序論:外国人犯罪の「今」と、私たちに突きつけられる本質的な問い
日本が多文化共生社会への移行を加速させる中で、治安維持は喫緊の課題となっています。2025年版「警察白書」が公表され、その内容は私たちの「治安大国」としての認識に一石を投じるものです。特に、外国人による犯罪が「増加傾向に歯止めがかからず、より巧妙かつ多国籍化」する中で、特定の国籍、すなわちベトナム人の検挙者数が突出しているという衝撃的な事実が明らかになりました。これは単なる治安対策の強化で解決できる表層的な問題ではなく、日本社会が抱える構造的な課題、特に「技能実習制度」に内在する脆弱性や、異文化理解・包摂の遅延に深く根差した複合的な現象であると本稿は結論付けます。
本記事では、警察白書の最新データに基づき、外国人犯罪の現状を詳細に分析します。特に、ベトナム人による「侵入窃盗」や「万引き」がなぜ顕著なのか、その背景にある社会経済的要因、そして技能実習制度の制度的欠陥を深く掘り下げます。最終的には、この複雑な問題に対する多角的な視点からの解決策と、持続可能な共生社会を築くための私たちの役割について、専門的な知見をもって考察を深めていきます。
1. 2025年警察白書が示す「外国人犯罪の転換点」
2025年8月1日に公表された「警察白書」は、日本の治安情勢に関する包括的な分析を提供しています。その中で特筆すべきは、来日外国人による犯罪の動向に関する警鐘です。白書は明確に、以下の現状を指摘しています。
増加傾向に歯止めがかからない来日外国人(※)による犯罪が、より巧妙かつ多国籍化していることが、29日公表の2025年版「警察白書」(警察庁)で明らかになった。
引用元: 外国人犯罪「ベトナム人」4分の1、警察白書で明らかに 「侵入窃盗 … – Yahoo!ニュース
この記述は、外国人犯罪が単なる一時的な変動ではなく、長期的なトレンドとして定着しつつあることを示唆しています。「増加傾向に歯止めがかからない」という表現は、従来の対策が十分な効果を上げていない現状を厳しく評価しており、新たなアプローチの必要性を強く訴えかけています。さらに、「巧妙化」や「多国籍化」という表現からは、個人による偶発的な犯罪を超え、国際的な犯罪ネットワークや高度な手口が関与している可能性が読み取れます。これは、捜査機関にとって国境を越えた連携やサイバー空間への対応など、より複雑で高度な捜査能力が求められていることを意味します。
また、提供情報が示す通り、過去10年間の外国人犯罪検挙状況もこの認識を裏付けています。
同白書によれば、来日外国人の犯罪検挙状況は、この10年、減少した年もあるが総じて増加傾向が続いている。
引用元: 外国人犯罪「ベトナム人」4分の1、警察白書で明らかに 「侵入窃盗 … – Yahoo!ニュース
この「総じて増加傾向」という分析は、特定の年度に一時的な減少が見られたとしても、マクロな視点では外国人犯罪の全体的なボリュームが増加していることを示しています。これは、日本社会への外国人流入が拡大する中で、犯罪発生のリスク管理が社会全体の課題として浮上している現実を浮き彫りにしています。
そして、この増加傾向の中で顕著なのが、ベトナム人による犯罪の突出です。警察白書によれば、外国人犯罪検挙者の約4分の1をベトナム人が占めるという驚くべきデータが示されています。この比率は過去の趨勢と照らし合わせても非常に高く、専門的な分析が求められます。
提供情報によれば、この傾向は比較的最近始まったことではありません。
検挙件数で以前圧倒していた中国は年々その数を減らし、2015年にはベトナムが1位に躍り出ます。
引用元: 外国人の犯罪率は本当に高いのか?国別、在留資格別に徹底検証 …
この歴史的変遷は重要な洞察を提供します。かつて外国人犯罪検挙者数で首位を占めていた中国の減少は、中国経済の発展と国民所得の向上、そして留学生や技能実習生の質的変化(より裕福な層の増加、不正行為への取り締まり強化など)が背景にあると推測されます。一方で、2015年以降ベトナムが首位に躍り出たことは、その後のベトナムからの技能実習生や留学生の急増と時期が重なります。これは、特定の在留資格を持つ外国人の増加と、それに伴う社会経済的課題が犯罪発生率に影響を与えている可能性を強く示唆しています。
2. 「侵入窃盗」と「万引き」に隠されたメカニズム
警察白書が指摘する通り、ベトナム人による犯罪で特に目立つのは「侵入窃盗」と「万引き」です。これらは「盗み」を目的とした財産犯であり、その背後には特定の経済的動機と、それに続く構造的な問題が潜んでいます。
- 侵入窃盗: 家屋や店舗に侵入して金品を盗む行為は、計画的かつ組織的な犯行であることが少なくありません。盗まれた物品は換金され、犯罪組織の資金源となる可能性があります。特に、転売しやすい貴金属、家電、食料品などが狙われる傾向にあり、これらは国際的な闇市場や国内の不法な流通ルートに乗せられることもあります。
- 万引き: 店舗の商品を無断で持ち出す行為は、一見すると個人的な動機によるものと思われがちですが、これもまた組織的な「指示出し万引き」の存在が指摘されています。特定の品目(高価な化粧品、医薬品、酒類など)をターゲットとし、盗品を買い取る者が存在することで、犯行が反復される構造が生まれます。
これらの窃盗行為の背後にあるのは、多くの場合、「金銭的な困窮」です。しかし、この困窮は単なる個人の怠惰や資質の問題ではなく、来日外国人、特に技能実習生が直面する制度的・構造的な問題に深く根差しています。
3. ベトナム人犯罪増加の背景にある「技能実習制度」の構造的脆弱性
なぜ、ベトナム人による窃盗犯罪がこれほどまでに顕著なのでしょうか。この問いに対する重要な鍵の一つが、提供情報でも言及されている「技能実習制度」の課題です。
技能実習制度は、日本が開発途上国への技術移転を目的として創設した制度ですが、その運用実態は度々批判の対象となってきました。特に、以下の点が犯罪の温床となる可能性が指摘されています。
しかし、技能実習生の存在が広く世間に印象づけられたのは、コロナ禍による国際移動の制限の下で彼らの多くが帰国困難に陥り、職や住居を失って路頭に迷ったり、犯罪に手を染めたりする様子が繰り返しメディアで伝えられたことによる。
引用元: 第5回 アフターコロナのベトナム人技能実習生――「ニューノーマル …
この引用は、コロナ禍が技能実習生にもたらした「極限状況」を鮮明に示しています。しかし、この問題はコロナ禍によって「顕在化」したものであり、制度が抱えていた構造的な脆弱性自体はそれ以前から存在していました。
- 高額な送り出し機関手数料と借金: 多くのベトナム人技能実習生は、来日前に自国の送り出し機関に対し、非常に高額な手数料を支払うために借金を抱えています。この借金は、来日後の給与から返済されることを前提としており、月々の生活費を圧迫します。劣悪な労働条件や低賃金、残業代の不払いなどが発生した場合、返済が滞り、生活困窮に陥るリスクが高まります。
- 劣悪な労働環境と人権侵害: 一部の受け入れ企業において、技能実習生に対する賃金未払いや過重労働、ハラスメントといった人権侵害が報告されています。このような状況下では、実習生は精神的・肉体的に追い詰められ、経済的にも破綻寸前の状態に陥ります。
- 転籍の制限と失踪: 技能実習制度は原則として転籍が認められていません。そのため、劣悪な環境から逃れる唯一の手段として「失踪」を選択するケースが後を絶ちません。失踪後は不法滞在となり、正規の職に就くことができなくなるため、生活費を稼ぐために犯罪に手を染めるリスクが格段に高まります。盗品を転売することで現金を得ることは、追い詰められた状況下での「最後の手段」となってしまうことがあります。
- 日本語能力の不足と孤立: 日本語能力が不十分な実習生は、生活のあらゆる面で困難に直面し、情報へのアクセスも限定されます。地域社会との接点も少なく、孤立しやすいため、困窮時に適切な支援を求めることができず、犯罪組織の甘言に乗せられたり、やむなく自ら犯罪に走ったりするケースも指摘されています。
これらの複合的な要因が絡み合い、一部の技能実習生が犯罪行為に走る背景となっています。窃盗行為は、直接的な経済的困窮だけでなく、本国に仕送りをする義務感や、高額な借金を返済しなければならないというプレッシャーが引き起こす極度の心理的ストレスも影響していると考えられます。
4. 犯罪の巧妙化と多国籍化:組織的犯罪への警鐘
警察白書が指摘する「巧妙化」と「多国籍化」は、単なる個人の生活苦による犯罪にとどまらない、より深刻な問題を提起しています。これは、外国人犯罪が国際的な組織犯罪に組み込まれている可能性を示唆しています。
- 組織的犯行: 窃盗犯行が計画的に行われ、盗品の転売ルートが確立されている場合、その背後には組織的な指示役や資金提供者が存在します。SNSなどを悪用し、来日したばかりの外国人や困窮した技能実習生を勧誘し、犯行に加担させる手口も報告されており、これは現代の人身取引の新たな形態とも言えます。
- 国際連携の必要性: 犯罪組織が国境を越えて活動している場合、日本の捜査当局だけでは解決が困難です。送出国(ベトナムなど)との情報共有や、国際刑事警察機構(ICPO)を通じた連携など、多国間での協力体制の強化が不可欠となります。
- 「モノ」から「カネ」へのシフト: 窃盗が単なる物品の盗難で終わらず、盗品が換金され、それが犯罪組織の活動資金となることで、より大規模なマネーロンダリングや国際的な違法活動に繋がるリスクも考慮する必要があります。
これらの要素は、外国人犯罪対策が、単なる国内の治安問題ではなく、国際的な安全保障や経済犯罪対策の一環として捉えられるべきであることを示唆しています。
5. 多角的な解決策と共生社会への展望
外国人犯罪の増加、特にベトナム人による窃盗の顕在化は、日本社会が直面する複雑な課題を浮き彫りにしています。この問題の解決には、警察による取り締まり強化だけでなく、多角的かつ包括的なアプローチが不可欠です。
- 技能実習制度の抜本的改革: 根本的な問題の解決には、まず技能実習制度自体の見直しが不可欠です。実習生の「研修」という名目ではなく、「労働者」として人権が保障され、適正な賃金と労働環境が確保されるよう、監理体制の強化、高額な送り出し手数料の規制、そして転籍の柔軟化を検討すべきです。2024年に成立した「育成交代支援制度」への移行が、実効性のある人権保障とキャリアパスの明確化に繋がるか、その運用を厳しく注視する必要があります。
- 多文化共生社会のインフラ整備: 来日外国人が日本社会で孤立せず、生活困窮に陥らないための支援体制の強化が重要です。具体的には、多言語対応の相談窓口の拡充、日本語教育の機会提供、生活支援や法的支援サービスの強化が挙げられます。地域社会が外国人住民を包摂し、相互理解を深めるための啓発活動も欠かせません。
- 国際協力の推進: 犯罪の多国籍化に対応するためには、送出国政府との連携が不可欠です。犯罪防止に関する情報共有、共同捜査体制の構築、そして送出国における送り出し機関の適正化に向けた協力が求められます。
- 国民の理解と偏見の解消: 犯罪行為は個人の問題であり、特定の国籍や民族に起因するものではありません。安易な偏見や差別は、外国人コミュニティの孤立を深め、かえって問題解決を困難にします。私たち一人ひとりが、外国人住民が抱える困難や背景を理解しようと努め、公正な視点を持つことが、共生社会を築く上での基盤となります。
結論:人権と治安、そして持続可能な共生社会の構築に向けて
2025年警察白書が示した外国人犯罪の現状、特にベトナム人による窃盗の増加は、日本社会が長年議論してきた外国人労働者受け入れのひずみと、国際社会における日本の立ち位置を改めて問い直すものです。この問題は、単に「取り締まりを強化する」という旧来型の治安対策だけでは根本的な解決に至りません。むしろ、人権保障と社会包摂を重視した、より多角的で人道的なアプローチこそが、結果として治安の維持に貢献し、持続可能な共生社会を築くための唯一の道であると断言できます。
私たちは、来日外国人が直面する困難、特に技能実習制度に内在する構造的な問題に目を向け、彼らが日本で安心して生活し、学び、働くことができる環境を整えることに注力すべきです。これにより、経済的困窮や制度的脆弱性が引き起こす犯罪リスクを低減し、全ての住民が安全で安心して暮らせる社会の実現を目指すことができます。この課題は、私たち自身の社会のあり方を問い、より成熟した国際社会の一員としての責任を果たすための重要な試金石となるでしょう。
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