【専門家分析】「日本人ファースト」の支持構造：それは排外主義か、社会のSOSか？
序論：本稿が提示する結論
「日本人ファースト」というスローガンが支持を広げる現象は、単なる排外主義の台頭として片付けられるべきではない。これは、グローバル化と長期的な経済停滞がもたらす社会構造の歪みに対し、人々が抱く「相対的剥奪感」から生じる集合的な防衛機制の現れである。しかし、この一見合理的に見える自己防衛は、結果として社会の分断を深化させ、人口減少社会日本の脆弱性を増大させるという深刻なパラドックスを内包している。
本稿では、この複雑なメカニズムを、社会心理学、政治経済学の視点から多角的に解き明かす。さらに、共同通信が報じた「外国にルーツを持つ識者」の視点を重要な分析ツールとして導入し、日本社会が自覚せぬまま抱える構造的課題と、より建設的な未来への処方箋を探求する。
1. 支持の土壌：経済的剥奪感と「普通の市民」の心理
「日本人ファースト」という言葉が、なぜ一部の人々にとって強力な磁力を持つのか。その根源を探るには、現代日本社会に蔓延する経済的な閉塞感と、それがもたらす心理的影響を理解することが不可欠である。
バブル崩壊以降、日本は「失われた30年」と称される長期経済停滞を経験した。実質賃金は伸び悩み、非正規雇用の拡大は所得格差を助長し、多くの人々が将来への漠然とした、しかし根強い不安を抱えている。このような状況下で作用するのが、社会心理学における「相対的剥奪感（Relative Deprivation）」という概念だ。これは、客観的な貧困状態そのものよりも、「あるべきだと期待する状態」と「現実の状態」との間にギャップを感じ、他者（あるいは過去の自分）と比較して不当に不利な状況に置かれていると認識することによって生じる不満や怒りを指す。
この心理状態にある人々にとって、「自分たちの生活で精一杯なのに、なぜ他者を優先するのか」という素朴な疑問は、切実な叫びとなる。彼らが「冷遇されている」と感じる中で、「日本人を第一に」というメッセージは、自らの苦境を代弁し、尊厳を回復してくれるかのような、シンプルで力強い救済策として響くのである。
この現象について、PRESIDENT Onlineは、これを一部の過激な思想としてではなく、より広範な層に訴えかける力を持つものとして分析している。
“ファースト扱い”の日本人と冷遇される日本人の分断が起きる
引用元: ｢参政党の支持者=頭のおかしい人｣は間違っている…｢反ワク､日本人ファースト｣の党が普通の人の心を掴むワケ (PRESIDENT Online)
この引用が示唆するのは極めて重要な点である。このスローガンは、「日本人」という大きな集団の内部にさえ、「ファースト扱いされるべきなのに冷遇されている（と感じる）日本人」と、そうでない（と認識される）人々との間に亀裂を生じさせる。つまり、問題の核心は外国人排斥という単純な構図に留まらず、社会内部の格差や不公平感に対する「普通の市民」の異議申し立てという側面を色濃く持つ。この「普通の人の心」を掴むメカニズムを看過することは、問題の本質を見誤ることに繋がる。
2. スローガンの機能：「内集団バイアス」の政治的動員と構造的分断
「日本人を大切にする」という理念自体は、国民国家において自然な感情とも言える。しかし、「ファースト」という比較級・最上級の言葉が付加された途端、その性質は一変する。ここには、人間の根源的な心理メカニズムを利用した、巧みな政治的動員の技術が隠されている。
人間は、自分が所属する集団（内集団 / In-group）に好意を抱き、その利益を優先する一方、それ以外の集団（外集団 / Out-group）に対しては警戒心や非好意的な態度を取りやすいという「内集団バイアス」を持つことが知られている。「日本人ファースト」は、「日本人」という強力な内集団のアイデンティティを活性化させ、漠然とした不安や不満の矛先を「日本人ではない人々」という明確な外集団へと向ける機能を持つ。
このプロセスは、複雑な社会経済問題を「誰かのせい」という分かりやすい物語に単純化し、政治的なエネルギーへと転換する。しかし、この単純化には、社会の健全性を著しく損なう副作用が伴う。人材育成コンサルタントの辛淑玉（シン・スゴ）氏は、このスローガンが持つ潜在的破壊力を鋭く指摘する。
▽差別や排除、大衆暴力に火―人材育成コンサルタント・辛淑玉さん
引用元: 「日本人ファースト」はなぜ支持されるのか 一時のブームか、巧み …
辛氏の警告は、単なる比喩ではない。歴史を振り返れば、経済危機や社会不安の時代に、特定の集団をスケープゴートにすることで大衆の支持を得ようとするポピュリズムが台頭し、深刻な社会的対立や悲劇を招いた例は枚挙にいとまがない。このスローガンは、人々の心に潜むバイアスに働きかけ、無意識のレベルで他者への不寛容を正当化し、差別や排除の心理的ハードルを著しく引き下げる。それは社会に「火」を放ち、一度燃え広がれば容易には消し止められない「大衆暴力」へと繋がりかねない、極めて危険な起爆装置となりうるのである。
3. 「異邦人」の視座：日本社会の“無意識の前提”を炙り出す鏡
この問題をさらに深く理解するためには、マジョリティの内部からの視点だけでは不十分である。共同通信が試みたように、社会の境界線上に立ち、内と外を同時に見つめる人々の声に耳を傾けることが、我々の死角を照らし出す鍵となる。
外国にルーツを持つ日本在住の識者3人に「日本人ファースト」への見方を聞いた。（共同通信編集委員・佐藤大介）
引用元: 「日本人ファースト」はなぜ支持されるのか 一時のブームか、巧み …
彼らの視点がなぜ決定的に重要なのか。それは、日本社会が自明のものとして疑わない「日本人」というカテゴリーの曖昧さと排他性を、その存在自体が問い直すからである。日本の国籍法は、親の国籍を重視する血統主義（jus sanguinis）を原則としており、生地主義（jus soli）を採る多くの移民国家とは一線を画す。この制度的背景は、「日本人＝単一民族」という神話を補強し、多様なルーツを持つ人々が「真の日本人」として完全には受容されにくいという現実を生み出してきた。
外国にルーツを持つ識者たちは、この「見えない壁」を日常的に経験している。彼らの目に映る「日本人ファースト」は、単なる政治スローガンではなく、社会に根深く存在する同質性への圧力や、異質なものを排除しようとする無意識のメカニズムが、政治の言葉として結晶化したものに他ならない。彼らの分析は、我々が普段意識しない「当たり前」の前提―すなわち、「日本人とは誰か」「この国の主役は誰か」という問い―を、根底から揺さぶる力を持っている。この視点なくして、この問題の構造的深層に到達することは不可能である。
結論：パラドックスの超克へ―分断の先にある日本の未来
本稿で分析してきたように、「日本人ファースト」の支持構造は、経済的剥奪感が生む防衛機制、内集団バイアスを利用した政治的動員、そして日本社会に潜在する同質性への希求が複雑に絡み合った結果である。
しかし、ここには冒頭で提示した致命的なパラドックスが存在する。深刻な少子高齢化と人口減少に直面する日本にとって、外国人材はもはや「客人」ではなく、経済と社会保障制度を維持するための不可欠なパートナーである。このような状況で「日本人ファースト」を掲げ、排他的な政策を推し進めることは、労働力不足を深刻化させ、イノベーションの機会を奪い、国際社会からの信頼を失墜させる。結果として、それは守ろうとしているはずの「日本人」自身の生活基盤を中長期的に蝕むという、完全な自己矛盾に陥る。
「日本人ファースト」という問いは、我々に選択を迫っている。それは、不安から内向きになり、架空の均質性を守るために衰退していく道か。あるいは、多様性こそが社会のレジリエンス（強靭性・回復力）を高める源泉であると認識し、異なる背景を持つ人々と共生することで、新たな活力を生み出す道か。
この問題を乗り越えるために必要なのは、安易なスローガンへの傾倒や、支持者へのレッテル貼りではない。言葉の裏にある人々の痛みや不安に真摯に耳を傾けつつも、それがもたらす分断の危険性を冷静に分析し、対話を通じて相互理解の地平を切り拓くことである。次にこの言葉を耳にした時、私たちはその響きの裏にある社会の複雑なダイナミズムを読み解き、より包摂的で、より強靭な未来を築くための議論を始めるべきだろう。その対話こそが、この国が直面する真の課題に対する、唯一の解答となるはずだ。
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