結論:9.3閲兵式は、冷戦終結後の「唯一の超大国」時代から多極化への移行期における、旧枢軸国と「新枢軸国」とされる国家群の複雑な力学を浮き彫りにした。しかし、かつての第三帝国のような強固なイデオロギー的・軍事的統合を欠き、主に短期的な利害と共通の敵対者への反発によって結びついた「新枢軸国」の連携は、歴史の重みとは裏腹に、極めて脆い基盤の上に成り立っている。SNS空間における愛国主義の「紅」への抵抗は、この脆弱性の表れとも言え、真の勢力均衡は、表面的な軍事力の誇示ではなく、価値観の共有と相互信頼の上に築かれることを示唆している。
序論:歴史の皮肉と現代の問い――「第三帝国」の残響と「新軸心国」の虚像
2025年9月3日に開催された9.3閲兵式は、第二次世界大戦の勝利を記念する伝統的な催しであると同時に、現代国際政治の深層を露呈させる象徴的な出来事となった。特に、中国、ロシア、北朝鮮といった国々が「新枢軸国」として国際社会から認識される風潮は、単なる軍事力の誇示以上の意味を持つ。本稿では、この現象を、歴史的文脈、特にナチス・ドイツ率いる「第三帝国」の興亡との比較を通じて分析し、現代における「新枢軸国」とされる国家群の地政学的な連携の実態、その強みと、そして決定的な脆弱性を、専門的な視点から深く掘り下げていく。記事全体を通して、我々は「狗撒尿、圈地盘」(犬が小便を撒いて縄張りを主張する)という辛辣な比喩が示唆する、表面的な行動の裏に潜む本質的な弱さを解き明かしていく。
「枢軸国」の系譜:歴史的文脈と現代的解釈の断絶
第二次世界大戦における「枢軸国」――ドイツ、日本、イタリア――は、明確な地政学的な野心、すなわち勢力圏の拡大と既存の国際秩序への挑戦という共通の目的意識、そしてそれを支えるファシズムや大日本主義といった強力な国家主義的イデオロギーによって結びついていた。彼らは、経済的・軍事的相互依存を深め、世界のパワーバランスを覆そうとした。
対照的に、現代における「新枢軸国」とされる中国、ロシア、北朝鮮の連携は、その性質が大きく異なる。
- イデオロギーの希薄化と「共通の敵」への反発: これらの国家群は、かつての枢軸国のような、世界を席巻するような普遍的なイデオロギーを共有しているわけではない。むしろ、彼らの連携は、西側諸国、特にアメリカ合衆国を中心とする国際秩序への不満、あるいは「脅威」とされる存在への対抗という、より消極的かつ短期的な利害に基づいている側面が強い。これは、各国の国内政治における正当性の源泉を、外部の脅威への対抗に求める戦略とも結びついている。
- 経済的・軍事的相互依存の非対称性: 中国とロシア、北朝鮮の間の経済的・軍事的相互依存は、第二次世界大戦時の枢軸国が築き上げたような、相互補完的で強固なものではない。特に、中国の経済力は圧倒的であり、ロシアや北朝鮮は中国への依存度が高い。この非対称性は、連携の安定性を損なう要因となり得る。例えば、ロシアのウクライナ侵攻に対する西側諸国の制裁は、ロシア経済を中国市場へと一層引き寄せたが、これは同時にロシアの中国への従属を深める結果にもつながっている。
- 国家目標の差異: 中国は経済的・地政学的な大国としての地位確立を、ロシアは失われた勢力の回復と影響力維持を、北朝鮮は体制維持と核開発を通じた安全保障を、それぞれ主要な国家目標としている。これらの目標は、時に相互に排他的な側面も持ち合わせており、強固な「同盟」というよりも、一時的な利害の一致に基づく「協力関係」という性格が強い。
閲兵式が示す「ハードウェア」の進歩と「ソフトウェア」の未熟さ
9.3閲兵式で披露された最新鋭の軍事装備、例えばDF-27極超音速ミサイル、J-20ステルス戦闘機、そして新型空母などは、中国の軍事技術が目覚ましい進歩を遂げていることを示している。これは、単なる「第三帝国」の再現ではなく、21世紀の軍事力誇示の新たな形と言える。しかし、ここにこそ、現代の「新軸心国」の構造的な脆弱性が隠されている。
- 「第三帝国」の軍事的洗練と「現代中国軍」の経験不足: ナチス・ドイツの国防軍(Wehrmacht)は、第一次世界大戦の経験を基盤に、革新的な戦術思想(電撃戦など)と高度な指揮統制システムを開発し、短期間でヨーロッパを席巻した。そこには、経験豊富な将校団、複雑な作戦計画、そして軍事科学の発展という「ソフトウェア」が存在した。現代中国軍は、建国以来、大規模な実戦経験が限られている。兵器の性能(ハードウェア)は飛躍的に向上したが、それが実戦の過酷な状況下で、複雑な指揮系統のもと、どのように機能するかは未知数な部分が多い。これは、「総力戦」という概念の変容や、情報戦・サイバー戦といった新たな戦域の重要性を考慮しても、軍事力を評価する上で看過できない要素である。
- 「戦わない」ことの代償と「威嚇」の限界: 軍事力を誇示し、威嚇することで戦略的優位を確立しようとする試みは、古典的な外交・軍事戦略の一部である。しかし、実戦経験の不足は、この威嚇の有効性を低下させる可能性がある。相手国は、その軍事力の真価を推し量りかねる一方で、中国側もまた、自らの軍事力の限界を実戦なしには把握できない。この相互の不確実性は、予期せぬエスカレーションのリスクを高める。
コメント欄に見る「紅」への抵抗と「朋友圈」の分裂
提供されたコメントは、9.3閲兵式を巡る国民感情の複雑さと、SNS空間における言論環境の特殊性を鮮やかに描き出している。
- 歴史認識の断絶と「ファシストの反ファシズム」: 「法西斯在纪念反法西斯。地球上有一些事就是这么神奇!」というコメントは、歴史の皮肉を突くものであり、第二次世界大戦の遺産と現代の政治的現実との間の乖離を端的に示している。過去の戦争の犠牲者や教訓が、現代の国家戦略によってどのように再解釈され、利用されているのかという問題提起でもある。
- 「新枢軸国」連携の不安定性への懸念: 「这算是轴心吗?我都担心未来他们仨会先打起来。」という声は、三国間の連携が、共通の価値観や理念に基づいたものではなく、一時的な地政学的な必要性によって結びついていることへの洞察を示している。歴史的に見ても、利害関係のみで結ばれた「同盟」は、利益が失われるか、新たな利害関係が現れた際に容易に崩壊する。
- SNS空間における「一片紅」への静かな抵抗: 「朋友圈」における愛国的な投稿(「红旗飘飘」)の氾濫に対する、「我这些年经删了90%的小粉红,结果今天还是给染红了,这是他妈是要逼我退出微信圈吗!」や「打开朋友圈,很欣慰的是红旗飘飘的占比不到1/10。趁机又清除了几个」といったコメントは、現代中国社会における情報統制と、それに抵抗する個人の心情を浮き彫りにする。
- 「小粉紅」現象: この言葉は、インターネット上で過度に愛国的な言論を展開する若者を指す蔑称である。彼らは、しばしば「戦狼外交」と呼ばれる攻撃的な言動をSNS上で繰り広げ、批判的な意見を排除しようとする傾向がある。
- 「一片紅」: これは、SNSのプロフィール写真や投稿が、赤一色、つまり愛国的なメッセージで埋め尽くされる現象を指す。9.3閲兵式のような国家的なイベントの際には、この傾向が顕著になる。
- 抵抗のメカニズム: コメント主は、自身のSNSネットワークから「小粉紅」を削除したり、愛国的な投稿を少ないと「欣慰」したりすることで、自分自身の思想的空間を守ろうとしている。これは、社会全体が「紅」に染まることへの静かな抵抗であり、表現の自由や思想の多様性を求める個人の心情の表れである。この抵抗は、 SNSという限られた空間では「紅」が優勢に見えても、実際には異なる意見を持つ人々が静かに存在し、また、そのような状況に不満を抱いていることを示唆している。
現代「新軸心国」の構造的脆弱性:歴史の「犬」たちの咆哮とその限界
「新枢軸国」とされる国家群の連携は、第二次世界大戦時の枢軸国とは根本的に異なる、構造的な脆弱性を抱えている。
- 「価値観」という共通言語の不在: 第三帝国は、人種主義、反ユダヤ主義、そして「生存圏」(Lebensraum)の獲得という、強力で普遍性を装ったイデオロギーを持っていた。これに対し、現代の「新枢軸国」は、共有された価値観と呼べるものが極めて乏しい。中国の「中華民族の偉大なる復興」、ロシアの「大ロシア主義」、北朝鮮の「主体思想」は、それぞれ国内向けの色合いが強く、他国との普遍的な共有には至らない。
- 「翻脸如翻书」の歴史と相互不信: コメントでも示唆されているように、これらの国々、特に中国とロシアの間には、過去にソ連と中華人民共和国が激しく対立した歴史がある(中ソ対立)。また、ソ連崩壊後のロシアは、西側諸国との協調を試みながらも、最終的には「裏切られた」という認識に至っている。このような歴史は、相互の不信感を根強く残しており、強固な信頼関係に基づく同盟の構築を阻んでいる。
- 「狗撒尿、圈地盘」の現実: この比喩は、彼らの行動が、真の勢力圏の確立というよりも、既存の国際秩序に対する不満表明や、自己の勢力範囲の「確認」に過ぎないことを示唆している。表面的な軍事力の誇示や地政学的な連携は、その行動の根底にある、価値観の共有の欠如、そして長期的な戦略目標の不明確さという弱点を覆い隠すことはできない。彼らが「縄張り」を主張しても、その縄張りが、真に国際社会に受け入れられ、持続可能なものであるかは、別の問題である。
結論:脆い連携に映る地政学の現実――「縄張り」争いの虚しさと未来への展望
2025年9月3日の閲兵式は、第二次世界大戦の遺産を背負いながらも、現代の地政学的な力学の中で、かつての「第三帝国」とは似て非なる「新枢軸国」とされる国家群の複雑な連携を浮き彫りにした。最新鋭の軍事装備の披露は、確かに「ハードウェア」の進化を示したが、それは「ソフトウェア」の未熟さと、価値観の共有という基盤の脆さを、かえって際立たせた。
「新枢軸国」の連携は、共通の敵対者への反発と短期的な利害の一致に依存しており、歴史的な「枢軸国」が持っていたような、強固なイデオロギー的・軍事的統合を欠いている。SNS空間における「一片紅」への抵抗は、このような状況下で、表面的な愛国主義に疑問を呈し、真の多様性や自由な言論空間を求める人々の存在を示唆しており、社会における見かけの「結束」の裏に潜む亀裂を浮き彫りにする。
「狗撒尿、圈地盘」という言葉で揶揄されるような、彼らの行動は、表面的な勢力誇示に過ぎず、真の国際秩序の再編には至らない可能性が高い。歴史の深淵から学び、現代の地政学的な現実を冷静に分析することは、国際社会の平和と安定を維持するために不可欠である。未来への道筋は、強権的な「縄張り」主張ではなく、相互理解、共通の価値観の追求、そして真の信頼関係の構築という、より困難だが、より持続可能な基盤の上にのみ、築き上げていくことができるのである。
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