加に対しては、抜本的な設備増強なしには限界があると言えます。
2.2. 300億円の巨額投資:戦略的設備拡充の意義
こうした短期対策の限界を認識し、ドコモはより大規模な投資へと舵を切りました。
「NTTドコモは10日、データ通信の品質改善に300億円を投じると発表した。…全国約2000カ所のエリアに加えて鉄道沿線でも集中的に対策を進め、つながりにくさを早期に解消する。」
引用元: ドコモ、通信品質改善に300億円 2000カ所で設備拡充 – 日本経済新聞
300億円という投資規模は、移動体通信業界における設備投資額としては決して少なくありません。この資金を投じて「全国約2000カ所」と「鉄道沿線」に集中的に設備を拡充するという戦略は、データトラフィックが集中しやすく、ユーザーの移動中に通信品質の低下が顕在化しやすいエリアをピンポイントで狙ったものです。具体的な対策としては、以下のような技術的改善が含まれると考えられます。
- 基地局の増設: 特に高トラフィックエリアでの容量確保。
- MIMO (Multi-Input Multi-Output) 技術の強化: 複数のアンテナを用いて同時送受信することで、通信速度と安定性を向上。
- キャリアアグリゲーション (CA) の拡大: 複数の周波数帯を束ねて利用することで、より広帯域での高速通信を実現。
- 小セル基地局 (Small Cell) の導入: 屋内や局所的な密集エリアで、きめ細やかな電波供給と容量増強を行う。
これらの対策は、無線区間のボトルネック解消と容量増強を目的としたものであり、短期的なエリアチューニングに比べてより根本的な改善を目指すものです。
2.3. ドコモの「大幅改善」報告とユーザー体感の乖離
ドコモは、これらの集中対策の進捗について、「大幅改善」を報告しました。
「NTTドコモは、通信サービス品質の改善に関する説明会を開催し、2023年12月までの集中対策により「通信サービス品質が大きく改善した」と報告した。」
引用元: ドコモ、ネットワーク品質を「大幅改善」と報告 対策は9割完了
しかし、この発表後もユーザーからは疑問の声が上がりました。
「2023年初頭から、ドコモの通信品質の低下が指摘されてきた。それに対しドコモは各種対策を続けていくと発表したが、未だに「つながりにくい」という声が聞かれる。」
引用元: 通信品質は本当に改善したのか? ポジティブな話題が少ない
この「大幅改善」という企業側の評価と、ユーザーの「つながりにくい」という体感の乖離は、通信サービスにおけるKPI (Key Performance Indicator) とQoE (Quality of Experience) の違いに起因することが多いです。企業は一般に、スループット(通信速度)、遅延、パケットロス率、接続成功率といった客観的なKPIを測定し、その改善をもって品質向上を判断します。しかし、ユーザーのQoEは、これらの数値だけでなく、場所(屋内/屋外)、時間帯、利用している端末の性能、周囲の電波環境、そして心理的な期待値など、多岐にわたる要因によって形成されます。
全国で2000カ所での対策は確かに大規模ですが、日本の広大な地理と膨大なユーザー数を考えると、全てのユーザーが即座に改善を体感できるわけではありません。特定の高トラフィック地点では改善が見られても、移動中や建物内、あるいは自身の生活圏の特定の場所で未だ問題が残る、といった状況は十分に起こりえます。通信品質の改善は「いたちごっこ」になりやすく、トラフィックが常に変動し続けるため、永続的な対策が求められる領域なのです。
3. 「ゆでガエル」からの覚醒:構造改革と海外ベンダー戦略
ドコモが長年培ってきた企業体質、特に通信機器の調達戦略が、今回の品質問題の根本原因の一つとして指摘されています。そして、ここには「ゆでガエル」状態からの脱却という、企業組織論的な側面も見られます。
3.1. 国内ベンダー偏重の功罪と戦略転換の必然性
ドコモの通信品質問題の根本原因の一つとして、以下の点が挙げられています。
「「ドコモがつながらない」根本原因–国内ベンダーからの脱却は必然…これまで富士通やNECといった国内ベンダーを中心に調達を行なっていたが、それをエリクソンやノキアにしていくというものだ。」
引用元: 「ドコモがつながらない」根本原因–国内ベンダーからの脱却は必然
これまでドコモは、富士通やNECといった国内メーカーを中心に通信機器を調達してきました。この国内ベンダー偏重は、以下のような歴史的背景と利点をもたらしました。
* 共同開発とカスタマイズ性: ドコモの要件に合わせたきめ細やかな製品開発が可能。
* 信頼性とセキュリティ: 国内サプライチェーンによる安定供給と情報セキュリティへの安心感。
* 技術協力: 世界に先駆けた3G (FOMA) や4G (Xi) などの技術開発における協力体制。
しかし、グローバル競争が激化する中で、この戦略は次第にデメリットをもたらすようになりました。
* コスト競争力: 世界市場でスケールメリットを追求する海外ベンダーに比べ、コスト面で不利になる可能性。
* 技術革新の速度: グローバルベンダーが持つR&D投資規模と世界中の事例から得られる知見に劣る可能性。
* エコシステムの多様性不足: 特定ベンダーへの依存が、技術選択の幅を狭め、リスクを集中させる。
エリクソン(Ericsson)やノキア(Nokia)といった海外ベンダーは、無線アクセスネットワーク (RAN: Radio Access Network) 市場において世界的なシェアを持ち、大規模な研究開発投資、多様な製品ポートフォリオ、そして世界中の膨大な導入実績を誇ります。これらのベンダーは、最新の5G技術(例えばMassive MIMOやビームフォーミングの高度な実装)や、RAN仮想化技術 (vRAN) において先行するケースも多く見られます。ドコモがこうした海外ベンダーへの切り替えを進めることは、コスト効率の向上、最新技術の迅速な導入、サプライチェーンの多様化を通じたリスク分散、そしてひいては通信品質のグローバルスタンダードへの追従と競争力強化を目的とした、まさに「必然」の戦略転換と言えるでしょう。
3.2. NTT完全子会社化が促した「ゆでガエル状態」からの脱却
日経ビジネスが「ゆでガエル状態」と表現したように、長年の成功体験は時に組織の変革能力を鈍化させることがあります。ドコモはかつて、他を寄せ付けない圧倒的な技術力とカバレッジで市場をリードしてきましたが、スマートフォンの普及、データ通信の急増、MVNOの台頭、そして料金競争の激化といった外部環境の変化に対し、意思決定の速度や戦略転換の柔軟性に課題を抱えていた可能性が指摘されています。
NTTによるドコモの完全子会社化(2020年)は、この「ゆでガエル状態」からの脱却を促す「荒療治」だったと評価されています。親会社が100%株式を保有することで、グループ全体の戦略がより一体化し、迅速な意思決定と資源配分が可能になります。これにより、ドコモは長年の慣習にとらわれず、抜本的な調達戦略の見直しや大規模な投資を断行できるようになったと言えるでしょう。このガバナンス改革は、技術的な改善だけでなく、企業の体質そのものを刷新し、新たな競争環境に適応するための基盤を築く上で極めて重要な意味を持っています。
4. 未来への投資:5Gの深化と革新技術の導入
ドコモは、過去の課題を克服し、未来の通信インフラをリードするために、5Gの深化と最先端技術の開発にも余念がありません。
4.1. 2025年度に向けた5G戦略:エリア拡大と高速化の追求
ドコモは2025年度に向けて、さらなる飛躍を誓っています。
「2025年度は、5G(Sub6+4G周波数帯)基地局数の増強や最新技術を活用し、5Gエリアの更なる拡大・高速化を実現します。場所や時間を問わず快適な通信環境をご提供すること…」
引用元: 2025年度 ドコモの通信改善 取組み宣言 | 通信・エリア | NTTドコモ
ここで言及されている「5G(Sub6+4G周波数帯)」とは、5Gの主要な周波数帯であるSub6帯(3.7GHz帯、4.5GHz帯など)の基地局を増強するとともに、既存の4Gで利用されている周波数帯を5Gにも転用するDSS (Dynamic Spectrum Sharing) 技術を活用する戦略を指します。DSSは、4Gと5Gで同じ周波数帯を柔軟に共有することで、5Gのカバレッジを効率的に拡大できるメリットがあります。
また、「最新技術を活用し、5Gエリアの更なる拡大・高速化」の背後には、5G SA (Standalone) への本格移行が視野に入っていると考えられます。5G SAは、4Gコアネットワークに依存せず、5G専用のコアネットワークを用いることで、5G本来の性能である「超低遅延」「多数同時接続」「ネットワークスライシング」といった機能をフルに活用できるようになります。これにより、自動運転、遠隔医療、スマート工場など、産業用途における新たな価値創造や、より快適で安定したユーザー体験の提供が可能となります。
4.2. 先進技術「分散MIMO」の開発:移動体通信の品質向上へ
ドコモは、将来を見据えた研究開発にも注力しています。
「NTT、ドコモ、NECの3社は、基地局から複数のアンテナを分散配置する40GHz帯分散MIMOにおいて、適切な…」
引用元: NTT・ドコモ・NEC 高速移動時でも通信品質の低下を抑える技術の開発に成功
この「分散MIMO」は、特に未来のモバイル通信において重要な技術です。MIMO(Multi-Input Multi-Output)は、基地局と端末それぞれが複数のアンテナを持つことで、複数のデータストリームを同時に送受信し、通信速度や効率を向上させる技術です。Massive MIMOは、さらに多くのアンテナを基地局に集積することで、多数のユーザーに同時接続し、個別最適なビームを形成する技術として5Gで活用されています。
「分散MIMO」は、Massive MIMOの進化形とも言え、複数のアンテナを基地局の同一箇所に集めるのではなく、地理的に分散配置するものです。これにより、電波の伝搬特性を改善し、特に高周波数帯(例として引用にある40GHz帯のミリ波)の課題を克服しようとしています。40GHz帯のようなミリ波は、非常に高速なデータ通信が可能ですが、直進性が強く、建物や人体による遮蔽に弱く、伝搬損失が大きいという欠点があります。分散MIMOは、アンテナを分散配置することで、カバレッジの穴を埋め、電波の回り込みを改善し、高速移動中の端末(電車や自動車など)に対する接続安定性を劇的に向上させる効果が期待できます。高速移動体では、ドップラー効果により通信品質が低下しやすいという課題がありますが、分散MIMOは複数の経路からの信号を組み合わせることで、この課題を克服し、よりロバストな通信環境を提供する可能性を秘めています。
この技術開発にNTTとNECが共同で取り組むことは、日本の通信技術の国際競争力を維持・強化する上でも重要な意味を持ちます。海外ベンダーへの依存度を高める一方で、国内の研究開発力を維持し、次世代通信技術のイニシアティブを取ろうとするドコモの戦略が垣間見えます。
5. まとめと展望:ユーザー体感と未来の「つながりやすさ」
今日の記事では、2023年に顕在化したドコモの通信品質問題が、単なる一過性の現象ではなく、5G展開初期の課題、データトラフィックの爆発的な増加、そして長年の国内ベンダー偏重といった構造的課題に起因していたことを詳細に分析しました。しかし、この厳しい状況に対し、ドコモは親会社の圧力とユーザーの批判を真摯に受け止め、300億円規模の巨額投資、海外ベンダーへの戦略的切り替え、そして分散MIMOのような最先端技術の開発を通じて、抜本的な巻き返しを図っています。
冒頭で述べた結論を再確認するならば、ドコモの通信品質低下は事実として広く認識されましたが、同社はその根本原因に向き合い、既に大規模な改善投資と戦略転換を強力に推進中です。これらの取り組みは着実に進捗しており、その成果がユーザー体験として完全に具現化され、全国的に均一な「快適さ」として浸透するには時間を要するものの、未来に向けた改善の兆しは明確に見えています。
ユーザーが通信品質を評価する際には、自身の利用環境(都市部か地方か、屋内か屋外か)、時間帯、利用している端末のスペック、そしてその時のネットワーク負荷など、多角的な要因が影響することを理解しておくことが重要です。企業が公表するKPIの改善が、必ずしも個々のユーザーのQoEに直結するわけではないというギャップも意識すべきでしょう。
今後のドコモは、5G SAの本格展開、6Gに向けたロードマップの具体化、そして常に増え続けるデータトラフィックへの継続的な対応が課題となります。競争が激化する通信業界において、ドコモがかつての「つながりやすさ」を取り戻し、さらに一歩進んだ「快適さ」を提供できるか、その動向には引き続き注目が集まります。
私たち消費者も、自身の通信ニーズに最も適したキャリアやプランを賢く選択するために、常に最新の情報をキャッチアップし、各キャリアのサービス品質や技術動向を比較検討することが求められます。未来の「つながりやすさ」は、単なる高速通信に留まらず、安定性、低遅延、そして個々の利用シーンに最適化された総合的な体験によって定義される時代へと進化していくでしょう。
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