「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、通称「こち亀」は、40年以上にわたり国民に愛され続ける国民的漫画であり、その魅力は時代を超えた普遍性と、登場人物たちの人間味あふれる描写にあります。主人公・両津勘吉(両さん)の規格外の行動力と、それを抑制しつつも受け入れる周囲の人々との関わりは、多くの読者に笑いと共感をもたらしてきました。
さて、読者から寄せられた「両さんはいいところもあるけど、部長っていいところなくない?」という問いは、一見すると鋭い指摘であると同時に、組織論や人間関係における「見えない貢献」への着目という、より深いテーマを提起します。本記事では、両さんの卓越した個人的能力と、部長が果たす組織的・構造的な役割を、組織心理学やマネジメント論の観点も交えながら詳細に分析し、部長の「見過ごされがちな、しかし組織維持に不可欠な功績」を明らかにします。結論から言えば、部長の「いいところ」は、両さんのように個人の能力として顕著に現れるものではなく、組織の安定と機能維持という、よりマクロな視点においてこそ真価を発揮するのです。
両さんの「いいところ」:規格外の「個人」がもたらすダイナミズム
まず、両さんの「いいところ」は、その行動原理の根底にある「人助け」や「困っている人を放っておけない」という、強固な利他主義(Altruism)と、それを実現するための圧倒的な行動力・発想力に集約されます。
- 卓越した「問題解決能力」と「イノベーション創出力」: 両さんの問題解決アプローチは、既存の枠組みを破壊し、常識を覆す「破壊的イノベーション」と捉えることができます。例えば、単に窃盗犯を捕まえるだけでなく、その背後にある社会構造の問題や、被害者の経済的困窮までをも考慮し、全く新しい解決策を提示します。これは、心理学における「認知的柔軟性(Cognitive Flexibility)」や、創造性研究における「拡散的思考(Divergent Thinking)」の極致と言えるでしょう。彼は、組織が抱える固定観念や官僚主義を打破する起爆剤となりうる存在です。
- 非公式ネットワークの形成と活用: 両さんの「金儲け」への執念は、警察官という公的立場を超えた広範な人脈形成を可能にしました。これは、組織論でいう「非公式組織(Informal Organization)」の有効活用です。公式なルートでは解決できない問題も、両さんの持つ多様なネットワークを通じて、意外な形で解決されることがあります。これは、組織が硬直化するのを防ぎ、外部環境の変化に柔軟に対応するための重要な機能と言えます。
- 「人情味」という潤滑油: どんなに悪人顔をしていても、困っている人や弱い立場の人を見ると損得勘定抜きで手を差し伸べる彼の姿は、組織における「社会的資本(Social Capital)」の形成に寄与します。人間的な温かさや共感は、組織内の人間関係を円滑にし、チームワークの基盤となります。
部長の「いいところ」:組織の「安定性」と「持続可能性」を支える「構造的貢献」
一方、部長こと両津大巡査部長の「いいところ」は、両さんのような個人の能力として目立つものではありませんが、組織の根幹を支える「構造的貢献」として、極めて重要です。
- 「組織の安定化」と「リスクマネジメント」: 部長は、両さんをはじめとする予測不能な部下たちが、組織の秩序を破壊しないように、日夜奔走します。これは、経営学でいう「組織の安定化(Organizational Stabilization)」と「リスクマネジメント(Risk Management)」の役割です。部長の存在は、両さんのような「逸脱行動」を許容範囲内に留め、組織全体の機能不全を防ぐ「緩衝材」として機能しています。もし部長がいなければ、派出所は両さんの無軌道な行動によって、より深刻な法的・倫理的リスクに晒されていた可能性が高いでしょう。
- 「権限移譲」と「部下育成」のマネジメント: 部長は、両さんの暴走を止めつつも、その才能を完全に潰すことはありません。むしろ、ある程度は「野放し」にしながら、その行動の結果から学ばせるという、一種の「権限移譲(Delegation)」と「経験学習(Experiential Learning)」を促すマネジメント手法を取っています。これは、組織における「人的資本(Human Capital)」の育成という観点から見れば、非常に高度なマネジメントと言えます。彼が時折見せる、両さんの成功を素直に喜ぶ姿は、部下の成長を願う上司としての器の大きさを物語っています。
- 「責任の所在」の明確化と「倫理的規範」の維持: 補足情報にある「部長の犯罪はギャグで済まないのが目立つ」という点は、組織論における「責任の所在(Accountability)」の重要性を示唆しています。部長は、組織の長として、部下の行為に対する最終的な責任を負う立場にあります。したがって、彼が個人的に規範を逸脱した行動を取ることは、組織全体の信頼失墜に直結します。部長が常に「法」と「規範」を守ろうとする姿は、組織における「倫理的リーダーシップ(Ethical Leadership)」の模範であり、部下に対して「コンプライアンス(Compliance)」の重要性を無言のうちに示しているのです。
なぜ我々は「部長のいいところ」を見落としがちなのか?:認知バイアスと組織文化
我々が部長の「いいところ」を見落としがちな背景には、いくつかの認知バイアスと、組織文化が影響していると考えられます。
- 「顕著性の原理(Salience Effect)」: 人は、目立つもの、鮮烈な印象を与えるものに注意が向きやすい傾向があります。両さんの破天荒な行動や奇抜なアイデアは、読者に強烈な印象を与えますが、部長の地道な努力や忍耐は、日常に溶け込んでしまい、見過ごされがちです。
- 「原因帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」: 他者の行動の原因を考える際、状況的要因よりも、その人の内的な特性(性格など)に帰属させやすい傾向があります。両さんの成功は「彼の才能」と捉えられますが、部長が組織を維持できているのは「それが当たり前」あるいは「当然の職務」と見なされ、その内面的な努力や困難さが評価されにくいのです。
- 「成果主義」と「プロセス評価の不在」: 現代社会においては、目に見える「成果」が重視されがちです。両さんのように具体的な「成果」を短期間で生み出す能力は評価されやすいですが、部長の「組織の安定維持」という成果は、そのプロセスが地道であり、かつ「何が起こらなかったか」という事象であるため、定量化・定性化が難しく、評価されにくい側面があります。
結論:組織を支える「見えない貢献」への再評価
両さんの「いいところ」は、その類まれなる個人の能力、すなわち「問題解決能力」「イノベーション創出力」「非公式ネットワークの活用」「人情味」にあります。これらは、組織にダイナミズムと柔軟性をもたらす原動力となります。
しかし、部長の「いいところ」は、組織の「安定性」「持続可能性」「リスクマネジメント」「人的資本育成」「倫理的規範の維持」といった、組織が円滑に機能し続けるために不可欠な「構造的貢献」にあります。彼の地道な努力と責任感は、両さんのような「規格外」の要素を組織内に内包しつつ、組織全体を機能不全から守る「縁の下の力持ち」としての役割を果たしているのです。
「こち亀」という作品が、単なるドタバトコメディに留まらず、多くの読者に支持され続けるのは、両さんのような「個」の輝きと、部長のような「構造」を支える存在が、互いを補完し合いながら、魅力的な「社会」を形成しているからに他なりません。
読者の皆様も、自身の職場やコミュニティにおいて、派手さはないけれど、組織の安定と円滑な運営に不可欠な役割を果たしている「部長」のような存在の「いいところ」に、ぜひ意識的に目を向けてみてください。それは、組織をより深く理解し、そして共に働く人々への敬意を深めるきっかけとなるはずです。両さんと部長の関係性は、現代社会における多様な働き方と、それぞれの立場で発揮される「貢献」の多様性を示唆していると言えるでしょう。
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