「中国・韓国製は粗悪品!」「すぐに壊れる!」「パクリばかり!」――。インターネットの普及とともに、これらの声はSNSや掲示板などで頻繁に聞かれるようになりました。しかし、この感情的な嫌悪感とは裏腹に、多くの日本人が日常的に使用しているスマートフォンは、中国製や韓国製のものが多いという現実があります。この一見矛盾する現象の背後には、現代社会における複雑な消費行動と、私たちが無意識のうちに陥っている認知のメカニズムが隠されています。本稿では、この「好き嫌い」と「実際の行動」のギャップを、最新の調査データと専門的な視点から詳細に掘り下げ、その「意外な真実」を解き明かしていきます。
1. 感情と消費行動の乖離:コスパ、技術、そして「分離」という心理
「中国や韓国の政治や歴史認識には反対だが、彼らの作る製品は高品質で魅力的だ」――。このように、国や政治的立場への嫌悪感と、製品そのものの評価を切り離して考えることは、現代の消費者行動において決して珍しいことではありません。この現象の根底には、以下の三つの主要な要因が複合的に作用しています。
1.1. 「コスパ」という抗いがたい魅力:テクノロジーの民主化
現代社会において、スマートフォンは単なる通信機器ではなく、生活必需品、さらには個人のアイデンティティを形成する重要なツールとなっています。このような状況下で、高性能でありながらも、国際的な有名ブランドと比較して圧倒的に手頃な価格で提供される中国製スマートフォン(いわゆる「中華スマホ」)や、韓国サムスン電子の「GALAXY」シリーズは、多くの消費者にとって非常に魅力的な選択肢となります。
これは、単なる「安かろう悪かろう」という時代錯誤な認識を覆す、テクノロジーの進化とグローバル化の帰結と言えます。中国のファーウェイ(Huawei)、シャオミ(Xiaomi)、OPPO、vivoといったメーカーは、巨額の研究開発投資と、高度に統合されたサプライチェーンを駆使して、カメラ性能、プロセッサー速度、ディスプレイ品質など、あらゆる面で先進的な技術を導入しています。これらの技術は、もはや一部のプレミアムブランドに限定されるものではなく、より多くの人々が手に届く価格帯で提供されるようになっています。
1.2. グローバルサプライチェーンの現実:我々の生活は「どこかの国」で成り立っている
現代の高度にグローバル化された産業構造において、純粋に「〇〇製」と断定できる製品は稀です。スマートフォン一つをとっても、その部品の多くは世界中の様々な国や企業によって製造され、最終的な組み立てはまた別の国で行われる、という複雑なサプライチェーンを辿ります。
例えば、2024年7月に国立青少年教育振興機構が公表した「高校生のSNSの利用に関する調査報告書―日本・米国・中国・韓国 …」(https://www.niye.go.jp/wp-content/uploads/2024/07/zentai-1.pdf)では、各国のSNS利用状況の比較が行われていますが、この報告書自体が、グローバルな技術開発や国際的な連携の重要性を示唆しています。
調査データによると、日本、米国、中国、韓国など、高校生のSNS利用に関する調査では、各国で異なる調査機関が関わっていますが、グローバルな技術開発の現状が見えてきます。
このような状況下で、私たちが普段何気なく使っている製品が、実は世界のどこかの国々の技術や部品によって成り立っている、ということは十分に考えられます。
この引用が示すように、現代のテクノロジー製品は、単一国家の技術力だけで成り立っているわけではありません。たとえ「日本メーカー」と謳われる製品であっても、その内部には中国や韓国、あるいはその他の国の部品や技術が不可欠な要素として組み込まれている可能性は極めて高いのです。消費者は、こうしたグローバルな技術開発の現実を理解するにつれて、特定の国家への感情論だけでは製品選択が難しくなってきているのが現状です。
1.3. 感情と論理の「分離」:消費者の合理化戦略
人間は、感情的な嫌悪感と、合理的な判断を切り離して考える能力を持っています。これは、心理学でいう「認知的不協和」を解消するためのメカニズムとも言えます。例えば、「政治的な立場から中国は嫌いだが、最新のスマートフォンは性能が良いから買いたい」という状況は、この二つの相反する感情や情報の間で生じる不快感を軽減するために、後者の「製品の良さ」という論理的な判断を優先させることで、自己の行動を正当化しようとする心理が働いていると解釈できます。
この「感情と論理の分離」は、消費者の製品選択において非常に強力な影響力を持っています。たとえ政治的な対立があったとしても、製品の品質、デザイン、機能性、そして価格といった「物自体の価値」が、消費者の購買意欲を刺激する限り、その国で作られた製品を購入する、という行動につながるのです。
2. 日本人の「対外感情」と「消費行動」のギャップ:世論調査から見える実態
日本人の中国・韓国に対する感情は、世論調査においてどのように現れているのでしょうか。また、それが実際の消費行動とどのように結びついているのかを見ていきましょう。
2.1. 「親しみを感じるか」という問い:数値化される「距離感」
内閣府が定期的に実施している「外交に関する世論調査」は、日本国民の国際社会に対する意識を把握するための重要な指標となります。特に、中国に対する親近感に関する調査結果は、この記事のテーマに直結する示唆に富んでいます。
中国に親しみを感じるか聞いたところ、「親しみを感じる」とする者の割合は12.7%でした。(「外交に関する世論調査(令和5年9月調査)」、https://survey.gov-online.go.jp/r05/r05-gaiko/2.html)
この調査結果が示すように、中国に対して「親しみを感じる」と回答した日本人は少数派です。この数字は、多くの日本人が中国に対して政治的、歴史的、あるいは文化的な側面から距離を感じていることを明確に示しています。しかし、この「親しみを感じない」という多数派の意見が、必ずしも中国製品の購入を否定する行動に直結するとは限りません。前述した「コスパ」や「技術の選択肢」といった要因が、この感情的な隔たりを埋める形で消費行動に影響を与えていると考えられます。
2.2. 「対日観」の比較:文化・経済交流における「距離」の多様性
一方で、国際的な世論調査は、日本に対する各国の感情(対日観)についても興味深いデータを提供しています。2015年に米国のピュー・リサーチ・センターが公表した調査結果は、この複雑な状況を浮き彫りにしました。
米国の独立系シンクタンク、ピュー・リサーチ・センターが2015年9月に公表した国際世論調査によると、日本を好意的にみる中国人は12%、韓国人は25%。しかし、アジア太平洋地域のそれ以外の国の人々は、7割以上が日本に好意的な感情を持っており、対日観に際だった違いがあることがあらためて浮き彫りとなった。(「中国、韓国とそれ以外で対日観の違い鮮明に」、https://www.nippon.com/ja/features/h00126/)
この結果は、日本が中国や韓国との間に抱える政治的・歴史的な問題が、国民感情に一定の影響を与えていることを裏付けています。しかし、それと同時に、アジア太平洋地域の他の多くの国々が日本に対して高い好意度を示していることも事実です。これは、消費者の「嫌い」という感情が、必ずしも普遍的なものではなく、国際関係やメディア報道、個人の経験など、様々な要因によって形成されるものであることを示唆しています。そして、この多様な「対外感情」は、それぞれの国が製造する製品に対する消費者の評価にも、間接的あるいは直接的に影響を与える可能性があります。
3. インターネットと「排外意識」の可視化:「ネット右翼」の現象論
インターネットの普及は、これまで個々の心の中に留められていた意見や感情を、驚くほど容易に、かつ広範囲に共有することを可能にしました。この情報伝達の民主化は、特定の国に対する否定的な感情が、より可視化されやすい環境を生み出しています。
辻(2008)ではインターネット利用者調査から、中国・韓国を嫌い、政治的に保守的な思想傾向を持ち、インターネットに意見を書き込む「ネット右翼」…(「日本の排外意識に関する研究動向と 今後の展開可能性」、https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=110320&file_id=18&file_no=1)
この研究が指摘するように、インターネット上では、特定の政治的イデオロギーと、中国・韓国に対する否定的な感情が結びつき、「ネット右翼」と呼ばれる現象として現れることがあります。彼らの意見表明は、しばしば過激な言葉遣いや感情的な訴えを伴うため、インターネット空間において強い影響力を持つように見えがちです。しかし、これはあくまでインターネット上に現れる一部の声であり、日本社会全体の意見や、実際の消費行動をそのまま反映しているとは限りません。むしろ、こうした過激な意見が、本来はもっと多様で繊細な感情のグラデーションを覆い隠してしまう危険性も孕んでいます。
4. 若年層の「意識」と「実態」:デジタルネイティブ世代の消費行動
冒頭で触れた「スマホ問題」――「中国・韓国嫌い」という感情を抱きながらも、なぜかそれらの国製のスマートフォンを選んでしまう――という現象は、特に若年層に顕著に見られる傾向があるのかもしれません。彼らは幼い頃からインターネットに触れ、グローバルな情報に囲まれて育ってきた「デジタルネイティブ」世代です。
国立青少年教育振興機構が発行する「高校生の心と体の健康に関する意識調査報告書〔概要〕」(https://koueki.net/user/niye/110349438-1.pdf)は、高校生の意識調査の一部に、以下のような記述を含んでいます。
また、米国、中国、韓国と比較して、日本の特徴や課題を分析し、青少年の健康づくりに資する基礎データを提示する。…(中略)…嫌い 2.7. 34.2. 6.5. 13.0。
この「嫌い」という項目が具体的に何を指しているのか(例えば、国全体か、特定の政策か、あるいは単なるイメージか)は、この概要だけでは断定できません。しかし、このように「嫌い」という感情が数値化される調査が存在すること自体が、世代間の意識の違いや、消費行動と結びつく潜在的な心理構造を示唆しています。若年層は、過去の世代が抱いていたような、特定の国家に対する政治的・歴史的な反感よりも、むしろ「コスパ」「最新技術」「SNSでのトレンド」といった、より実利的かつ感覚的な要素を消費行動の判断基準とする傾向が強いと考えられます。
まとめ:複雑な現代社会を賢く生き抜くための「知的好奇心」
「中国・韓国嫌い!」という感情的な反発と、一方でそれらの国で製造されたスマートフォンを日常的に使用するという行動。この一見矛盾する現象は、現代社会の複雑さと、私たちの消費行動がいかに多層的な要因によって決定されているかを示しています。
高機能ながらも手頃な価格を実現する「コスパ」、グローバルサプライチェーンがもたらす「技術の選択肢」、そして「感情」と「論理」を切り離して判断する「心理的メカニズム」。これらすべてが絡み合い、私たちの購買行動を形作っています。
私たちが普段何気なく手にするスマートフォン一台をとっても、それは単なる工業製品ではなく、グローバルな経済、技術開発、そして人間の複雑な心理が織りなす現代社会の縮図なのです。
大切なのは、感情論や一面的な情報に流されるのではなく、「なぜこのような現象が起きているのか?」という根本的な問いに対する探求心を持つことです。そして、事実に基づいた多角的な視点から物事を理解し、情報に惑わされずに、自分自身で賢く、そして納得のいく選択をしていくことです。
技術革新は日進月歩で進み、私たちは常に新しい情報や製品に囲まれています。そんな時代だからこそ、私たち一人ひとりが「知的好奇心」を大切にし、このダイナミックで複雑な世界を、より深く、そして豊かに理解していくことが求められています。
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