1. 導入：EVシフトの熱狂に水を差す「販売減速」という現実
「未来のモビリティは電気自動車（EV）一択！」――この数年、世界中の自動車メーカー、政府、そしてメディアは、EVへの移行を強力に推進し、その未来像を声高に叫んできました。しかし、その熱狂的な期待とは裏腹に、最新のデータは「EVブーム」が想定外の「踊り場」、あるいは「減速期」を迎えている可能性を示唆しています。本稿では、昨今の「EV離れ」とも言える現象の背後にある、複数の要因を専門的な視点から深掘りし、その複雑な実態を明らかにします。単なる「EVが売れていない」という表面的な事象にとどまらず、そのメカニズムと、私たちのカーライフに与える影響、そして今後の展望について、詳細な分析を行います。
2. 世界のEV販売動向：見せかけの成長と「伸び率鈍化」の真実
まず、世界のEV販売台数の動向を客観的なデータから検証しましょう。一見すると、EV販売は右肩上がりで増加しているように見えます。
2024年の世界の電気自動車（EV、乗用車のみ）新車販売台数は前年比25％超増え、1,750万台となった（注）。伸び率は前年（35％増）を下回ったが、全新車販売台数に…
引用元: EV販売台数は増加の一途、2024年は25％超増の1,750万台、IEA報告(世界) – ジェトロ
このデータによれば、2024年には世界全体で1,750万台ものEVが販売され、これは新車販売台数全体の約10%に相当します。
欧州、中国、米国等においてはEV比率が大きく上昇し、2024年の世界販売に占めるEV比率は約10％。
引用元: 自動車分野のカーボンニュートラルに向けた 国内外の動向等について – 経済産業省
しかし、ここで注意深く分析すべきは、「伸び率」の鈍化です。前年（2023年）の35%増から、2024年には25%増へと、成長の勢いが明らかに落ち着いています。この数字は、EV市場が成熟期に差し掛かり、初期の爆発的な成長フェーズを終えつつあることを示唆しています。
さらに、以下のような報告もあります。
一方、EVの販売台数は2024年に1,800万台弱と、2017年の110万台強から大幅 … 主要国・地域のBEV販売動向. Ⅰ．EV化に足踏み感. • 中国のBEV販売
引用元: 世界電気自動車（EV）市場の現状と展望 – EV化に足踏み感 – 丸紅
この引用が示唆する「EV化に足踏み感」という言葉は、単なる販売台数の増加だけでなく、市場全体の勢いや拡大ペースに変化が生じていることを強調しています。特に、世界最大のEV市場である中国においても「足踏み感」が見られるという事実は、グローバルなEVシフトの勢いに陰りが見え始めていることを裏付けています。この「伸び率の鈍化」および「足踏み感」こそが、「EVが売れていない」という報道の背景にある、より精緻な分析結果と言えるでしょう。
3. 日本におけるEV普及の「停滞」：複合的な要因の分析
世界的にEV販売が伸び悩む中、日本国内のEV事情はさらに特異な状況にあります。
日本国内では長年普及が停滞。2022年の軽EV発売で一時拡大傾向となりましたが、最近は再び停滞気味になっています。
引用元: 日本国内における電気自動車の売上とシェアを確認【最新情報／2025年7月】 – EVsmartブログ
「長年普及が停滞」という言葉が示す通り、日本は世界的にもEV普及の遅れが顕著な国の一つです。2022年の軽EV（日産サクラ、三菱eKクロスEVなど）の登場は一時的な盛り上がりを見せましたが、その後の「停滞気味」という状況は、単一の理由ではなく、複数の構造的な課題が複合的に作用していることを示唆しています。
具体的に、日本でEV普及が進みにくい要因を詳細に分析しましょう。
3.1. 経済的障壁：価格と補助金の限界
- 車両価格の高さ: EVは、同クラスのガソリン車と比較して、依然として車両価格が高い傾向にあります。これは、バッテリー製造コストや先進技術の搭載に起因しますが、平均的な所得層にとって初期投資のハードルは低くありません。経済合理性を重視する消費者は、この価格差をEV購入の大きな障壁と感じています。
- 補助金制度の効果: 国や自治体によるEV購入補助金は、初期投資の負担を軽減する重要な施策です。しかし、補助金の額が十分でなかったり、申請手続きが煩雑であったり、あるいは補助金予算が早期に枯渇したりするケースも少なくありません。また、補助金頼みの購入が、補助金終了後の販売に影響を与える可能性も指摘されています。政府による補助金政策は、EV普及における「カンフル剤」としての役割は大きいものの、根本的な価格競争力の向上には限界があるのが現状です。
3.2. インフラへの不安：充電環境の未整備
EVにとって最も根源的な課題の一つが、充電インフラの整備状況です。
- 公共充電ステーションの不足と利便性: 特に地方や都市部でも、充電ステーションの設置数が十分ではなく、設置場所も偏っている状況が見られます。また、充電器のタイプ（普通充電、急速充電）や、利用可能な時間帯、予約システムの有無など、利便性にもばらつきがあります。長距離移動や、急ぎで充電したい場合に、十分な充電インフラがないという不安は、EV所有の大きな阻害要因となります。
- 自宅充電環境: マンションなど集合住宅における充電設備の設置は、管理組合の合意形成や、各戸への電力供給工事など、技術的・法的なハードルが高く、普及が進んでいません。自宅で容易に充電できないユーザーにとって、EVの日常的な利用は現実的ではないと判断されがちです。
3.3. 技術的・心理的障壁：航続距離、電池、中古車価値への懸念
- 航続距離への不安（レンジ・アングザイエティ）: EVの航続距離は年々伸びていますが、「冬場になると暖房使用で航続距離が著しく低下する」「充電インフラが乏しい地域では、目的地まで到達できるか不安」といった、いわゆる「レンジ・アングザイエティ（航続距離不安）」は依然として根強く残っています。
- バッテリーの劣化と交換費用: EVの心臓部であるバッテリーは、時間とともに劣化し、交換には高額な費用がかかるという懸念があります。メーカー保証期間は比較的長いものの、保証期間終了後のバッテリー交換費用は、車両価格に匹敵する可能性もあり、長期的な所有コストに対する不安材料となっています。
- 中古車市場の未発達: EVの中古車市場は、ガソリン車に比べてまだ歴史が浅く、流通量も限られています。そのため、リセールバリュー（再販価格）の予測が難しく、購入者が「将来、車を買い替える際に不利になるのではないか」と感じる要因となっています。
3.4. モデルの選択肢と国内メーカーの戦略
- 多様なニーズへの対応: ガソリン車と比較すると、SUV、ミニバン、スポーツカーなど、多様なボディタイプや価格帯のEVモデルがまだ十分に揃っていません。多様なライフスタイルやニーズを持つ日本の消費者にとって、選択肢の限定は購入を躊躇させる理由となります。
- 国内メーカーの戦略: 日本の主要自動車メーカーは、EVへの移行を表明しつつも、ハイブリッド車（HV）やプラグインハイブリッド車（PHEV）といった、内燃機関と電動化技術を組み合わせた「ハイブリッド戦略」を重視する傾向が見られます。これは、既存の生産基盤や技術、そして国内消費者のニーズを考慮した現実的な戦略である一方、EV専業メーカーに比べてEVラインナップの拡充が遅れる要因ともなり得ます。
4. 意外な「EV離れ」の深層：ハイブリッド車への「逆流」現象とその意味
さらに驚くべきは、先進的なEV推進国とされる欧州の一部でも、EV販売の勢いが鈍化し、逆にハイブリッド車（HV）への関心が高まっているという現実です。
環境先進国のドイツでもEVの販売台数は激減…世界中でハイブリッド車への乗り換えが進んでいるワケ
引用元: （元記事の概要より）
そして、この現象は日本でも同様に観察されています。
ヨーロッパのEV販売動向は「踊り場」にあるといえます。政治にも大きく…
引用元: 【最新】EVの普及率はどのくらい？日本と世界のEV事情を解説 – EV DAYS
この「EV離れ」あるいは「HVへの逆流」現象は、EVが理想的な未来の車であるというイメージと、日常使いにおける現実的な利便性や経済性との乖離を示唆しています。HVは、ガソリンエンジンによる走行の安心感と、電気モーターによる燃費性能の向上、そして何よりも「充電の手間がない」という利便性を両立させています。
EVが本来目指すべき「ゼロエミッション」という目標は極めて重要ですが、社会全体がEVに完全移行するためには、前述したインフラ整備、車両価格の低下、バッテリー技術の進化など、未だ多くのブレークスルーが必要です。その過渡期において、HVは「環境性能」と「実用性」のバランスを高いレベルで実現する、極めて現実的で魅力的な選択肢として、多くの消費者に再認識されているのです。これは、EV推進論者が直面する、ある種の「現実主義」との衝突とも言えるでしょう。
5. 結論：EVの未来は暗くない、しかし「現実」を見つめる冷静な視点こそが重要
本稿で詳細に分析してきたように、「EVが売れていない」という表面的な見出しの裏には、EV市場の構造的な課題、各国の事情、そして消費者の現実的なニーズが複雑に絡み合っています。EVの販売台数そのものは増加傾向にありますが、その成長率の鈍化と、一部地域でのHVへの回帰という現象は、EVシフトが一直線に進むものではなく、むしろ「踊り場」あるいは「調整局面」を迎えていることを示唆しています。
しかし、これはEVの未来が暗いということを意味するものではありません。技術革新は日々進歩しており、バッテリー技術の進化、充電インフラの拡充、そして車両価格の低下は、今後も着実に進んでいくでしょう。EVが持続可能な社会の実現に不可欠な要素であることに変わりはありません。
重要なのは、「理想」と「現実」のバランスを冷静に見極めることです。EVが「理想」として描かれる未来であるならば、HVや高効率なガソリン車は、現在の「現実」を支える重要な役割を担っています。特に日本においては、EV普及の障壁が依然として高く、HVやPHEVといった「現実的な選択肢」が、今後も一定期間、消費者の支持を集め続ける可能性が高いと言えます。
これから車を購入される皆様には、EV、HV、ガソリン車それぞれのメリット・デメリットを、最新の技術動向やインフラ整備状況、そして何よりもご自身のライフスタイルや経済状況に合わせて、多角的に比較検討されることを強くお勧めします。EVシフトは長期的な潮流であり、その過程で生じる「踊り場」や「調整」は、より持続可能で、より現実的なモビリティ社会を構築するための、不可欠なプロセスなのです。未来の車選びは、情報に基づいた、賢明な判断が求められています。
コメント