結論:神奈川県山北町で進む、猟師たちが主導する「クマを本来の山奥へ帰す」活動は、単なる野生動物対策を超え、失われつつある里山・深山生態系の回復と、人間と野生動物の持続可能な共生を実現するための、科学的根拠に基づいた革新的なアプローチである。この取り組みは、クマの行動変容メカニズムへの深い理解と、生態系サービス再生の重要性を浮き彫りにし、全国的な被害抑制と自然環境保全への新たな展望を開くものである。
近年、全国各地でクマによる人身被害が後を絶たず、その脅威は深刻度を増している。しかし、この問題の根源には、単に「凶暴化するクマ」という単純な構図ではなく、人間活動によって歪められた自然環境、特に野生動物の生息・繁殖環境の劣悪化という、より根深い要因が存在する。神奈川県山北町で、経験豊かな猟師たちが主導する「クマを本来の山奥へ帰す」という活動は、この複雑な問題に対し、生物学的・生態学的な洞察に基づいた、極めて示唆に富む解決策を提示している。それは、クマの視点に立ち、「人間との遭遇を避けたい」という彼らの本能的な行動様式を理解し、そのための環境を再構築しようとする、極めて合理的かつ先進的な試みである。
クマの里下りのメカニズム:単なる「増加」ではなく「環境変化」という現実
「山奥はスギとヒノキばかり。こんな森では野生動物が生きられない。猟師の俺から言わせるとクマが増えたのではなく、人間が餌場を奪った結果、里に下りてきている」――87歳の猟師、杉本一さんのこの言葉は、長年にわたる山岳地帯での経験に裏打ちされた、痛烈な現実認識である。この発言の背後には、現代の森林管理と、それが野生動物の食性、ひいては行動範囲に与える影響に関する、専門的な知見が潜んでいる。
1. 食料資源の枯渇と遷移段階の変化:
本来、クマ(特にツキノワグマ)の食性は非常に多様であり、季節に応じて果実、木の実、昆虫、小動物などを摂取する。特に秋季における堅果類(ブナ科のドングリ、クルミ科のクルミなど)は、冬眠前の脂肪蓄積に不可欠な高カロリー源となる。しかし、過去の山林開発や、一部の経済林(スギ、ヒノキ)への単一的な植栽は、これらの広葉樹林、特にブナ林の減少を招いた。ブナ林は、その豊かな二次林生産力と多様な植物相により、クマをはじめとする多くの野生動物にとって、基幹的な食料供給地(キーフードエリア)を形成してきた。
- 専門的視点: 森林の「遷移段階」という概念で捉えると、スギ・ヒノキの人工林は、初期段階あるいは成長途上の植生であり、成熟した天然広葉樹林が提供するような、多様で豊富な果実や木の実といった「成熟段階」の食料資源を十分に供給できない。クマは、その栄養摂取効率を最大化するため、より食料が豊富な環境へと移動する傾向がある。
2. 餌場獲得競争と行動圏の拡大:
生息環境における食料資源の相対的な減少は、個体間の餌場獲得競争を激化させる。これにより、個体群密度が高まると、より広範な地域への探索行動が促される。特に、成熟したオスグマは、広大な行動圏を有し、繁殖相手の探索や食料資源の確保のために、より遠くまで移動することが知られている。
- メカニズム: 生態学における「捕食者・被食者理論」や「資源パッチ利用理論」を応用すると、クマは、エネルギー収支を最適化する行動をとる。食料が豊富で安全な環境(=山奥の広葉樹林)が減少すれば、相対的にエネルギーコストが高く、遭遇リスクも増大する「人里近くの環境」へと、その活動範囲を広げざるを得なくなる。
3. 人間活動による環境攪乱:
近年、林業の衰退や放棄された耕作地、果樹園の増加も、クマの行動に影響を与えている。これらは、クマにとって一時的、あるいは季節的な「誘引源」となり得る。しかし、山北町の猟師たちが指摘するように、根本的な問題は、クマが本来頼るべき深山の自然植生が失われつつあることにある。
- データ的裏付け: 日本全国のクマ被害の増加傾向は、単なる個体数増加だけでなく、生息環境の質的・量的変化と密接に関連しているという研究が多数存在する。例えば、国立環境研究所などの調査では、クマの生息環境における広葉樹林の割合と、人里への出没頻度との間に、統計的に有意な負の相関が示唆されている。
「クマを山奥へ帰す」:生态系再生という革新的なアプローチ
山北町の猟師たちが進める「クマを里から山奥に帰す」活動は、単なる駆除や忌避といった対症療法ではなく、クマの行動変容の根本原因にアプローチする、極めて科学的かつ予防的なアプローチである。その核心は、クマが人間と遭遇することなく、山奥で安心して暮らせる「本来の生息環境」を再構築することにある。
1. 食料供給源としての広葉樹苗の植栽:
この活動の具体的な手法は、山奥にブナやクルミ科などの広葉樹の苗を植栽することである。これは、クマにとって重要な栄養源となる木の実や果実を、将来的かつ持続的に供給することを目的としている。
- 生態学的意義:
- 食料基盤の強化: ブナやクルミは、クマにとってエネルギー密度が高く、必須脂肪酸やビタミンを豊富に含むため、冬眠前の準備や繁殖期の栄養補給に不可欠である。これらの樹木を「食物パッチ」として山奥に配置・拡大することで、クマは人里へ移動する必要性を減らすことができる。
- 生態系サービスの向上: これらの広葉樹は、クマだけでなく、鳥類、リス、サルなど、多様な野生動物の食料源となり、森林全体の生物多様性を高める。また、土壌浸食の防止、水源涵養といった、人間社会にも恩恵をもたらす「生態系サービス」の向上にも寄与する。
- 森林構造の多様化: 単一的な人工林から、多様な樹種構成を持つ複層林への移行は、森林のレジリエンス(回復力)を高め、病害虫や気候変動に対する抵抗力を強化する。
2. 「クマは人間を避けたい」という本能への理解:
「クマだって人間を避けて生きたいんだ」という言葉には、野生動物の行動心理学的な側面への深い洞察が含まれている。クマは、一般的に人間を恐れ、可能な限り遭遇を避ける傾向がある。人里へ現れるのは、多くの場合、飢餓や、生息環境の逼迫といった、切迫した状況下での行動である。
- 行動経済学的な視点: クマの行動は、リスクとリターンのバランスを最適化しようとする、ある種の「合理的選択」に基づいている。安全で食料が豊富な環境(山奥)での採餌行動と、リスクが高く食料が不安定な環境(人里)での採餌行動を比較した場合、前者が有利であれば、クマはその選択をするはずである。猟師たちの活動は、この「有利さ」を山奥に創出しようとする試みと言える。
3. 持続可能な共生モデルの構築:
この取り組みは、単にクマの被害を防ぐという短期的な目標だけでなく、人間と野生動物が互いの生息圏を尊重し合い、持続可能な形で共生していく、より大きなビジョンに基づいている。
- 将来的な影響と応用可能性:
- 地域資源の再評価: 豊かな森林は、林業だけでなく、ジビエ、キノコ、薬草などの地域資源としての価値も高める。生態系サービスを享受できる環境は、エコツーリズムなどの新たな産業創出にも繋がる可能性がある。
- 教育・啓発: この活動は、地域住民や子供たちに対し、野生動物との関係性、自然環境の重要性、そして共生への具体的な道筋を示す、貴重な教材となり得る。
- 政策への示唆: 国や自治体が、単なる「捕獲数」や「被害額」といった指標だけでなく、生息環境の質的改善や生態系サービスへの投資を重視する政策へと転換するための、具体的なモデルケースとして機能する。
危機感と責任感:未来への警鐘と行動の必要性
「このままでは神奈川でも絶対に被害は避けられない。対策を急がなければ」という杉本さんの言葉には、長年の経験に裏打ちされた危機感と、未来世代への責任感が込められている。これは、単なる一地域におけるローカルな問題ではなく、日本全国が直面する、文明と自然との関係性についての根源的な問いかけである。
1. 専門的知見の重要性:
クマの行動や生態に関する専門的な知見(生物学、生態学、行動学など)と、現場の猟師たちの長年の経験が融合することで、より効果的で持続可能な対策が可能となる。この活動は、まさにその融合の好例である。
2. 予防原則の適用:
被害が発生してから対策を講じる「事後対応」では、根本的な解決には至らない。むしろ、被害の芽を摘む「予防原則」に基づき、野生動物が本来の生息地で安心して暮らせる環境を整備することが、長期的な観点からは最も効率的かつ人道的である。
3. 世代間の継承:
杉本さんをはじめとするベテラン猟師たちの知識や技術、そして自然への敬意といった価値観を、次世代へと継承していくことが、こうした先進的な取り組みを継続させる上で不可欠である。
結論:自然との調和を目指す「生態系回復」という名の共生戦略
神奈川県山北町で猟師たちが進める「クマを里から山奥に帰す」活動は、自然環境の劣化という、クマの里下りの根本原因に焦点を当て、生態系の回復を通じて、人間と野生動物の持続可能な共生を目指す、科学的かつ先駆的なアプローチである。それは、クマの行動様式への深い理解に基づき、彼らが人里を避けて暮らせる環境を、能動的に再構築しようとする、極めて合理的で、かつ未来志向の戦略と言える。
この取り組みは、我々が自然とどのように向き合うべきか、という根本的な問いを投げかける。単なる「被害者」と「加害者」という二項対立の構図を超え、失われつつある生態系を再生し、野生動物が安心して暮らせる環境を共に築くことが、結果として人間の安全と福祉をも向上させるという、調和的な関係性を築くための、具体的な道筋を示している。この山北町の事例が、全国に広がり、野生動物とのより建設的で、持続可能な関係性を構築するための、新たな羅針盤となることが切に期待される。これは、我々が享受する恩恵の源泉である自然環境への、投資であり、未来への責任ある行動なのである。


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