2025年11月7日に発表された携帯電話大手3社の2025年度中間決算は、業界に静かな波紋を広げました。KDDIとソフトバンクが堅調な増収増益を記録する一方で、NTTドコモのみが減益という結果に終わったのです。この一見単純な結果の背後には、競争激化、戦略的投資、そしてレガシーシステムからの脱却という、複雑に絡み合った要因が存在します。本記事では、専門的な視点からこの「ドコモだけ減益」の真相を詳細に分析し、その深層にあるメカニズムと業界の将来展望について多角的に考察します。
結論:ドコモの減益は、市場シェア維持のための「コスト集約型戦略」と、未来の成長に向けた「先行投資」という二重の負担によるものであり、他社との比較においては、その投資構造の違いが明確に表れた結果と言えます。
1. 激化する顧客獲得競争:シェア維持のための「コスト集約型戦略」の現実
ドコモの減益の主因として、まず挙げられるのが、携帯電話市場における激化する顧客獲得競争です。提供情報では、この状況が以下のように指摘されています。
「携帯電話大手3社の2025年9月中間連結決算(国際会計基準)は、KDDIとソフトバンクが増収増益となる一方、NTTドコモが2桁の減益となった。ドコモは顧客獲得や通信品質改善のための費用がかさみ、利益を押し下げる状況が続いている。」
引用元: 【悲報】携帯大手、ドコモだけ減益 【携帯電話大手3社の2025年9月中間決算】(livedoor Blog)
この引用は、ドコモが「顧客獲得」のために追加的な費用を負担していることを明確に示しています。携帯電話市場は成熟期を迎え、新規顧客の獲得が困難になるにつれて、既存顧客の維持、すなわち「シェア維持」の重要性が増しています。シェア維持のためには、以下のような多岐にわたるコストが発生します。
- 料金プランの競争力強化: 新たな低価格プランの導入、既存プランの改定、データ容量の増量など、顧客にとって魅力的な条件を提示するためのコスト。
- キャンペーン・プロモーション: 新規契約者やMNP(Mobile Number Portability:携帯電話番号ポータビリティ)獲得のためのキャッシュバック、端末割引、ポイント付与など、多額のインセンティブ費用。
- 顧客サポート体制の拡充: 問い合わせ対応の迅速化、オンラインサポートの充実、店舗でのきめ細やかなサービス提供など、顧客満足度向上のための人的・システム的投資。
これらの施策は、競合他社との差別化を図り、顧客の流出を防ぐために不可欠ですが、直接的に収益を圧迫する要因となります。特に、ドコモが長年、旧来からの高所得者層を主要顧客としてきた歴史を持つことを踏まえると、低価格帯を求める新規顧客層や、MVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)から顧客を奪い返そうとする際に、より一層のコスト負担が生じやすい構造にあると言えます。これは、大手ブランドとしての「安心感」や「信頼性」を維持しながら、変化する市場ニーズに対応するための、ある種の「ブランド維持コスト」とも解釈できます。
2. 「通信品質の改善」という名の「先行投資」:競合優位性の再構築
ドコモの減益要因として、通信品質改善のための費用負担も、看過できない重要な要素です。
「ドコモは顧客獲得や通信品質改善のための費用がかさみ、利益を押し下げる状況が続いている。ドコモは都市部などで通信品質の改善が課題となり、競合他社に顧客が流出している。基地局の整備や量販店での営業強化などの費用も負担となり、本業のもうけを示す営業利益は前年同期比14・2%減の4747億円に落ち込んだ。」
引用元: 【悲報】携帯大手、ドコモだけ減益 【携帯電話大手3社の2025年9月中間決算】(livedoor Blog)
この引用は、ドコモが「都市部などでの通信品質の課題」を認識しており、それを解消するために投資を行っていることを示唆しています。通信品質、特に5G(第5世代移動通信システム)のエリアカバー率や通信速度、安定性は、現代のスマートフォンユーザーにとって、料金プランと並ぶ重要な選択基準です。
ドコモが都市部での通信品質改善に注力している背景には、以下のような要因が考えられます。
- 5Gインフラ整備の遅延: 競合他社と比較して、特定のエリアでの5G展開が遅れている、あるいは、より広範なエリアでの高速・安定通信を実現するための追加投資が必要となっている可能性。
- データトラフィックの増大: 動画視聴、オンラインゲーム、リモートワークの普及などにより、データ通信量が爆発的に増加しており、既存のインフラでは対応しきれない局所的な帯域不足が生じている。
- 技術進化への追随: 5G Advancedや将来的な6Gを見据えた技術開発・インフラ投資は、長期的な競争優位性を確保するために不可欠であり、そのための先行投資が利益を圧迫している。
「基地局の整備」は、莫大な設備投資を伴う長期的なプロジェクトです。特に、人口密集地である都市部では、設置場所の確保や景観への配慮、電波干渉の調整など、インフラ整備そのものが技術的・社会的な課題を伴います。これらの投資は、短期的な収益には直結しない「先行投資」ですが、将来の収益基盤を確固たるものにするためには不可欠です。ドコモの営業利益が14.2%減という具体的な数値を挙げている点からも、この品質改善投資が相当な規模であることが伺えます。
3. 意外な落とし穴:NTTグループ全体を揺るがす「固定回線」からのコスト増加
ドコモ単体の問題だけでなく、NTTグループ全体、特に固定回線事業からのコスト増加が、ドコモの決算にも影響を与えているという視点も重要です。
「営業利益は、モバイル、固定回線における通信サービス収入の減に加え、NTTドコモにおける顧客基盤強化に向けたコスト投下、NTT東日本・NTT西日本における」
引用元: 2024年度第1四半期決算について | 社長記者会見 | 会社案内 | NTT
この引用の後半部分が途切れていますが、NTTグループ全体の決算説明資料などから、その文脈を補完することが可能です。NTTグループは、旧来のPSTN(Public Switched Telephone Network:公衆交換電話網)から、IPネットワークへの移行(PSTNマイグレーション)を段階的に進めています。このPSTNマイグレーションは、NTTグループにとって、レガシーシステムからの脱却と、より効率的で柔軟なネットワーク基盤への移行という、長期的な経営戦略の根幹をなすものです。
しかし、この移行プロセスには、以下のような多大なコストが発生します。
- 既存設備の維持・減価償却費: 新IP網への移行が進む一方で、まだ稼働しているPSTN関連設備の維持管理費や減価償却費は発生し続けます。
- 新規IPネットワーク構築・保守費用: 新たにIPネットワークを構築するための設備投資、ソフトウェア開発、保守・運用体制の整備に巨額の費用がかかります。
- 移行に伴うシステム改修: 顧客管理システム、課金システム、各種サービス基盤など、通信網の変更に伴うシステム改修も大規模かつ複雑な作業となります。
- 従業員のリスキリング・再配置: ネットワーク技術の変化に対応するための従業員の再教育や、組織再編に伴うコストも無視できません。
NTT東日本・NTT西日本といった地域通信事業者は、このPSTNマイグレーションの最前線にあり、そのコスト負担はグループ全体に波及します。NTTドコモは、NTTグループのモバイル通信事業の中核を担っていますが、グループ全体の財務健全性を維持するため、また、NTTグループが一体となったサービス提供を実現するためにも、これらの固定回線事業からのコスト負担の影響を、間接的に、あるいは直接的に受けていると考えられます。これは、家庭をリフォームする際に、大家族全員がそれぞれの部屋の改修費用を分担するようなイメージです。
4. 他社はどうしてる?KDDIとソフトバンクの「マルチブランド・最適化戦略」
一方、KDDIとソフトバンクが増収増益を記録している背景には、それぞれ独自の戦略があります。
「携帯大手3社の2024年度第2四半期決算でも、KDDIのマルチブランド通信ARPU収入は前年同期比46億円増の7427億円、ソフトバンクのモバイル売上高も前年同期比で122億」
引用元: 携帯大手、ドコモだけ「減益」のなぜ–背景にある複雑な事情 – CNET Japan
この引用は、KDDIの「マルチブランド通信ARPU(Average Revenue Per User:ユーザー一人当たりの平均収入)収入」の増加と、ソフトバンクの「モバイル売上高」の増加が、それぞれの増収増益を牽引していることを示唆しています。
- KDDIのマルチブランド戦略: KDDIは、「au」というメインブランドに加え、「UQ mobile」やオンライン専用ブランド「povo」といったサブブランドを戦略的に展開しています。これにより、高付加価値サービスを求める顧客から、価格重視の顧客まで、幅広い層をカバーし、ARPUの最大化を図っています。特に、「UQ mobile」は、格安SIM市場において高いシェアを獲得しており、顧客獲得の有力なチャネルとなっています。
- ソフトバンクのモバイル売上高増加: ソフトバンクは、MNO(Mobile Network Operator:移動体通信事業者)として、データ通信料収入や端末販売、そしてオンライン専用プラン「LINEMO」の展開などを通じて、モバイル事業全体の売上を伸ばしていると考えられます。近年、ソフトバンクは、ユニバーサルサービス(誰でも等しく通信サービスを受けられる義務)への対応や、地方でのインフラ整備に注力しつつ、法人向けソリューション事業とのシナジーも追求しています。
これらの他社戦略は、ドコモが直面している「シェア維持のためのコスト集約型戦略」とは異なり、より「収益最大化」に重点を置いた、あるいは、多様な顧客セグメントからの「売上創出」に強みを持つ戦略であると分析できます。例えば、KDDIのマルチブランド戦略は、各ブランドのターゲット層に合わせたサービス提供とマーケティングを行うことで、効率的な顧客獲得と収益化を実現していると言えるでしょう。
5. ドコモの未来展望:投資からのリターンと競争環境の行方
今回のドコモの減益は、一時的な現象に留まるのか、それとも長期的な課題の兆候なのか、読者の関心は尽きないところです。しかし、前述したように、ドコモの減益は、単なる業績不振ではなく、将来への「先行投資」という側面を強く持っています。
- 通信品質改善による顧客満足度向上: 基地局整備や技術投資が実を結び、通信品質が大幅に向上すれば、顧客満足度を高め、解約率の低下や新規顧客の獲得に繋がる可能性があります。
- NTTグループシナジーの深化: PSTNマイグレーションが完了し、NTTグループ全体のネットワーク基盤が強化されることで、より低コストで高品質なサービス提供が可能になるかもしれません。また、グループ内の他事業(光回線、法人向けサービス、IoTなど)との連携を強化することで、新たな収益源を創出できる可能性もあります。
- 料金プラン・サービス競争の激化: 市場の成熟化に伴い、料金プランや付加サービスにおける競争は今後も続くと予想されます。ドコモが、これらの競争環境において、どのように「ブランド価値」と「コスト効率」のバランスを取っていくかが、今後の鍵となります。
「販売現場で競争が激化している」という過去の社長の言葉は、携帯電話業界が常に変化の連続であること、そして、現場レベルでの価格競争や顧客獲得競争が極めて熾烈であることを物語っています。ドコモが、この厳しい競争環境の中で、品質向上とコスト削減を両立させ、NTTグループとしての強みを最大限に活かしていくことができるのか。その手腕が問われる局面と言えるでしょう。


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