衝撃的な政府答弁が波紋を呼んでいます。「日本はスパイ天国ではない」──この政府の見解は、果たして現状を正確に捉えているのでしょうか。本記事では、この政府答弁の背景にある真意を深掘りし、なぜ「スパイ天国」という指摘が国内外で根強く存在するのか、そして諸外国と比較して日本の国家安全保障体制が抱える固有の課題と、今後の展望について専門的な視点から分析します。結論として、日本政府は現行の取り組みで一定の成果を上げていると認識しているものの、国内外からの懸念は根強く、そのギャップを埋めるためには、法制度の抜本的強化、情報共有の透明化、そして国民全体のセキュリティ意識向上といった多角的なアプローチが不可欠であることが見えてきます。
第1章: 政府答弁の真意と公式見解の分析 ―「考えていない」という言葉のニュアンス
2025年8月19日、日本政府はれいわ新選組の山本太郎代表が提出した「日本がスパイ天国かどうか」を問う質問主意書に対し、以下の答弁書を閣議決定しました。
政府は15日、日本について「『各国の諜報活動が非常にしやすいスパイ天国であり、スパイ活動は事実上野放しで抑止力が全くない国家である』とは考えていない」とする答弁書を閣議決定した。
引用元: 政府「日本をスパイ天国だと考えてない」山本太郎氏の質問主意書 …
この答弁書は、「スパイ天国ではない」と断定するのではなく、「考えていない」という表現を用いています。これは、現行の法制度や取り組みをもってすれば、日本が「スパイ活動が事実上野放しで抑止力が全くない国家」であるとは認識していない、という政府の公式な立場を表明したものです。
政府は、その根拠として「情報収集・分析体制の充実強化、違法行為の取り締まりの徹底などに取り組んでいる」ことを挙げています。具体的には、警察庁の外事部門(外事課、国際テロ対策課など)や公安調査庁が対日有害活動に関する情報収集・分析を行い、また、特定秘密保護法(2014年施行)や経済安全保障推進法(2022年施行)といった法的枠組みによって、国家機密や重要技術の漏洩防止に取り組んでいます。例えば、特定秘密保護法は防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止に関する情報で、漏洩すると国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるものを「特定秘密」として指定し、その取扱を厳格に制限しています。経済安全保障推進法は、基幹インフラの安全性確保、サプライチェーンの強靭化、先端技術の官民協力、特許非公開化の4本柱で、経済面からの安全保障を強化する目的があります。これらの法整備や組織体制は、政府が指摘する「違法行為の取り締まりの徹底」に向けた具体的な努力の一端と言えるでしょう。
しかし、「考えていない」という言葉の裏には、「現状で完璧ではない」という含みも読み取れます。政府が取り組む「充実強化」は進行中であり、その効果や実効性については、今後も継続的な検証と改善が求められるフェーズにあると理解できます。この政府の見解は、国民の不安を払拭しつつも、国際情勢の複雑化に対応するための努力を続けるという、政府の強い意思の表れとも解釈できるでしょう。
第2章: 「スパイ天国」論の背景 ― 国会議員の懸念と法制度の空白
政府の公式見解とは裏腹に、「日本はスパイ天国だ」という指摘は、一部の国会議員や専門家の間で根強く存在します。
「今の日本は『スパイ天国』といわれ、各国の諜報活動がしやすい状況になっている」と訴え、同党の松沢成文参院議員も5年11月の参院外交防衛委員会で、「日本はスパイ活動を事実上野放しし、スパイ活動に抑止力がない国家になっている。『スパイ天国』と揶揄(やゆ)されている」
引用元: 政府「日本をスパイ天国だと考えてない」山本太郎氏の質問主意書 …
これらの警鐘が鳴らされる背景には、主に以下の点が挙げられます。
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「スパイ防止法」の不在:
日本には、スパイ活動そのものを包括的に取り締まる独立した「スパイ防止法」が存在しません。これは主要先進国の中でも極めて異例の状況です。例えば、米国の「スパイ活動法」、英国の「国家安全保障法」、ドイツの「刑法」、フランスの「刑法」など、多くの国々では国家機密の漏洩や諜報活動に対する厳格な罰則が定められています。
日本の場合、国家公務員法、自衛隊法、外務公務員法、不正競争防止法など、個別の法律で情報漏洩や不正競争行為が取り締まられています。しかし、これらの法律は、スパイ行為の広範な定義や、未遂、教唆、幇助といった間接的な行為、さらには情報収集を目的とした接触行為そのものを取り締まるには不十分であると指摘されています。そのため、実際にスパイ活動を行ったとしても、現行法で逮捕・起訴・有罪に持ち込むことは極めて困難である、というのが「事実上野放し」「抑止力がない」と揶揄される主な理由です。 -
摘発の困難さ:
「スパイ防止法」がないため、警察や公安がスパイと疑われる人物を捜査する際にも、現行の法律の枠内でしか対応できません。例えば、不正競争防止法は「営業秘密」の保護が目的であり、国家機密全般をカバーするものではありません。また、スパイ行為は巧妙かつ隠匿性が高いため、明確な証拠をつかむことが難しく、逮捕に至るケースはごく稀です。これが、日本における「スパイ活動の可視化」を阻み、国際社会における日本の諜報対策への信頼性にも影響を与えかねない、という懸念に繋がっています。 -
国民意識と危機感のギャップ:
長らく平和な時代が続いた日本では、国家の安全保障、特に情報戦に対する国民全体の危機感が諸外国に比べて希薄であるという指摘もあります。情報漏洩やサイバー攻撃といった脅威が身近なものとなっているにもかかわらず、その認識が十分ではないことが、結果的にスパイ活動の温床となりやすい環境を生み出しているという見方も存在します。
これらの要因が複合的に絡み合い、政府の「スパイ天国ではない」という公式見解に対し、国民や一部の国会議員が「本当に大丈夫なのか」という懸念を抱く背景となっています。このギャップこそが、日本の安全保障政策における喫緊の課題と言えるでしょう。
第3章: 国際比較から見る日本の立ち位置 ― 「緩さ」の実態とリスク
世界に目を向けると、主要各国は国家安全保障、特に情報戦に対して非常に厳格な姿勢で臨んでいます。日本の状況を国際比較することで、「スパイ天国」と揶揄される実態と、それに伴うリスクがより明確になります。
3.1. 強権的な情報活動を可能にする法制度:中国の事例
中国は、国家の情報活動に対する協力義務を国民や組織に課す、非常に強力な法制度を有しています。
中国には国家情報法、国防動員法…
引用元: 吉川りな 【国会 3/18】 スパイ天国 日本、緩和より規制せよ …
- 国家情報法(2017年施行):
この法律は、中国の国家情報機関が国内外で情報活動を行うことを合法化し、さらに「いかなる組織及び公民も、法に基づき国家の情報活動に協力し、国家の情報活動が知得した国家秘密を守らなければならない」と明記しています。これは、中国の企業や個人が、国外で活動する際にも情報活動への協力を拒否できない可能性を示唆しており、諸外国で中国企業やその製品(例:通信機器)に対するセキュリティ上の懸念が生じる一因となっています。 - 国防動員法(2010年施行):
有事の際に、中国政府が国家のあらゆる資源(人材、物資、資金、技術など)を動員できることを定めた法律です。これは、平時においても、軍事転用可能な技術や情報が政府の意向によって収集・活用されうるというリスクを内包しています。
これらの法律は、中国政府が国家安全保障の名の下に、国内外で広範な情報収集活動を行うことを可能にし、その法的根拠を与えています。このような強権的な法制度を持つ国家が近隣に存在することは、日本にとっての安全保障上の脅威として認識されるべきでしょう。
3.2. 先端技術と人的交流への厳格なリスク評価:カナダ・英国の事例
西側諸国では、技術流出や人的交流を通じたスパイ活動に対する警戒が顕著です。
カナダは、外国との研究パートナーシップに政府補助金を求めるには、国家安全保障に関するリスク評価を義務づけている。英国では、英同盟国リストにない…
引用元: 中国の軍事関連大学からの留学生への態度が正反対な日本と米国 …
- カナダの厳格なリスク評価:
カナダは、外国との共同研究において政府補助金を申請する場合、国家安全保障に関するリスク評価を義務付けています。これは、特に軍事転用可能な「デュアルユース技術」や、国家の安全保障に直結する先端技術が、非友好的な国家に流出することを防ぐための極めて重要な措置です。研究機関や大学におけるオープンな学術交流のメリットを享受しつつも、同時に潜在的なリスクを徹底的に評価・管理するという、バランスの取れたアプローチを示しています。 - 英国の留学生への厳しい措置:
英国では、特定の「同盟国リストにない国」からの留学生に対し、特定の学術分野(特に軍事研究や機密技術に関連する分野)での受け入れを制限したり、詳細な審査を行うなど、厳しい措置を取っています。これは、外国の軍事関連大学や研究機関に所属する学生や研究者が、学術交流を装って先端技術や機密情報を収集する「非伝統的スパイ活動」への対策を強化するものです。特に、国家安全保障上のリスクを伴う可能性のある個人に対しては、厳格なビザ審査や監視が行われることもあります。
これらの事例は、技術的安全保障と人的安全保障を重視する国際的な潮流を示しており、特に先端技術を巡る国家間の競争が激化する中で、その重要性は増しています。
3.3. 日本と米国の「留学生」対応の対比とその示唆
特に、中国の軍事関連大学からの留学生に対する日本と米国の対応は、日本の安全保障政策における課題を浮き彫りにします。
中国の軍事関連大学からの留学生への態度が正反対な日本と米国「お互いの言い分」
引用元: 中国の軍事関連大学からの留学生への態度が正反対な日本と米国 …
- 米国の厳格な対応:
米国は、中国の「軍民融合(Military-Civil Fusion)」戦略への警戒から、中国人民解放軍にルーツを持つ大学や研究機関からの留学生・研究者に対して、ビザ発給の制限や先端技術分野へのアクセス制限といった厳格な措置を講じています。これは、学術交流が技術窃盗や知的財産権侵害の隠れ蓑になることを防ぐための明確な政策です。 - 日本の「歓迎して受け入れる」傾向:
一方で、日本は米国と比較して、これらの留学生を「歓迎して受け入れる」傾向があると指摘されることがあります。その背景には、国際交流の促進、学術的な貢献への期待、少子化による留学生獲得競争、あるいは国際的な批判を避けたいという意図など、複合的な要因があると考えられます。
しかし、この姿勢は、日本の先端技術や知的財産が不正に流出するリスクを高める可能性をはらんでいます。特に、日本の大学や研究機関が持つ独創的な技術や、軍事転用可能な研究成果は、国家安全保障上、極めて重要な価値を持ちます。適切なリスク評価やスクリーニングなしにこのような技術へのアクセスを許すことは、日本の競争力低下や潜在的な脅威につながる可能性があります。
もちろん、留学生の受け入れは国際理解の深化や学術発展に不可欠であり、一概に制限すべきではありません。しかし、諸外国が厳格なセキュリティ・クリアランスやリスク評価を導入している現状を踏まえれば、日本も国際的な標準に則った厳格な審査体制を構築し、学術的オープンネスと国家安全保障のバランスを慎重に検討する必要があると言えるでしょう。
第4章: 複雑化する情報戦と多層的な安全保障
現代の「スパイ活動」は、古典的な秘密情報の窃取に留まらず、サイバー攻撃、経済スパイ、ソーシャルエンジニアリング、さらには世論操作といった多角的な情報戦の様相を呈しています。
- サイバー攻撃:
国家が関与する高度なサイバー攻撃は、インフラの機能停止、機密情報の窃取、知的財産の盗用など、国家安全保障に甚大な影響を与える可能性があります。日本の重要インフラや企業がターゲットとなる事例も報告されており、これらは広義のスパイ活動の一部と見なすことができます。 - 経済スパイと知的財産権の侵害:
技術覇権を巡る国家間の競争が激化する中、企業秘密や研究開発データといった経済情報を狙ったスパイ活動が増加しています。これは、企業の競争力を奪うだけでなく、国家全体の経済力や安全保障基盤を揺るがしかねません。不正競争防止法による取り締まりは行われていますが、その適用範囲や実効性には限界があります。 - ソーシャルエンジニアリング:
人の心理や行動の隙を突いて情報を引き出す手法も巧妙化しています。SNSでの何気ない投稿から個人や組織の情報が特定されたり、フリーWi-Fiの利用から機密情報が盗まれたりするリスクは、私たち一人ひとりの情報リテラシーにかかっています。
これらの脅威は、政府の対策だけでは完全に防ぐことができません。国家の安全保障は、政府機関の努力だけでなく、企業や研究機関、そして国民一人ひとりの意識と行動によって多層的に構築されるべきものです。政府が「スパイ天国ではない」と認識しているのは、こうした複合的な脅威に対して、現行の法制度や取り組みが一定の有効性を持っているという自信の表れであるかもしれませんが、その一方で、常に変化し続ける脅威の形態に対応するための継続的な改善と、国民全体の意識改革が不可欠であることは明白です。
結論: ギャップを埋め、日本の未来を守るために
今回の日本政府の答弁は、「日本はスパイ天国ではない」という強いメッセージを発しましたが、その言葉の背後には、国内外からの根強い懸念と、日本の安全保障体制が抱える固有の課題が浮き彫りになりました。政府は現行の取り組みの有効性を強調し、不断の努力を続けていると認識しているものの、特に「スパイ防止法」の不在がもたらす法制度上の空白や、国際的な基準との乖離は、看過できない課題として依然として存在します。
この認識のギャップを埋め、日本の国家安全保障を真に強固なものとするためには、以下の多角的なアプローチが不可欠であると筆者は考えます。
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法制度の抜本的強化と整備:
包括的な「スパイ防止法」の制定に向けた議論を加速させるべきです。これは、単に罰則を設けるだけでなく、スパイ活動の定義、捜査権限、情報機関の役割、そして国民の権利保護とのバランスを慎重に検討し、透明性のある形で進める必要があります。特定秘密保護法や経済安全保障推進法の運用をさらに強化し、国内外の脅威に対応できる実効性のある法体系を構築することが求められます。 -
インテリジェンス能力の向上と国際連携:
警察庁、公安調査庁、防衛省情報本部といった既存の情報機関の能力をさらに強化し、国内外の諜報活動を正確に把握・分析する体制を確立することが重要です。同時に、米国や英国、カナダといった同盟国との情報共有・連携を深化させ、国際的な情報ネットワークの中で日本の立ち位置を確立し、共同で脅威に対処する能力を高める必要があります。 -
国民全体のセキュリティ意識向上:
情報戦は、政府機関や専門家だけのものではありません。私たち一人ひとりが、日々の情報行動においてセキュリティ意識を持つことが極めて重要です。SNSでの不用意な情報公開を避け、不審なメールやWebサイトに注意し、公共のWi-Fi利用時にも慎重になるなど、基本的なサイバーセキュリティ対策を徹底すること。そして何よりも、国の安全保障や情報戦が、自分たちの生活に直結する課題であるという認識を持つことが、外部からの脅威に対する最大の抑止力となり得ます。学校教育や社会人向けの啓発活動を通じて、情報リテラシーとセキュリティ意識を高める努力を継続すべきです。
政府の答弁は、確かに「スパイ天国ではない」と明言しましたが、それは現状の延長線上での認識であり、進化し続ける脅威に対応するためには、現状維持に満足せず、常に先を見据えた対策を講じる必要があります。私たち国民もまた、この問題に無関心であることなく、「知る」ことから始め、「考える」ことを通じて、日本の未来と安全を守るための議論に積極的に参画していくことが求められています。
日本の安全保障は、政府と国民、そして国際社会との連携によって、より強固なものとなるでしょう。
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