【速報】高松駅トイレ崩落事故が暴くアセットマネジメントの限界

【専門家分析】高松駅トイレ床崩落事故が示す「インフラ老朽化」の次なる段階と、社会が直面するアセットマネジメントの限界

結論：これは「事故」ではなく「必然」である

2025年夏、高松市のJR栗林駅で発生したトイレの床崩落事故。これは単なる設備の不具合や、一個人の不運な出来事として片付けられるべき問題ではありません。本稿が提示する結論は、この事故が、日本の社会資本が直面する「構造的寿命」と、従来の維持管理手法における「アセットマネジメントの限界」を白日の下に晒した、極めて象徴的な事例であるということです。我々は、高度経済成長期に建設されたインフラが物理的に朽ちていくという事実だけでなく、それを維持管理するシステムそのものの機能不全という、より深刻な課題に直面しているのです。

1. 事故の再検証：日常空間に潜む「見えない空洞」のリスク

まず、報道された事実を専門的見地から再検証します。

31日午前8時45分ごろ、高松市のJR高徳線栗林駅構内で、トイレの床に穴が開き、利用客の男性（67）が床下の配管用スペース（深さ65センチ）に落ちる事故があった。
引用元: 駅トイレ床に穴、67歳転落高松、50年前の部品腐食か（共同通信）- Yahoo!ニュース

この「床下の配管用スペース」とは、建築用語で「ピット」あるいは「二重床」構造を指します。配管や配線のメンテナンスを容易にするための設計ですが、同時に点検における死角を生み出す典型的な例です。深さ65cmの落下は、不意に発生した場合、骨折などの重傷につながりかねない重大なインシデントです。幸いにも被害が軽微であったことは、この問題の深刻さを見過ごす理由にはなりません。

重要なのは、この床下空間が、日常の清掃や目視点検の範囲外に置かれやすいという構造的欠陥です。床材の表面に異常がなくとも、それを支える下部構造（根太や支持脚）で静かに劣化が進行するリスクを、この構造は本質的に内包しているのです。

2. 原因の深層分析：「50年前の腐食」が突きつける課題

事故原因の核心に迫ります。

（JR四国の調査によると、原因は）約50年前に取り付けられた部品の腐食とみられています。
[引用元: 提供情報より]

この「約50年前」という時間軸は、日本のインフラ問題を語る上で極めて重要な意味を持ちます。1970年代の高度経済成長期に建設された膨大な社会資本が、一斉に更新時期を迎えている、いわゆる「インフラ老朽化の2025年問題」（建設後50年超の施設の割合が急増する問題）を直接的に裏付けています。

この腐食を、材料工学と維持管理学の観点から分析すると、複数の課題が浮かび上がります。

腐食環境の過酷さ: トイレは、恒常的な高湿度に加え、洗浄剤や尿に含まれるアンモニア、硫化水素など、金属にとって極めて過酷な腐食環境です。50年前の設計・施工段階で、この環境下での長期的な耐久性がどこまで考慮されていたか、疑問が残ります。
腐食のメカニズム: 単純な酸化（サビ）だけでなく、異なる種類の金属が接触することで発生する「異種金属接触腐食」や、狭い隙間に水分が滞留することで局部的に進行する「隙間腐食」など、目視では発見しにくい破壊的な腐食が進行していた可能性が考えられます。
点検手法の限界: この事故は、2012年に発生した笹子トンネル天井板崩落事故と構造的に類似した問題を提起しています。すなわち、表面的な目視や打音検査といった従来型の点検手法では、内部で進行する致命的な劣化を見抜けないという現実です。床板を剥がして内部を詳細に点検する、あるいはファイバースコープや非破壊検査技術（例：超音波厚さ計）を用いるといった踏み込んだ点検は、コストと手間の問題から、よほどのことがない限り実施されにくいのが実情です。

3. 構造的問題：地方交通事業者を襲うアセットマネジメントの壁

この問題は、JR四国という一企業の責任に帰結させるべきではありません。むしろ、同社が直面する状況は、全国の地方交通事業者や地方自治体が抱える構造的な苦境を映し出す鏡です。

人口減少と利用者の低迷により、地方のインフラ事業者は慢性的な経営難にあります。限られた予算の中で、日々の安全運行とサービス維持を最優先せざるを得ず、緊急性の低いと判断されがちな「予防保全」のための投資は後回しにされがちです。

これは、資産（アセット）のライフサイクル全体を最適化する「アセットマネジメント」の思想が、理想通りに機能していないことを示唆します。本来であれば、劣化予測に基づき、致命的な故障が発生する前に計画的な修繕・更新を行うことで、長期的な総コスト（ライフサイクルコスト）を抑制するのがアセットマネジメントの要諦です。しかし、目先の資金繰りに追われる現場では、故障が起きてから対応する「事後保全」に陥らざるを得ないケースが少なくないのです。栗林駅の事故は、この「予防保全」から「事後保全」への不本意な移行が招いた必然的な結果と分析できます。

4. 未来への処方箋：技術革新と社会全体の意識変革

では、我々はこの「静かなる時限爆弾」にどう立ち向かうべきでしょうか。悲観論に終始するのではなく、具体的な処方箋を考える必要があります。

第一に、維持管理技術のパラダイムシフトです。
IoTセンサー（ひずみ、振動、腐食などを検知）をインフラに埋め込み、データを常時収集・分析することで劣化状態をリアルタイムに把握する「予知保全（Predictive Maintenance）」への移行が急務です。AIによる劣化予測モデルを組み合わせれば、点検の精度と効率を飛躍的に向上させ、人的リソースを真にリスクの高い箇所へ集中させることが可能になります。

第二に、市民の役割の再定義です。
提供情報（previous_answer）で示唆された「身の回りの老朽化に気づく3つの視点」は、重要な第一歩です。

床のきしみや沈み

壁や天井のシミ・ひび割れ

金属部分のサビ

これらの定性的な「気づき」を、さらに一歩進め、スマートフォンアプリなどを活用した「市民参加型インフラモニタリング」へと昇華させる取り組みが期待されます。市民が撮影した写真や位置情報を集約し、AIが変化を自動検出するようなシステムは、行政や事業者の点検を補完する強力なツールとなり得ます。これは単なる「通報」ではなく、市民が社会資本の維持管理に主体的に関わる「シビックテック」の一環です。

結論：幻想からの脱却と、新たな社会契約の構築へ

今回の高松での事故は、決して他人事ではありません。それは、我々が日常的に利用するすべてのインフラが、永遠不滅ではないという冷徹な事実を突きつけています。

駅トイレの床下という「見えない空間」で起きた崩落は、日本のインフラの内部で静かに進行する劣化の縮図です。
原因とされる「50年前の部品腐食」は、高度経済成長期の遺産が維持管理の限界点に達したことを示しています。
この問題の根底には、地方の経済的疲弊と、従来型点検手法の限界という構造的課題が存在します。

我々は、「すべてのインフラを建設時と同等のレベルで未来永劫維持できる」という幻想から脱却しなければなりません。今、社会全体で求められているのは、リスク評価に基づいたインフラの「戦略的選択と集中」、そして最新技術を活用した効率的な維持管理体制への移行、さらにはそのコストを社会全体でどう負担していくかという、新たな社会契約の構築に他なりません。この小さな駅で起きた事故を、そのための国民的議論の出発点とすべきです。