2025年11月15日
メジャーリーグの2025年シーズンが幕を閉じ、各賞の発表が熱い議論を呼んでいます。中でも、フィラデルフィア・フィリーズの強打者、カイル・シュワーバー選手が残した記録的な成績にもかかわらず、MVP投票で1位票を獲得できなかったというニュースは、多くの野球ファンの間で大きな反響を呼んでいます。本塁打王と打点王の二冠に輝きながらも、なぜ彼は主要なMVP争いの「蚊帳の外」とされてしまったのでしょうか。その背景と、彼の輝かしい功績を改めて深く掘り下げていきます。
【記事の冒頭結論】
カイル・シュワーバー選手の2025年シーズンにおける驚異的な56本塁打、132打点という打撃成績にもかかわらず、MVP投票で1位票はおろか、上位争いから「蚊帳の外」とされてしまったのは、現代MLBにおけるMVP選考が、従来の純粋な打撃成績(ホームラン数や打点)から、より多角的で複合的な「総合的貢献度」へと価値基準を大きくシフトさせていることの明確な表れです。特に、守備や走塁を含む「ポジションに依存しない全体的な勝利への貢献度(WAR)」、そして大谷翔平選手に象徴されるような「唯一無二の稀少性(二刀流)」が極めて高く評価される時代に突入したことで、純粋な打棒の卓越性だけではMVP獲得が極めて困難になった現実を突きつけています。シュワーバーの功績は歴史的であるものの、MVPの定義そのものが変革期にある中で、彼のプレースタイルが現代の評価基準と完全に合致しなかったと言えるでしょう。
圧倒的な打棒、それでも届かなかったMVP:数字が語る「不遇」
今シーズン、カイル・シュワーバー選手はまさに圧巻の打撃を見せつけました。56本塁打、そしてメジャー最多となる132打点という驚異的な数字を叩き出し、ナショナル・リーグの打撃部門を牽引する存在となりました。特に、ドジャースの大谷翔平選手による3年連続本塁打王の偉業を阻止したことは、彼の打棒がいかに抜きん出ていたかを物語っています。シーズン序盤からアーチを量産し、一部メディアやファンの間ではMVP候補の一角として期待する声も聞かれました。
しかし、11月13日(日本時間14日)に全米野球記者協会(BBWAA)によって発表された最優秀選手賞(MVP)の選考結果は、多くのシュワーバーファンに衝撃を与えました。ドジャースの大谷翔平選手が自身4度目となるMVPに選出された一方で、シュワーバー選手には1位票が全く入らなかったのです。この結果を受け、「さすがに可哀想」「ここまでやってもダメなのか……という絶望感がある」といった同情の声が、SNSやファンコミュニティで多数寄せられました。これは、多くの野球ファンが抱く「MVP=チームを牽引する最高の打者」という伝統的な認識と、現代の選考基準との間に生じたギャップを浮き彫りにする出来事でした。
「蚊帳の外」とされた要因の深掘り:MVP選考の多層的評価基準
シュワーバー選手の記録的な成績をもってしてもMVP票を得られなかった背景には、MLBのMVP選考における複数の評価軸、特にセイバーメトリクスの浸透と、特定の選手の存在が大きく影響していると考えられます。これは、前述の冒頭結論が示す「MVP定義の変革」を具体的に裏付けるものです。
1. 総合的貢献度(WAR)とポジションによる評価バイアス:DHという宿命
MVPは単に本塁打数や打点数といった特定の打撃指標だけでなく、打率、出塁率、OPS(出塁率+長打率)、そして守備や走塁を含めた総合的な貢献度を示すWAR(Wins Above Replacement:代替可能選手と比較してチームにもたらした勝利数)など、多角的なデータに基づいて評価されます。
シュワーバー選手は強力な長打力を持ち味とする一方、打率に関しては他のMVP候補と比較して課題と指摘されることもありました。2割台前半の打率(例えば.220-.240程度)は、他の打撃指標が優れていても、視覚的な印象や伝統的な評価軸ではマイナスに働く可能性があります。しかし、より専門的に見れば、彼の価値は「四球を選べる選球眼」と「一発で試合の流れを変える長打力」に集約されます。高い出塁率(OBP)と長打率(SLG)を組み合わせたOPSや、パークファクターを考慮した打者の総合評価指標であるwRC+(Weighted Runs Created Plus)などでは、その価値は高く評価される傾向にあります。
しかし、最も大きな要因の一つは、彼が指名打者(DH)としての出場が主であった点です。WARの算出において、DHは守備機会がないため、守備貢献がゼロとされるだけでなく、そのポジション自体に「平均的な守備のある野手と比較して、チームの勝利貢献を押し下げる」というポジション調整のマイナス補正がかかります。これは、同じ打撃成績を残しても、守備負担の大きい遊撃手や中堅手などと比較すると、WARが必然的に低くなることを意味します。例えば、打撃だけで高いWARを稼ぐDHの選手であっても、トップクラスのMVP候補となるためには、他のポジションの選手よりもさらに圧倒的な打撃成績が要求されるのが現代の評価基準です。過去にデビッド・オルティス(2004-2007年頃の評価)やエドガー・マルティネス(殿堂入りしているDH)のようなDHのレジェンドが存在するものの、彼らがMVP争いの中心に常にいたわけではないという歴史的事実も、このポジションバイアスを裏付けています。
2. 大谷翔平選手の「二刀流」という特別な存在:MVP選考基準の再定義
今シーズンのMVP争いを語る上で、大谷翔平選手の存在は不可欠です。彼は投手としても打者としてもMLBトップクラスの成績を残す「二刀流」選手として、野球界に唯一無二の価値をもたらしています。大谷選手が打撃部門でシュワーバー選手に本塁打王を譲ったとはいえ、投手としての活躍(先発ローテーションとして投球回数、防御率、奪三振率、FIPなどの質も加味)も加味した総合的なWARやOPSなどの指標では、依然として圧倒的な優位性を示していたと推測されます。
大谷選手のWARは、打者としてのWARと投手としてのWARを合算したものであり、単一ポジションの選手が到達しうる数値とは根本的に異なるレベルにあります。彼は、MLBにおいて「打つ」「投げる」という野球の根幹をなす二つの行為を、それぞれ最高峰のレベルでこなすことで、MVP選考における「最も価値のある選手」という定義そのものを事実上、再定義してしまったと言えるでしょう。これにより、記者の投票行動は「過去の偉大な打者や投手との比較」から、「大谷翔平という特異点がいかに唯一無二の価値をもたらしているか」という視点へとシフトせざるを得なくなりました。このような特別な選手と比較される中で、シュワーバー選手の純粋な打撃成績がいかに傑出していても、MVPの座を獲得することは非常に困難であったと言えるでしょう。彼の打撃は「最高の打者」の域に達していましたが、MVPは「最高の価値を持つ選手」であり、その価値の定義が大きく変わった時代に直面したのです。
3. MLBの「コマーシャル」な側面:話題性とグローバルアピールの影響
一部の意見では、MVP選考には「MLBのコマーシャル的な要素」も含まれるという指摘もあります。つまり、リーグ全体の顔として、より広範な影響力や話題性を持つ選手が選ばれやすい傾向があるという見方です。これは、野球というスポーツがエンターテインメントビジネスである以上、避けられない側面かもしれません。
この点においても、大谷選手の持つ世界的な注目度や、日本をはじめとするアジア市場への影響力、そしてメディア露出の多さは、彼をさらに有利な立場に置いた可能性があります。彼の「二刀流」という歴史的偉業は、野球ファンだけでなく、一般層にも波及する話題性を持っており、MLB全体の活性化に貢献しています。BBWAA記者がこれらの要素を直接的に投票理由にすると明言することはありませんが、潜在意識の中で「リーグの顔」としてのインパクトや将来的な影響を評価に含めている可能性は否定できません。これは、シュワーバー選手の「リーグ最高峰の打撃」という功績が、大谷選手の「野球界の常識を覆す存在」というインパクトと比較された際に、記者の心証に差を生んだ可能性を示唆しています。
称賛されるべきシュワーバー選手の真価:セイバーメトリクスが示す隠れた価値と選手間評価
BBWAAのMVPには届かなかったものの、シュワーバー選手が今シーズン残した功績は決して色褪せるものではありません。彼の価値は、伝統的な評価基準だけでは測りきれない部分にも存在し、現代の先進的な指標や選手からの評価によって明確に裏付けられています。これは、冒頭の結論で述べた「彼の功績は歴史的である」という点を具体的に補強するものです。
彼は10月に発表された選手間投票によるナ・リーグ最優秀野手「アウトスタンディング・プレーヤー」を、大谷選手を抑えて自身初受賞しています。これは、選手仲間からの彼の打撃力やチームへの貢献に対する最も純粋で高い評価を如実に示すものです。プロの視点から見て、シュワーバーのバットがチームに与える影響がいかに大きいかが理解できます。また、「オールMLBチーム」ではセカンドチームに選出されており、その圧倒的な打棒がリーグ全体で認められていることは間違いありません。
さらに、セイバーメトリクスの観点からシュワーバー選手の打撃を深掘りすると、その真価がより明確になります。
* 打球速度(Exit Velocity)とハードヒット率(Hard-Hit %): 彼は常にMLBトップクラスの打球速度を記録し、強く打つ打球の割合が非常に高いです。これは、彼のパワーが本物であり、内野手の間を抜けるヒットや長打に繋がりやすいことを示しています。
* バレルゾーンヒット率(Barrel %): 打球速度と打球角度の組み合わせが最も長打になりやすい「バレルゾーン」に打ち込む能力も非常に高く、これが大量本塁打の背景にあります。単にフライを打つだけでなく、最も効率的な長打を生み出すスイングをしている証拠です。
* 選球眼と出塁能力: 打率が比較的低い一方で、彼の四球を選べる能力は非常に高く、出塁率(OBP)はDHとしてはトップクラスを維持しています。これは、安打数以上に多くのチャンスを作り出し、得点に繋がりやすい質の高い打席を供給していることを意味します。
カイル・ジョセフ・シュワーバー選手(1993年3月5日生まれ、愛称はシュワブス)は、アメリカ合衆国オハイオ州ミドルタウン出身のプロ野球選手であり、フィラデルフィア・フィリーズの主力外野手として、その類まれなるパワーでチームを牽引し続けています。彼の豪快なスイングは、フィリーズ打線の核となり、何度もチームに勝利をもたらしてきました。
結論:進化するMVPの定義と、シュワーバーの不朽の功績
カイル・シュワーバー選手が2025年シーズンに残した56本塁打、132打点という成績は、MVPに選ばれずとも歴史に残る素晴らしい記録です。彼の打撃は、多くのファンを熱狂させ、チームに勝利をもたらす原動力となりました。彼の「蚊帳の外」という結果は、現代野球におけるMVPの定義が、「最高の打者」から「最も総合的な価値をもたらす選手」へと大きく、そして急速にシフトしていることを如実に示しています。
この変革の時代において、打者・投手としての比類なき貢献を示す大谷翔平選手のような「特異点」が、MVP選考の基準を根本から書き換えています。WARに代表されるような総合的な勝利貢献度、そして守備・走塁・ポジション特性といった細かな要素までが、かつてないほど厳しく評価される時代になったのです。シュワーバー選手の功績は、純粋な打撃成績という一点においては歴史に残るレベルであり、その輝きは選手間投票による評価や先進指標によっても裏付けられています。彼のバットが放つアーチがどれほどチームとファンを鼓舞したか、その価値は決して変わりません。
今後も、MLBにおけるMVP選考は、二刀流選手の台頭やセイバーメトリクスのさらなる進化によって、その基準が流動的に変化していくことでしょう。カイル・シュワーバー選手が見せつけた打棒は、そうした時代背景の中で、純粋なパワーヒッターが直面する評価の難しさ、そしてそれでもなお、彼らがチームにもたらす計り知れない価値を私たちに教えてくれました。彼のプロとしての矜持と、さらなる高みを目指す姿勢に、私たちはこれからも大いに期待を寄せたいと思います。彼のシーズンは、MVPという栄誉には届かずとも、間違いなく野球史に刻まれるべき偉大な足跡であり、現代野球の評価軸を深く考察する上で重要な一例となるでしょう。


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