2025年9月3日、中国・北京で開催された日本との戦争勝利80周年記念軍事パレードは、単なる歴史的儀礼を超え、現代国際政治における中国の戦略的野心を剥き出しにした舞台となった。習近平国家主席が、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、そして朝鮮労働党総書記の金正恩氏という、国際社会で孤立を深める両国の最高指導者を「主賓格」として迎え、最新鋭兵器の誇示と並行して展開された「3ショット」は、中国が主導する「新しい国際秩序」構築への強い意志表明である。本稿では、この異例の集結が持つ地政学的な意味合いを多角的に分析し、中国が金正恩氏らを「厚遇」する背後にある、複雑な戦略的計算と、その「平和」という言葉に隠された冷徹な現実を深掘りしていく。
冒頭結論:中国軍事パレードの核心は、西側秩序への挑戦と、中国主導の「非西側」連合形成への布石である。習近平は、軍事力誇示、戦略的同盟関係の強化、そして「平和的発展」という美辞麗句によって、国際社会における自らの影響力を拡大し、米ドル基軸通貨体制に代わる新たな経済・安全保障体制の構築を目指している。金正恩氏の「厚遇」は、この壮大な野心を実現するための、不可欠な「カード」としての北朝鮮の戦略的価値を最大化する試みである。
未明からの厳戒態勢:国家威信の誇示と、揺らぐ国際的権威の補填
北京市内が未明から敷かれた厳戒態勢、そして天安門広場周辺に構築された鉄壁の警備体制は、このパレードが中国共産党にとって、単なる記念行事以上の、国家の威信をかけた一大イベントであったことを物語る。近年の中国は、経済成長の鈍化、米中対立の激化、そして国内における習近平体制への潜在的な反発といった課題に直面している。このような状況下で、国際社会、特に西側諸国からの視線が厳しくなる中、軍事力と組織力を誇示し、国内の団結を強化することは、体制の正統性を再確認し、揺らぐ国際的権威を補填するための喫緊の課題となっていた。世界中から集められたメディアは、その映し出される映像を通じて、中国の力強さと安定性を国内外に喧伝する、極めて戦略的なメディア戦略の一環であったと言える。
「主賓格」という舞台演出:中ロ朝、そして「非西側」連合の象徴
式典における金正恩氏、プーチン氏の「主賓格」としての扱いは、極めて象徴的な意味合いを持っていた。習近平主席が両指導者と並んで立つ姿は、「世界で孤立などしていない」という中国のメッセージを強く発信するものであり、同時に、国際社会において「対等に肩を並べる大国」としての北朝鮮の立場を(少なくとも中国国内および同盟国に対して)アピールする意図があった。これは、単に両国との友好関係を強調するだけでなく、中国を中心に据えた、欧米主導の国際秩序とは異なる「新しい国際秩序」を志向する国家群の連携を可視化する試みである。特に、金正恩氏との和やかなやり取り(「久しく会えていませんでした」)と、プーチン氏への丁重なエスコートは、中国が両国に対して異なるレベルの配慮と期待を寄せていることを示唆しており、それぞれの戦略的活用法を模索していることを示唆している。
最新兵器の誇示:現代戦への対応能力と、米への牽制、そして体制強化の三位一体
今回のパレードで披露された最新鋭兵器は、中国人民解放軍が現代戦、特に情報化・非対称戦への対応能力を飛躍的に向上させていることを示していた。超大型無人潜水艇、核搭載可能な「核魚雷」とも称される兵器、そして2種類の新規ICBMは、中国の核戦力および海洋戦力におけるプレゼンスの拡大を物語る。さらに、「空母キラー」とされる極超音速対艦ミサイルや、電磁妨害兵器、そしてドローン技術への言及は、米軍が主導する現代戦の様相を的確に捉え、それに対抗する能力を開発していることを示唆している。
専門家が指摘するように、これらの兵器展示は、アメリカへの軍事的牽制であると同時に、習近平体制が異例の3期目に入り、国内での権力基盤の盤石化が求められる中で、体制の正統性を国内外に誇示する極めて重要な手段となる。10年前のパレードと比較して、展示兵器の種類が大幅に増加していることは、中国が軍事技術開発に傾注してきた成果を、国民および国際社会に知らしめ、体制への信頼を醸成しようとする意図をより一層強固に裏付けている。これは、軍事力と政治的正統性の両輪で体制を強化しようとする、習近平政権の典型的な戦略と言える。
「平和」の訴えの虚偽性:CNNの冷徹な分析と、大国間競争の現実
習近平主席が演説で「平和的発展の道」や「人類運命共同体」といった言葉を強調したことは、中国の外交における「平和的台頭」というプロパガンダ戦略の一環である。しかし、CNNの「数万人の命を奪った戦争を仕掛け、継続させる2人の行動を習氏が打ち消しているかのように見える」という評は、この「平和」の主張に潜む根本的な矛盾を突いている。ロシアのウクライナ侵攻、そして北朝鮮の度重なる挑発行為という現実を直視すれば、習近平氏の「平和」への訴えは、自らの行動と矛盾するものであり、国際社会における信頼性を著しく損なうものである。この対比は、中国が推進する「平和」が、西側諸国が定義する「平和」とは異なり、自国の影響圏拡大や権益確保を優先する、実利主義的なものであることを示唆している。
金正恩氏の「兄弟の義務」:中ロ朝連携における中国の戦略的「仲介」
式典後、金正恩氏がプーチン大統領と共に迎賓館で会談したことは、中ロ朝の連携が、中国の承認と、ある程度のコントロール下で進行していることを示唆している。金正恩氏がウクライナ侵攻を「兄弟の義務」と捉え、ロシアへの支援を表明したことは、北朝鮮がロシアとの関係強化を通じて、国際社会における孤立を打破し、軍事・経済的な支援を得ようとする意図の表れである。プーチン大統領の金正恩氏のモスクワ招待は、両国関係のさらなる深化を示すとともに、中国の「頭越し」に緊密な連携が築かれることへの懸念を払拭し、中国の仲介役としての存在感を維持しようとする狙いも考えられる。中国としては、ロシアと北朝鮮の連携を完全に排除することは、自らの勢力圏縮小に繋がりかねないため、一定の範囲で許容しつつ、その関係性を自らの戦略に有利に活用しようとしていると解釈できる。
G7不参加と「対立構図」の顕在化:中国が描く「非西側」ブロック
今回の軍事パレードにG7諸国からの閣僚や大使が一人も参加しなかった事実は、現代国際情勢における中国と西側諸国との対立軸が、ますます鮮明になっていることを示している。ベトナム、インドネシア、ウズベキスタンなど、中国との経済的な結びつきが強い国々の首脳級の出席は、中国が「非西側」諸国との連携を強化し、欧米主導の国際秩序に対抗するブロックを形成しようとしている兆候である。EUとの関係悪化が懸念される中、中国は、自らの経済力と軍事力を背景に、国際社会における「多極化」を推進し、自国中心の新たな秩序を構築しようとしている。これは、単なる「東西冷戦」の再来というよりも、経済、安全保障、技術といった多岐にわたる分野で、西側と中国を中心とする陣営との間で、緩やかながらも明確な分断が形成されつつあることを示唆している。
中国の「厚遇」の裏にある戦略:トランプ政権への布石と「カード」の活用
中国情勢に詳しい専門家の分析は、中国が北朝鮮を厚遇した背景に、複雑な戦略的計算があることを示唆している。
-
ロシア・北朝鮮間の「中国抜き」連携への牽制: ロシアと北朝鮮の間で、中国の意向を十分に反映しない形で緊密な関係が築かれることは、中国の地域における影響力低下に繋がりかねない。金正恩氏を「主賓格」として厚遇することで、中国が両国の関係性の中心であることを示し、一定のコントロールを維持しようとする狙いがある。
-
トランプ政権への対抗策としての「カード」: 習近平政権にとって、トランプ政権が再び台頭した場合、過去の「トランプ関税」のような保護主義的な通商政策が再燃する可能性は、経済的な脅威である。このような状況下で、北朝鮮は、中国が交渉のテーブルで活用できる「切り札」となり得る。例えば、北朝鮮の非核化交渉における中国の立場を、対米貿易交渉のテコにする、あるいは、朝鮮半島の不安定化というリスクをちらつかせることで、アメリカに中国への配慮を促すといった戦略が考えられる。
-
中国経済悪化下での「なりふり構わぬ」状況: 中国経済の成長鈍化は、習近平政権にとって深刻な課題である。このような状況下では、国内の不満を逸らし、政権への忠誠心を維持するために、対外的な成果や、国際社会における影響力拡大がより重要になる。北朝鮮との連携強化は、こうした状況下での「なりふり構わぬ」戦略の一環であり、中国が、自らの影響力拡大のために、国際社会の規範をある程度無視する姿勢を強めていることを示唆している。
まとめ:複雑化する国際情勢と中国の目指す「新しい秩序」:権威主義的ネットワークの拡大と、西側秩序への挑戦
2025年9月3日の中国軍事パレードは、単なる戦勝記念という歴史的イベントではなく、現代国際政治における中国の、極めて野心的かつ計算された戦略的野心を浮き彫りにした。最新兵器の誇示は軍事力の増強と現代戦への対応能力の向上を示し、中ロ朝3首脳の集結は、西側主導の国際秩序とは異なる、「非西側」権威主義国家群の連携強化という中国の目指す「新しい国際秩序」の構築への強い意志表明であった。
習近平主席が「平和」を訴えながら、実際には軍事的威嚇や、国際社会の規範を軽視する可能性のある国家との連携を深めているという事実は、中国の目指す「平和」が、自国の国益と影響力拡大を最優先する、極めて実利的かつ権威主義的なものであることを示唆している。金正恩氏の「厚遇」は、その壮大な野心を実現するための、戦略的に不可欠な「カード」としての北朝鮮の価値を最大限に引き出す試みであり、中国が、国際社会における力関係の再編成を、軍事力、経済力、そして巧妙な外交戦略を駆使して進めていることを物語っている。
世界が平和と安定を希求する中で、中国が主導する「新しい国際秩序」が、いかにして形成され、その影響が各国にどのように波及していくのか。そして、その過程で、自由、民主主義、人権といった普遍的価値がどのように扱われていくのか。今回の軍事パレードが提起したこれらの問いは、今後、国際社会全体が直面する、避けては通れない課題である。中国の動向を、その「平和」という言葉の背後にある冷徹な現実と、その複雑な戦略的計算に注目しながら、注視していく必要がある。
コメント