導入:現代の組織運営における「我慢」の無効化 – Z世代と外国人社員の視点からの再定義
本稿で論じる核心は、昭和・平成期に一部で有効とされた「嫌なことを死ぬまで我慢させる」というマネジメント手法が、現代、特にZ世代および外国人社員に対しては全く機能しないという事実の、その根底にあるメカニズムを専門的かつ多角的に解明することにある。結論から言えば、この「我慢」を基盤とした昭和・平成流のマネジメントは、①個人の自己効力感と合理性を極度に重視するZ世代の価値観、②文化的背景とワークライフバランスの優先度が高い外国人社員の価値観、③そして、これらの多様な人材を惹きつけ、持続的に活躍させるために不可欠な、エンゲージメントと心理的安全性を基盤とした現代的リーダーシップ・マネジメントの要請という、三重の要因によってその有効性を完全に失っている。本稿では、これらの要因を、心理学、組織行動論、異文化コミュニケーション論、そして社会学的な視点から掘り下げ、その現代的意義と未来への示唆を提示する。
1. Z世代:「豆腐メンタル」という誤謬と「自己効力感」・「目的合理性」の探求
一部で「豆腐メンタル」と揶揄されるZ世代は、単に「我慢できない」のではなく、むしろ自己肯定感の高さと、不合理な状況に対する批判的思考能力の高さゆえに、昭和・平成流の「我慢」を強いるマネジメントに疑問を呈していると解釈するのが、より専門的かつ正確な分析である。
-
自己肯定感(Self-Esteem)と「なぜ?」の探求:
- 心理学的背景: Z世代は、デジタルネイティブとして幼少期から多様な情報にアクセスし、自己表現の機会も豊富であった。これにより、自己の感情や経験に対する肯定感が比較的高く形成される傾向がある。心理学における自己効力感(Self-Efficacy)の理論(Bandura, 1977)に照らし合わせると、彼らは「自分ならできる」「自分の努力は報われる」という感覚が根底にある。そのため、理不尽で成果に繋がらない「我慢」を強いることは、彼らの自己効力感を直接的に侵害し、モチベーションの低下に繋がる。
- 「なぜ?」の探求: 昭和・平成期の「空気を読め」「言われたことを黙ってやれ」という暗黙の了解は、Z世代にとっては非効率的かつ、自己の成長や貢献が阻害される構造と映る。彼らは、経験的合理性(Experiential Rationality)を重視し、行動の背後にある目的や論理を理解しようとする。この「なぜ?」という問いは、彼らの知的好奇心や、より良い方法を模索する探求心の表れであり、組織にとっては改善の機会となり得る。
-
「効率」と「目的」の重視 – 目的合理性(Instrumental Rationality):
- 組織行動論的観点: Z世代は、限られた時間で最大のアウトプットを出すことを重視する。これは、現代のビジネス環境における生産性向上(Productivity Enhancement)という観点からも、むしろ推奨されるべき姿勢である。彼らにとって、「我慢」そのものに目的が見出せない場合、それは単なる「時間の浪費」であり、機会費用(Opportunity Cost)の観点からも非合理的な選択となる。
- 「病む」「辞める」の再解釈: 彼らが「すぐに病む」「すぐに辞める」という行動は、決して「甘え」や「弱さ」ではなく、自己保存(Self-Preservation)のための、極めて合理的かつ能動的な判断である。心身の健康を損なうほどの過負荷や、成長機会のない環境から迅速に離れることは、長期的なキャリア形成や人生の幸福度(Well-being)を最大化するための賢明な戦略であり、リスクマネジメント(Risk Management)の一環とも言える。
2. 外国人社員:異文化における「我慢」の相対性と「成果主義」・「ワークライフバランス」の普遍性
日本で働く外国人社員が昭和・平成流の「我慢」を強いるマネジメントに馴染みにくいのは、彼らの出身文化における「我慢」の概念の希薄さ、そしてグローバルスタンダードとなりつつある価値観の反映である。
-
「我慢」という概念の相対性と文化差:
- 異文化コミュニケーション論的観点: 「我慢」を美徳とする文化(例:一部の東アジア文化圏)も存在する一方、個人主義が強く、問題発生時には直接的な解決を試みる文化(例:西洋諸国)も多い。彼らにとって、「嫌なことをひたすら耐える」という行為は、自文化に根差した問題解決モデルや感情表現の規範と乖離しており、理解し難い場合がある。これは、ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化の比較論にも通じる。
- 民族性の希薄さ: 民族性として「我慢」を美徳とする習慣が希薄な場合、それを単に「指示」として受け止め、その背後にある文化的・歴史的文脈を理解できない。結果として、不合理な指示として映り、エンゲージメントを著しく低下させる。
-
ワークライフバランス(Work-Life Balance)と「貢献」・「成長」の明確化:
- グローバルスタンダード: 現代の労働市場において、ワークライフバランスの重視は、多くの国で当然の権利あるいは目標として認識されている。外国人社員は、自身のキャリアにおいて、仕事だけでなく、プライベートの充実、家族との時間、趣味などを総合的に考慮する。過度な長時間労働や、精神的・肉体的負担の大きいだけの業務は、彼らにとって「 unattractive 」(魅力的でない)な労働条件であり、採用(Recruitment)と定着(Retention)における大きな障壁となる。
- 「貢献」と「成長」の可視化: 彼らは、自身のスキルや経験が組織にどのような付加価値(Added Value)をもたらすのか、そしてその経験が自己のスキルアップ(Skill Development)やキャリアパス(Career Path)にどう繋がるのかを明確に求めている。昭和・平成流の「我慢」は、これらの「貢献」や「成長」といった、彼らが重視するリワード(Reward)に直結しないため、モチベーションの源泉となり得ない。
3. 50代以上の世代と「マネジメント能力」の再定義:「変革への抵抗」と「スキルの陳腐化」
「今の50代から上はマネジメント能力ゼロでこのやり方しかできない」という指摘は、単純な世代間の断罪ではなく、技術的・社会的な変化への適応能力という観点から理解する必要がある。
-
時代背景の劇的な変化と成功体験の陳腐化:
- 歴史的文脈: 50代以上の世代がキャリアを築いた時代は、日本経済の高度成長期を経て、終身雇用、年功序列が前提の社会であった。組織への忠誠心、集団への同調、そして困難な状況下での「忍耐」が、個人の評価や組織の安定に寄与していた側面は否定できない。これは、当時の組織文化(Organizational Culture)と人事評価システム(Performance Appraisal System)に深く根差していた。
- 変化への適応: しかし、グローバル化、テクノロジーの急速な進化、そして価値観の多様化といった現代社会の激変は、昭和・平成期の成功体験をそのまま適用することを困難にしている。長年培ってきた「正解」が通用しなくなった状況への適応は、誰にとっても容易ではない。これは、組織学習(Organizational Learning)の観点からも、組織が直面する課題である。
-
「マネジメント能力」の現代的定義:
- スキルの陳腐化: 現代における「マネジメント能力」とは、単なる指示・管理能力に留まらない。多様な人材のエンゲージメント(Engagement)を高め、個々の強みを最大限に引き出すためのリーダーシップ(Leadership)、コーチング(Coaching)、ファシリテーション(Facilitation)といった、より高度でソフトなスキルが求められる。昭和・平成流の「我慢」を強いる手法は、これらの現代的マネジメントスキルとは乖離しており、むしろ「レガシーシステム(Legacy System)」として機能している可能性がある。
- 「変革への抵抗(Resistance to Change)」: 新しい世代の価値観や、グローバル化による多様な働き方への適応に戸惑いや難しさを感じている世代がいることは自然なことである。これは、心理学における認知的不協和(Cognitive Dissonance)や、組織心理学における「変革への抵抗」という現象として説明できる。
4. 未来への展望:共感、エンゲージメント、そして「心理的安全性」を基盤とした「共創型」マネジメントへのシフト
Z世代や外国人社員に昭和・平成流の「我慢」が通用しないのは、彼らの「甘え」や「怠惰」のせいではなく、時代と共に変化した社会構造、価値観、そしてテクノロジーの進化がもたらした必然的な帰結である。現代の組織が持続的に発展し、多様な人材のポテンシャルを最大限に引き出すためには、以下のような、より高度で人間中心的なマネジメントスタイルへの転換が不可欠である。
-
傾聴と共感 – 心理的安全性(Psychological Safety)の確立:
- 「なぜ?」への応答: 相手の立場や感情に寄り添い、なぜ「我慢」が困難なのか、どのような懸念があるのかを深く理解しようとする姿勢が、信頼関係構築の第一歩である。これは、アクティブリスニング(Active Listening)や共感的理解(Empathic Understanding)といったコミュニケーションスキルに裏打ちされる。
- 意見表明の促進: 失敗を恐れずに意見を言える、建設的な批判ができる環境、すなわち「心理的安全性」を確保することが、イノベーション創出や問題早期発見に繋がる。GoogleのProject Aristotle(2015)が示したように、チームの生産性において心理的安全性が最も重要な要因であることは、多くの研究で実証されている。
-
目的と意義の共有 – エンゲージメント(Engagement)の向上:
- 「Why」の明確化: 業務の目的、組織のビジョン、そしてそれが社会や顧客にどのように貢献するのかを明確に伝え、共感を醸成することが、内発的動機付け(Intrinsic Motivation)を高める。これは、パーパス・ドリブン(Purpose-Driven)な組織運営とも関連する。
- 透明性と参加: 意思決定プロセスへの参画機会を増やすことで、当事者意識(Ownership)とエンゲージメントを高める。
-
個々の強みを活かす – ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion)の推進:
- 適材適所: 一律の「我慢」を強いるのではなく、個々のスキル、経験、価値観を理解し、それに合った役割や裁量権を与えることが、ポテンシャルを最大限に引き出す鍵である。これは、ストレングスベースド・アプローチ(Strengths-Based Approach)とも言える。
- 成長支援: 自己成長を支援する機会(研修、メンタリング、挑戦的なプロジェクト)を提供し、キャリア開発をサポートすることが、長期的な定着と貢献に繋がる。
結論:時代遅れの「我慢」から、未来を拓く「共創」へ
昭和・平成に有効とされた「嫌なことを死ぬまで我慢させる」というマネジメント手法は、Z世代や外国人社員といった、現代の主要な労働力となりうる層には全く通用しない。それは、彼らの「甘え」ではなく、自己肯定感、目的合理性、ワークライフバランス、そして異文化理解といった、現代社会において普遍的かつ不可欠な価値観の表れである。
組織が持続的な競争優位性を確立し、多様な人材と共に未来を切り拓いていくためには、過去の成功体験に固執することなく、「我慢」から「共感」、「指示」から「対話」、「管理」から「育成・支援」へと、マネジメントのパラダイムを大胆に転換する必要がある。このシフトは、単なる流行に左右されるものではなく、組織の存続と成長に不可欠な、高度なマネジメント能力とリーダーシップの再定義である。真に優れた組織は、個々の多様性を尊重し、心理的安全性を確保し、共通の目的意識のもとで「共創」する文化を醸成することによって、変化の激しい時代においても、その力を最大限に発揮することができるのである。
コメント